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裏10 思いがけない旅(ロック視点)

 公爵領への旅は、公爵家の馬車で行くことになった。

 公爵のご厚意もあるけれど、一番は、公式の訪問でもないのに王家の馬車で乗り付けるわけにはいかないという配慮だった。

 私は、数名の護衛と一緒に公爵邸を訪れ、乗ってきた馬車はそこで帰して公爵家の馬車に乗り換えることになっている。

 私に貸していただけるのは、アーシュが考案した機構を搭載した新型の馬車だそうだ。

 護衛や荷物は通常の馬車(もの)に乗せ、2台で行くことになる。


 アーシュと、どういうわけか公爵も見送りに現れた。

 アーシュは私の手を両手で包み込むように握り、「気をつけて」と言ってくれて。

 私が暗殺されうる立場だと気付いての言葉か、違うのか。いずれにしても、アーシュが私の身を案じてくれるのは嬉しい。


 「ええ、行ってきます」


 まるで、ここが自分の家であるかのような物言いにいささか照れながら、馬車に乗ろうと振り返ったその時、馬がいきなり竿立ちになった。と同時に、背後からアーシュがしがみついてきた。「ロック!」と叫びながら。

 しがみついてきたアーシュはそのまま気を失ったらしく(くずお)れたから、慌てて支えたけれど、その手は私の服の裾を掴んだまま離してくれなかった。

 困って公爵の方を見ると、

 「殿下、ちょうどいいので、そのままお連れください」

と、とんでもないことを言ってくる。


 「よろしいのですか? これほど馬が怖いというのに」


 少し詰るような言い方になってしまったけれど、仕方ないだろう。

 初めて見たけれど、これほどまでに馬に怯えているというのに、馬車に乗せるなどと。

 

 「誰かにすがりついて気を失うなど、初めてでしてな。私やニーナにすら手を伸ばすことはありませんでした。

  殿下と一緒なら、乗り降りできるかもしれません。

  どのみち、爵位を継げば登城することもありますし、馬車に乗れぬなどと甘えてはいられぬのです。

  少々荒療治ですが、これで慣れてくれれば儲けものです」


 「しかし、それは少し強引では?」


 「いずれ必要になることです。

  今なら殿下がいてくださる。今やらねば、機会を失うおそれもありましょう。

  娘をお願いいたします」


 いずれ必要というのは確かだから、私は何も言えなかった。

 裾を掴んだままのアーシュを横抱きにして、馬車に乗り込む。

 さすがに横になれるほどの広さはないから、アーシュの侍女に頼んで、足をかがめて座席に載せた上で、頭を私の腿に載せる。

 足に伝わるアーシュの重みと温かさが愛おしい。

 もちろん、不埒なことをするつもりはない。




 「…あれ?」


 王都を離れてだいぶ経った頃、アーシュが目を覚ました。

 体を起こし、キョロキョロと周囲を見回している。無理もない、自分が今どういう状況なのか、わからないのだろう。

 しばらく考えた後、アーシュは

 「ロック…わたし、一体?」

と尋ねてきた。

 これを伝えるのは残酷だとは思うけれど、もう後戻りはできない。公爵の仰るとおり、そう遠くない将来、アーシュは馬車に乗ることを余儀なくされるのだから。


 「ここは、領地に向かう馬車の中ですよ、アーシュ」

 衝撃を与えないよう、努めて優しく笑って残酷な事実を告げる。


 「馬車の中…」


 アーシュは呆然としていたけれど、真っ青になったり倒れたりはしなかった。これは、公爵の読みが当たっているかもしれない。


 「公爵が、ちょうどいいから領地へ同行させてはどうかと仰って。ほら、こう(・・)でしたから」


 私の裾を掴んだままの手を指さすと、アーシュは頬を染めた。

 ずっと裾を握っていたことを、はしたないと思っているようだ。 

 慌てて手を離したアーシュに、出発した時の経緯を話すと愕然としていたけれど、

 「ここまで来たんだから、行くしかない」

と前向きに捕らえているあたり、アーシュは本当に強いと思う。




 とはいえ、やはり馬が怖いのはどうしようもないらしく、自力で馬車を降りることはできなかった。

 立ち上がろうとしても、足に力が入らないらしい。

 乗ろうとして近付くと足に力が入らなくなるらしいから、それと同じことが起きているんだろう。

 乗る時は意識がなかったけれど、意識のある今はどうだろうか。

 抱き上げてみると、ぎゅっと目を瞑って私にしがみついてくる。

 愛しさを噛みしめながら馬車を降り、十分離れてから、名残惜しいけれど彼女を地面に降ろした。

 11話も書き上がっていますので、明日午後10時に更新です。

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