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ユーロン・ユーサネイジア  作者: 伏見七尾
二.眠る龍の魔窟にて
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五.龍体穿孔

「うじゃうじゃ飛んでやがる! 財閥の奴らが放したんだ! この分だと警邏も来るぞ!」


 軽業師の叫びに、通りは瞬く間に怒りの声に包まれた。


「財閥のクズ! 太乙天元たいいつてんげんの豚どもが!」

「絶対にあいつらが白翅を城砦に誘導したんだ、間違いねぇ!」


 怒号とともに、八つ当たりに瓶か何かを叩き割る音も混じる。平穏が戻りつつあった通りは、いまや龍眼財閥への怒りと憎悪によって塗り潰されつつあった。


「ふん。財閥というものはどうやら相当暇なものらしい」


 わずかに身をすくめる天潤をよそに、罪王は一瞬だけ薄く笑った。

 そんな彼に、軽業師は大きく手を振った。


「じきに錘蛇が来る! ここは俺達がなんとかするからとっとと行け!」

「……任せていいのか」


 罪王が短く問う。すると、軽業師は華やかに彩られた顔に不敵な笑みを浮かべた。


「追い返すのは俺達の仕事だ。早く行っちまえ!」

「行け、魔人!」「任せておけ!」「警邏なんざブチのめしてやる!」――。


 軽業師の言葉に続いて、威勢の良い声が矢継ぎ早に降り注いだ。

 罪王はぐるりとあたりを見回し、小さくうなずいた。


「……恩に着る」


 そうして罪王は、無造作に天潤を肩の上に抱え上げた。


「きゃっ――!」

「気分が悪いだろうが我慢しろ。――行くぞ」


 思わず悲鳴を上げる天潤に囁き、罪王は地を蹴った。

 耳元で風が高く唸るのを天潤は聞いた。同時に、霊眼に映る白黒の世界が急激に加速する。


「速い――ッ!」


 感じた事のない速度だった。

 ただでさえ曖昧な天潤の視界はその速度に揺らぎ、瞬く間に後方へと過ぎ去っていく。

 風に攫われた気分だった。


「ザイ、来やがった! 上にいるぞ!」


 落ちないよう必死で罪王の肩にしがみつく天潤の耳に、玄玄の声が聞こえた。

 直後、甲高い声が耳をつんざく。

 はっと見上げた天潤の霊眼に、細い帯のような何かが三つ映った。

 それは身をくねらせ、まっしぐらに降下してくる。

 近づくにつれてその姿は天潤の目にもはっきりと見えてきた。

 白い蛇にも似た姿、長細い口に鋸のような牙、鞭の如くしなる強靭な赤い尾――。


「錘蛇……!」


 爛ではよく見かけられる鬼怪だ。

 簡単な方術で手懐けることができるため、これを猟犬代わりに用いる者も多い。しかし天潤のよく知っているそれよりも、目の前の錘蛇は少し異様な姿をしていた。

 頭部にはゴーグルのような機械。白い胴体には『龍眼都市開発』の焼き印。

 恐らく、警邏の使っている鬼怪だろう。

 天潤達を追う錘蛇はその口を大きく開くと、凄まじい声で叫んだ。


「なんて声――ッ!」


 ガラスを引っ掻くようなその声に天潤は顔を歪める。

 錘蛇は鳴き声で仲間を集める。

 そしてその優れた視覚と嗅覚で、どこまでも獲物を追いかける厄介な鬼怪だ。

 罪王が小さく舌打ちするのが聞こえた。


「……性能が前よりも上がっているな。このまま逃げ切るのは難しそうだ」

「えっ、そんな。私達、逃げられないのですか?」

「そんなわけがなかろう。――考えはある」


 罪王は裏路地へと駈け込むと、振り返りざまに右手を振るった。

 袖がひるがえり、そこから勢いよく銀の鎖が伸びる。縄鏢ジョウヒョウだ。先端に金属の矢尻がついたその武器は、寸分違わず三匹の錘蛇へと飛んだ。

 一匹は頭部と喉、即死。二匹目は喉と胴体、即死。三匹目は頭部に二発、即死。

 三匹の錘蛇が地面へと落ちるのを見届けて、罪王は天潤を地面に下ろした。


「幽龍に潜る。しばし待て」

「も、潜るってどういうことですか?」

「文字通りだ。黙ってみていろ」


 言いながら、罪王が太い針のようなものを取りだした。

 鍼灸師が遣う鍼をそのまま大きくしたような形をしている。ただ柄頭の部分が平たく、そこに陰陽の印が描かれているのが変わっていた。

 罪王はそれを、地面に突き立てた。


「【カァイ】――龍体穿孔リュウタイセンコウ


 黒い舗装に、赤い筋が浮かび上がった。

 それは見る見るうちに広がり、てらてらとした光沢を帯びていく。同時に、天潤は鼻先にぬめるようなにおいが広がるのを感じた。

 肉だ。罪王の足下の地面が、瑞々しい肉へと変異している。

 声も出せずにいる天潤の目の前で、肉の地面にぷつりと小さな穴が開いた。


「眼球、来い。潜るぞ」

「はっ、はいっ!」


 状況はさっぱり読み込めないが、天潤は慌てて罪王へと近づこうとする。

 その時、真上からシューシューと小さな音が聞こえた。

 はっと顔を上げると、屋根の上で二体の錘蛇が天潤を睨み付けていた。

 天潤はとっさに七星剣の柄に手を掛けた。しかし、錘蛇はシューシューと鋭い威嚇音を発するものの、どういうわけか襲ってくる気配がない。

 天潤の側で羽ばたきつつ、玄玄は訝しげに錘蛇を睨みあげた。


「なんだ、あいつら……? どうして襲ってこないんだ?」

「どうでもいい。早く潜らねば警邏が来る」


 罪王は鋭く手を振り払った。不規則に膨らむ錘蛇の喉を縄鏢が貫き、絶命に至らしめる。

 縄鏢を死骸から回収すると、罪王は天潤に向かって荒っぽく手招きした。


「来い、眼球。この穴から幽龍の体内に入る」


 体内に入る――まるで想像がつかない行為だが、ひとまず天潤は穴の縁に立った。

 霊眼に映ったのは、今までに見たことがない光景だった。


「えっ……ま、真っ黒……!」


 視界が、黒く塗り潰されて見えた。

 どれほど暗い場所でも、霊気を捉える霊眼ならば光源に関わらず周囲の様子は把握できた。今、天潤の目の前にあるのは見たこともない暗闇だった。

 その闇に、時折奇妙な光が走る。それでも、穴の内部の様子はまったく見えない。

 ここに飛び込む――得体の知れない奈落を前に、天潤はわずかに躊躇う。

 しかし、その一瞬の間に、強引に体を引きあげられた。


「う、わっ――!」

「動くな。……何度も触れられて気分が悪いだろうが我慢しろ。動いたら落とす」


 軽々と片手で天潤を担ぎ上げ、罪王が低い声で囁く。

 そのまま彼は躊躇いなく暗闇へと飛び込んだ。続いて、玄玄も急降下する。

 二人と一羽をそのうちに呑み込み、穴は一気に口を閉じた。


 天潤の視界は、完全な暗闇に包まれた。

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