裏9 公爵の一言(ロック視点)
「わたしの代わりに、領地に行ってほしい」
その日、アーシュから頼まれた仕事に、私は耳を疑った。
“代わりに、領地に”──それは、未だ王家の人間である私に、公爵領を視察させるということ。
次期公爵の名代ともなれば、見たいもの、知りたいことは、全て希望どおりになる。
アーシュ、あなたは私をそこまで信じてくれているのですね。
この言葉が、公爵領に後ろ暗いところはないという自信から来ているのか、私への信頼から来ているのかはわからないけれど、少なくとも私に名代が務まるという信頼があることは間違いない。
馬車に乗れないアーシュは領地を直接見ることができないから、代わりに目となる者が必要だ。そして、その“目”に私が選ばれたのは、私にものを見る目があると認められたから。
政を担えるよう磨いてきた力が、認められた。
それもまた嬉しい。
判断力において、私はアーシュに遠く及ばない。
アーシュの領地経営の理念は、私には考えつかないほど深いところにあるから。けれど、現状を見て、その実情と問題点を指摘する役には足りると思ってもらえた。
許されるようなら、私なりの改善策などを提案してみてもいいかもしれない。通る通らないはともかく、提案するくらいはさせてもらえるはずだ。
“頼んでもいないことを”なんて怒るような人ではないから。
後の問題は、私の護衛の類がどれくらいついてくるかだろう。
この辺りは、公爵にご相談してみることにしよう。
「ほお。アーシュラルから代理視察を頼まれるとは。順調なようですな、殿下」
「大変ありがたいですし、やりがいもあるのですが、私が公爵領を訪ねてもよろしいものかと思いまして。まして、長距離の移動となると、他にも懸念がありますし」
「アーシュラルは、わかった上で殿下に依頼したのでしょうな。
なに、問題は、どこぞの刺客が護衛として紛れ込んでくるくらいでしょう」
「紛れ込みますか、まだ」
「でしょうな。どこにでも強硬派や短慮はおるものです。信用できる者に絞ってお連れになるのがよろしいかと。
手が足りなければ、こちらでつけましょう。
婚約者に先立たれると、娘の評判に差し障りますのでね。こちらとしても大義名分が立つのですよ」
「お言葉に甘えます。
ご承知でしょうが、ご令嬢とは良い関係を築けています」
公爵は知らない顔をしているけれど、当然、私とアーシュが会っている時のことは報告が行っているはずだ。
婚約者とはいえ、公爵令嬢と会うのだから、本当の意味で2人きりなんてことはあり得ない。もちろん、無体をはたらくつもりなんかないけれど。
公爵もさることながら、アーシュの信頼を裏切るわけがない。
もう、私にとってアーシュは、政略結婚の相手ではなく、愛しい婚約者なのだから。
「アーシュ、ロックと呼び合っておられるとか。仲睦まじくて結構ですな。
娘も、殿下には心を許しておるようです。手作りの菓子など、自分の分しか作らなかったものですが。
当家としても、その点は好ましく思っております」
だから、護衛を貸してくださる、と。
「ありがとうございます。助かります」
「早晩、娘が許可を求めてくるでしょう。
許可は出しますゆえ、出立のご準備をなさるがよろしい。
それと、もし、娘が同行できた時は、どうぞお連れください。
なんなら、成人を待たずに婚姻を前倒しされても結構。
娘は、殿下を夫と見定めたようです。存外思い込みの激しい娘ですから、もはや殿下以外との婚姻は承諾しますまい」
冗談にしても突拍子もないけれど、アーシュが私と婚姻する意思を固めてくれているというのは、素直に嬉しい話だった。
しかし、公爵から、一緒に出掛けてもいいと許可が下りたのは、意外だった。
馬車に乗れないアーシュが一緒に行けるわけはないし、そもそもアーシュが自分では行けないから私が代理に、という話になったのだから。
確かに、未婚の令嬢と泊まりがけで領地の視察なんかに行ったら、事実上婚姻したものとみなされるだろう。
たとえ12歳と11歳だとしても、子供は作れるのだから。
婚姻の前倒しなんてあり得ない話とはいえ、魅力的ではあった。




