裏5話 公爵家の令嬢(王子視点)
「ふう」
そろそろ危なくなってきたかな。
最近、一部の者が私の継承順位を上げるべきだと言い出した。
私を担ぎ上げたいのか、それとも目障りな私を潰すための迂遠な策略なのか。いずれにしても、表舞台から消える算段をしなければならない。でないと、存在そのものを消されかねない。
まったく。側妃腹の王子になんて、生まれたくて生まれたわけではないのだけれど。常に周囲の目を気にしなければならないのは、息が詰まる。
臣籍降下して生きていけるように、政の、主に実務的な部分を担えるように学んできたつもりだけれど、それが裏目に出たということなんだろうか。私に野心などないのだけれど。
というか、正妃様の王子達が不甲斐なさ過ぎるだけだ。
特に王太子殿下は、将来この国を背負っていただくことになるのだし、もっとしっかりやっていただきたいと思うけれど、それを口にしたことはない。したらどうなるかくらい、わかっている。
私の王位継承順位は6位。第4王子だけど6位、というのが、私の現実だ。側妃腹の王子など、予備の予備もいいところで、私が王位を継ぐ可能性があるとしたら、兄上達が継承権争いをして全滅した時くらいだろう。もちろん、その時は国の存続すら危ないはずだ。
表舞台から消えるに当たって、私はサルード公爵家に婿入りする道を選んだ。
我が国は、王位も含めて、女性であっても継承できる。だから、次代のサルード公爵になるのは、公爵令嬢アーシュラルであり、その夫となっても私には何の権限も与えられない。さらに、公爵家に入る際に王位継承権を放棄することになるから、野心を疑われる心配もない。サルード公爵家は、王太子派の中でも穏健派だから、私は緩やかに監視されるだけで命の心配はしなくてすむだろう。
せっかく学んだことを生かせないのは残念だけれど、命には替えられない。自分が生きる意味が欲しいとは思うけれど、別に国政を担いたいというほどの思いがあるわけでもないのだし。
これなら、最長でも、アーシュラル嬢が成人するまで生き延びればいいということになる。
できるだけ早く危険を払拭したいけれど、ちゃんと自然に見えるようにしないと、逆に策略だと疑われかねないから。
母上の実家であるブード子爵家は、サルード公爵家の庇護下に入ることになっている。子爵家ではあるけれど資産家だから、王太子派に加わるのは公爵家にとっても悪い話じゃない。子爵家にとっても、恭順の意を示すことができるし。
その点については、公爵から内諾を得ている。
あとは、アーシュラル嬢との関係だ。
どんな方なんだろう。
私より1歳下なのは知っているけれど、本人に会ったことはない。
5歳の頃に馬車馬に踏まれそうになって以来、馬車には乗れないのだとか。
いきおい、屋敷の外に出ることはなく、公爵邸を訪れた人でも滅多に会えないそうで、その姿を見た者もほとんどいない。
噂では、日の光を浴びたことがないかのような白磁の肌と、鮮やかなブラウンの髪と瞳の、人形のように美しい令嬢だとか。
私の生涯の牢獄の主なのだし、よい関係を築ける御仁であればいいのだけれど。
「サルード公爵が一子、アーシュラル・サルードと申します。
お会いできて光栄です、殿下」
なるほど、人形のような令嬢だ。
美しさもさることながら、人間らしさが感じられないという点で。
なんだろう、壁を感じる。王城で感じるような、本音を隠した膜のようなものではなく、完全にこちらを拒絶するような壁を。
今まで会ったことはないし、嫌われているはずはないのだけれど、政略結婚が嫌だとか、そういうことだろうか。彼女の立場からすると、政略以外ありえないけれど、少女らしい夢を抱いているんだろうか。
「これだけの種類を集めるというのは、相当なご苦労があったのでしょうね」
「ええ、まぁ」
会話が弾まない。こちらから水を向けても、「ええ、まぁ」などと曖昧に微笑むだけ。
通されたテラスから見える庭には、それなりの統一性や意図が感じられるから、誰かが指示して植えさせたのは間違いないと思う。使用人が勝手にこういう植え方はしないだろう。公爵夫人はかなり以前に亡くなられているし、てっきりアーシュラル嬢が指揮したものだと思って褒めたんだけど、違ったか。
これだけの庭を整備したなら、「私が整えたのです」とか胸を張りそうなものだ。
公爵令嬢は花が好きだといった噂は聞こえてこないし、もしかしたら本当に違うのかもしれない。かといって、普通なら、自分の手柄でなくても胸を張るものだけれど。嘘をつけない性格、とか? あり得なくはないけれど、公爵家の次期当主がそれではまずくないだろうか。
この際だ、少し突っ込んだ話をしてみようか。
どのみち、私は彼女に受け入れられなければ針のむしろになるのだし。
「あなたは、私を拒んでおられる。
確かに私は子爵家出の側妃が生んだ王子でしかありませんが、この婚約はサルード公爵家にとっても利があるはず。
何がお気に召さないのか、教えていただけませんか」
「う、馬、馬に、踏まれてっ、死んでっ」
突っ込んだ話をしようとしたら、支離滅裂なことを言い出した。
よくわからないけれど、先程、馬に踏まれそうになったという話を出したのがまずかったようだ。彼女が本当に馬を怖がっていることはよくわかった。
頭上に馬の足がふり上がるのを見たというのは、それほどの恐怖を与えたのだろう。
どうやら、私を拒否しているというわけではないらしい。
人形のように無感情に見えたけれど、こうして見ていると、血の通った人間だ。むしろ子供のような可愛らしささえ感じる。
「けれど、こうして取り乱された姿を見ると、失礼ながら親近感が湧いてきます」
馬のことはいずれ解決しなければならないとして、当面は信頼関係を築くのが優先だろう。
会う前は、王子はアーシュラルを政略結婚の相手としか思っていませんでした。
ここから王子の恋心が始まりました。
次は4日午後10時に更新します。