8 ロックはしょっちゅうやってくる
王子は3~4日おきに遊びに来るようになった。
お前、仮にも王子のくせに腰軽すぎないか?
なんつうか、こんだけ頻繁だといちいち先触れよこすのもあんま意味ないってことで、いつの間にか先触れはなくなった。
その代わりというか、もう、帰る時に「次は3日後に」とか言い残してく。
こんだけしょっちゅう話してると、俺の方も大分慣れてきて、割と普通に話せるようになってきた。
良く言えば緊張せずにしゃべれる、悪く言えば扱いがぞんざいになったってとこだ。
王子の方も、それを気にしてないから…つうか、むしろ喜んでるっぽい。
まぁ、最初に会った時に“心の通った夫婦になりたい”みたいなこと言ってたからな。
気心知れた感じになってきたのが嬉しいんだろう。
実はマゾだったとかじゃないと思う。つうか思いたい。
最初のうちは、頑張って敬語とか使ってたんだけどな。そうすると、どうしても一拍置くって言うか、構えちまうんだよな。
何回かそんな感じでたどたどしくなってたら、王子から言われたんだ。
「いずれは夫婦となるのですし、王子としてではなく、婚約者として、伴侶として、もっと気安く話していだだけませんか?」
なんて。
あいつ、そのくせ自分が敬語抜けないんだよな。癖だからとか何とか言っちゃって。
だから、せめて呼び方だけでもと思ったんだ。
「アーシュ」
「はい?」
「長いから、アーシュと」
「よろしいのですか? では、私のこともロックとお呼びください」
お互い愛称呼びだと!? そんな高度なことを俺に要求するのか!? ロックと呼べと!
「ロック…様…」
あれ? 呼べたぞ? え? もしかして、俺すごい? 成長してる?
「様はいりませんよ、アーシュ。
もっと気安く、ね?」
“ね?”じゃないだろぉ! なんだよ、その高等技術!
「ロ…ロック」
呼べた! 呼べたよ! 凄いぞ俺! って、あれ? ロックの奴、なんで目を逸らす? もしかして、なんかマズった?
「あの、ロック? わたし、何か変だった?」
恐る恐る訊くと、ロックは俺の手を取って笑った。
「何も変なことはありませんよ! 嬉しかったんです。
あなたが婚約者なんだと再確認できたというか。私を愛称で呼んでくれるような人は、もういませんから」
照れたような顔して笑うロックは、年相応っぽく見える。なんだ、ちゃんと12歳なんじゃんか。
そうだよな、王子なんていったって、婿に出されるようないらない子だもんな。
そうか、お前もボッチだったんだな。
ボッチ同士、仲良くしようぜ。
「ロック。2人で居場所、作ろう」
そう言ったら、ロックはすごく嬉しそうな顔をした。
ロックが頻繁に来るようになった分、茶菓子を出す回数も多いけど、こっちも好評だ。
あいつ、甘党なのか、すっげえ喜ぶんだよな。
食うたびにやたらと褒めてくるからこっちも悪い気はしないし、まぁ、毎回手の込んだものは作らないにしても、クッキーくらいは必ず出してる。
時々、お土産に持たせたりな。
たまに餌付けしてる気分になる。太らないだろうな? って心配になることもある。
話せるようになってわかったけど、ロックは真面目な奴だ。まっすぐっていうか、真摯っていうか。でも、融通が利かないわけでもない。
“政略結婚でも、心が通った夫婦になりたい”なんて言ってんのも、そういうとこからなんだろう。
あと、褒め上手だな。ヨイショってんじゃない、ちゃんと相手を見た上で、いいところがあれば褒める、みたいな。あれはズルいと思うんだ。嬉しくてニヤけちまう。
今日はアップルパイを焼いてみた。
「アーシュは、本当にお菓子作りがお上手ですね。
これだけレパートリーがあってどれも美味しいなんて、店が開けるほどですよ」
「店を開くのは無理。
わたしのは、金に飽かした趣味でしかない。
こんなので採算は取れない」
実際、俺の作るお菓子には、公爵家御用達の店から買い付けた高価な材料がふんだんに使われてる。
こんなん、店で売りに出せるわけがない。
「採算、ですか?」
「たとえば、このアップルパイ一切れで、城下町の一家が4人で外食できるくらいの材料費が掛かってる。
とても売れる金額じゃない」
「売れる金額? でしたら、庶民が買える金額で売ればいいのでは?」
何言ってんだ、それじゃ慈善事業だろう。
「だから、収入と支出のバランスの問題。
仕入れ値が高すぎて、庶民が買える売り値に設定したら、店が潰れる」
「店って…。アーシュは、そんなもの経営したことはないでしょう」
そりゃ、経営したことはないし、前世でもバイトなんかしたこともないけどな。コミュ障だし。
でも、そんなもん、常識だろがよ。
「これから領地を経営する。そのために学んでもいる。
何かするなら、採算は度外視できない。
損するだけじゃ、領地が潰れる」
「ああ、まあ、店の経営なら、そうかもしれませんね。
でも、領地というのは、損することも必要なのでは?」
「それは、例えば治水工事とか?」
「まあ、そうです」
「そういう出費は、損とは言わない。
治水をしなければ、洪水で被害が出るかもしれない。
大きな損をしないための先行投資は、必要経費。
たとえ運良く洪水が起きるような雨が降らなくても、それはそれ。備えは必要。
領民の命は領主の財産。守ろうと努力することは、無駄な出費じゃない」
別に、人の命は地球より重いとか思ってるわけじゃないけどな。リスクマネジメントは、何やるにも重要なんだよ。
家畜が伝染病に罹ったら大変だから、予防接種するとかな。結構金かかるけど、もし伝染病が流行って全頭処分なんてことになったら、経営が破綻しかねない。
何事も、起きてしまってからの後始末より、予防の方が安くすむことになってんだ。
「アーシュは、理想的な領主になれますね。
領民を財産だと言う人には会ったことがありますが、それはあくまで富として見てのこと。
領民を守ることが領主の務めだというお考えは、本当に素晴らしいです」
おいおい、お前、なんか勘違いしてないか? そんな感激するようなこと言ってないだろ。
何かあってから後始末するより、先回りした方が手間も金も掛からないって言ってるだけだ。
人の命を財産扱いしてるだけでも、人権擁護団体からクレームが来かねないくらいなんだぞ。
「とにかく。
公爵家が使う材料は、立場上、高級で当然。いい材料を使えば、おいしいのも当然。
わたしの腕が特別いいわけじゃない」
そう言ったのに。
「私は、アーシュのお菓子は世界一美味しいと思います」
とか真顔で返された。
まぁ、主観だから、いっか。
自分のために作ってもらったものって、基本的に美味いことになってるからな。
きっとボッチフィルターがはたらいてんだ。
お陰様で夕べ、一瞬だけ異世界転生(恋愛)の日間9位になれました。
読んでいただいた皆様、ありがとうございます。




