1 前世の記憶とコミュ障
朝、プロローグをアップしております。
そちらからどうぞ。
真っ暗な世界だ。
何もない…つうより、目が開かない。
体中に何かがまとわりついてるような感じで、体が動かない。
動け! おい、動けよ!
さんざんプールで泳がされた後みたいな気怠く重い体を必死になって動かそうとするけど、なかなか動かない。
おい、動けっつってんだろ! いい加減に動けったら!
イライラしたんで叫んでみたら、右手が少し動いた。
いいぞ、その調子だ! ほら、もうちょっと、なんか見えないけど、目の前に光があるっぽい。そこまで手を伸ばすんだ。
もう少し、あとちょっと…。
届いた。
と思った瞬間、なんかよくわからない景色が目に飛び込んできた。
よくわからないってなんだよ。ありゃ、俺のベッドの天蓋じゃないか。
…天蓋? 俺、そんなもんがついてるような高級なベッド、使ってたっけ?
…使ってたな。なんたって、俺はサルード公爵家の跡取り娘だからな。こんくらいの贅沢は当然だ。
…跡取り娘? うん、そうだ、俺の名前はアーシュラル・サルード。5歳だ。
…この前、成人式に出なかったっけ? 特に親しい友達もいないから、会場の隅で1人で、レンタルしたスーツで座ってたよな。
たった一度しか着ない晴着なんて、買うのはバカらしいから。
いやいや、高位貴族たるもの、ある程度は贅沢して市場を動かさなきゃダメなんだって。
だから、誰が高位貴族だよ。いや、公爵ったら、大公の次に家格が高いじゃんかさ。
そうだよな。俺のおばあさまは、王家から降嫁してきたんだし、俺、王家の血を引いた姫様じゃん。跡取り娘でなかったら、王妃になったっておかしくない高貴な血筋じゃんね。
いやいやいや、俺、庶民だったよな?
大学で農学部行って、目指すは農林省の畜産研究所で…って、あれ? 家庭教師が来るの、来月からじゃなかったか?
いやいやいやいや、俺、対人関係苦手で、友達もいないんだから家庭教師なんてダメでしょ。
まともに口利けない自信あるぞ。
そうだよ、だから畜産科に入ったんじゃないか。
豚や牛はいいぞ~。あいつら、ちゃんと世話してやれば、懐いてくるからな。
言葉は通じないけど、心は通じるからな~。
そこいくと、人間はな~。言葉も通じないし、心なんかもっと通じないもんな。
俺、ガキん時から優等生だからってんで、えらくひがまれたもんな~。
みんな、口では「すごい」とか「天才!」とか言ってたけど、俺のいないとこで「点取り虫」とか色々悪口言ってるの、聞いちゃったもんな~。
ん? 5歳ってガキだよな? ガキん時?
いや、大学生だよ、大学生。
畑なんかもあったよな~。
馬とか牛とか使って畑耕したり。
そうそう、轡付けようとしたら、虻が飛んできて、馬が竿立ちになって、前足が俺の胸に…ドゴッって…。俺、口から血ぃ吐いて…。
死んだんだ。すっげえ痛かった。
胸に、蹄が…。
「いやああああああ~~!」
怖い、怖い、怖い、死ぬ、また死ぬ。
喉を突いて出る悲鳴が止まらない。止められない。
いつの間にか、誰かに抱き締められていた。
「お嬢様、大丈夫です。お怪我はございませんから!」
侍女のニーナだ。
思わずニーナにしがみついちまった。
「俺、わたし、馬が、胸、骨、折れっ」
言葉にならない。そういや、俺、コミュ障で人と話すの苦手だったんじゃないか。
「大丈夫ですよ、お嬢様。馬の足は当たっておりません。
怖かったですね。もう大丈夫です」
ニーナに優しく抱き締められて、背中をポンポンされているうちに落ち着いてきた。
…侍女? 俺に侍女なんていたっけ?
「ニーナ…」
「はい、お嬢様。ニーナはここにおりますよ」
うん、侍女のニーナだよな。
俺、何言ってんだろ。ニーナは俺の専属侍女じゃないか。
おかあさまが亡くなる前からわたしの侍女の…
…なんか、頭痛い。ニーナ…
また意識を失ったらしい。
目が覚めると、だいぶ頭がすっきりしていた。
どうやら俺は転生とやらをしたらしい。
前世と今世の記憶が混じり合って混乱してたようだ。
お父様も、俺がショックで混乱しているらしいと知って一度様子を見に来てくれた後は、しばらく1人にしてくれた。まぁ、ニーナは傍にいるんだけど。
数日で混乱は治まり、アーシュラルの人格でほぼ定着した。んだけど、前世の記憶とコミュ障が残っちまった。
それと、馬車に乗れなくなった。
遠目に馬を見るだけでドキドキするし、いななきなんか聞いたら、悲鳴を上げて気絶する。
出掛けるお父様を見送ろうとした時にまた気絶して、馬車に乗るのは諦めた。
2話は、本日午後10時頃にアップします。




