2 家庭教師
本日、プロローグと1話をアップしております。
馬車に乗れないとなると、この国ではほとんど行けるところがない。
移動手段は、基本、馬か馬車か徒歩しかないからな。
公爵令嬢ともあろう者が徒歩で出掛けるなんてのは家の恥でしかないらしくて、事実上、俺は家の敷地から外に出たことがない。
困ったことに、俺が使用人に会うともれなく最敬礼されてしまう。まぁ、次期公爵だからな、未来の主人の機嫌を損ねたら大変だと思うんだろう。無理もない。
そうなるど、“俺に会う=仕事の手が止まる”って図式が成り立っちまうから、なるべく部屋の外に出ないようになった。馬の声が聞こえると倒れるってのもあるが。
たまに庭を散歩するくらいだ。
だって、ニーナとは別の侍女が話してるの、聞いちゃったんだよな。「お嬢様、悲鳴上げて倒れるのよ。おかわいそうに」って。
そりゃ、主人の娘が突然悲鳴を上げて倒れるんじゃ迷惑だよな。
仕方ないから、主に部屋の中にいる。
石だかレンガだかみたいな材質で作られた壁は、防音性能が高いらしく、屋敷の中にいれば馬のいななきなんかは全然聞こえない。
各部屋にガス灯が入っていて、暗くなれば侍女が点けてくれるから、そういう意味では不便もない。
その気になれば、部屋と食堂と浴場だけでほとんど事足りる。引きこもりにはもってこいだ。
コミュ障の上に引き籠もりとか、なんかダメ人間一直線って感じもするけど、いいとこのお嬢様は、部屋から出なくても別にニートにはならないから大丈夫だ。
刺繍という、部屋から出なくてもできる、お嬢様らしいお仕事があるのだ。
刺繍なんてやったことなかったが、習ったとおりにやればちゃんとできあがるから、割と簡単だ。
やってるうちにどんどん上手くなるし、上手くなると嬉しいから、今じゃ暇さえあればやってる感じだ。
俺が倒れたせいで、家庭教師が付くのは、1か月延期になった。
知らない人と部屋で2人きりとか考えるとざわざわするけど、学校に行ってボッチしてることを考えたらマシかもしれない。
やってきた家庭教師は、いかにも頑固ですって感じのじいさんだった。
「さて、お嬢様。
儂はセイワーと申します。
お嬢様に学問をお教えするために参りました。
とりあえず、数学と王国語の2つになります。
今日のところは、数学にいたしましょう」
おー、数学! 懐かしいなぁ。俺、数学は得意だったんだよな。
おっと、挨拶挨拶。
「…よ、よろしく…お願い…」
「では、まず…」
じいさん先生がしゃべるのを聞いてるだけだから楽だった。たまに相鎚うつ程度だし。
内容は、小学生並だ。そりゃそうだよな、俺はまだ5歳なんだから。
「お嬢様、先程から生返事ばかりですが、きちんとご理解いただけておられますかな?」
「だ、大丈夫…」
「では、この問題を解いていただけますか」
じいさん先生は、白紙にさらさらと5つ問題を書いてよこした。
こんな小学生の問題、間違うわけないじゃんか。じいさん先生の前で、答えをさらさら~っと書いてやったら、目を剥いて驚いていた。
「すばらしい! 儂の話をきちんと理解されておられますな!」
さっきまで眉間にシワを寄せていたのが嘘のように機嫌が良くなった。
そうか、何言っても「うん、うん」しか言わなかったから、話聞いてないと思われたんだな。
んで、ちょいと意地悪な問題出して凹まそうと思ったら完璧に解いてみせたから、話をちゃんと理解できてると思った、と。
こういうのだったら、しゃべれなくてもなんとかなるんだけどなぁ。
この一件で気に入られたのか、予定外に歴史が入ってきたり、帝王学っぽいのが入ってきたりして、結構大変だった。
数学以外は、前世の記憶があんま役に立たないからな。
でも、俺、要領いいから座学は得意なんだ。しゃべらなくていいしな!
3話は、明日8/2午前7時頃にアップします。