7 王子にお菓子を作ってやろう
王子から、次の訪問の先触れがあったのは、4日も経ってからのことだった。
明後日、来るそうだ。まだ2日もある。
まったく、貴族ってのはもどかしい。
これから行くよって、簡単にやれないもんかね。
ともかく、“来る”ってだけで、かすみ草の方がどうなってるのかは、わからない。
現物が手に入らなくても、名前と産地だけでもわかれば、自分で手に入れられそうだし。
まさか、忘れてるってことはないよな?
ああ、もう、早く明後日にならないかなぁ。
そうだ、情報を持ってきてくれる王子のために、茶菓子を作っておいてやろう。
自慢じゃないが、俺のお菓子作りの腕は、玄人はだしだ。
なにしろ屋敷から出られないから、屋内でできることは大抵やってる。
お菓子作りに手を出したら、元々几帳面で細かい性格だったせいか、えらく上達した。
まぁ、跡取り娘という立場があるので、使用人に振る舞うわけにもいかないし、かといってお父様にどうぞってわけにもいかないしで、結局、俺自身とニーナ、後は評価をくれる料理長くらいしか食べてない。
その料理長から、プロ並みとお墨付きをもらってるんだから、王子に出しても問題ないだろう。あの料理長に限って、食い物でお世辞なんて言うわけがない。
最初はクッキーでも焼こうと思ってたんだが、かすみ草のことを考えるとやたらテンションが上がってしまい、ドライフルーツたっぷりのパウンドケーキに化けた。
ふっふっふ。かすみ草のためなら、このくらいの手間、安いもんだ。
王子がやってきた。
「ようこそ! お待ちしてました!」
今の俺は、顔がにやけるのを止めることもできないくらい機嫌がいい。
我ながら現金だとは思うけど、なにせ欲しかったかすみ草だからな。
ちょこちょこと賑やかしに入れてやろうと目論んでる。こう、脇役として有能な花ってのも貴重なんだよな。
「わざわざのお出迎え、ありがとうございます。
お約束の花をお持ちしました」
言われて王子の後ろを見ると、もう1台の馬車がついてきている。
「もしかして、あの中に」
「ええ、根のある状態で、100株あります」
「100株⁉︎」
すごい! さすが王子!
今日は、屋敷の方でお茶だ。
ちゃあんとパウンドケーキも並べてあるぞ。
で、どうやって100株も手に入れたんだ?
え? 他に使う予定があったのを譲らせた!?
なに? 王子の強権使って横取りしたのか!?
ダメだろ、それは!!
本来使う予定だったところは、どうなったんだよ!?
「横からはだめです」
「え? 横から?」
「王子が譲れと言ったら、断る人はいません。
補償したからといって、穴が埋まるとは限らない。泣き寝入りかも」
まともな奴だと思ってたのに、そんなこともわかんないのかよ。
普通の人が、王子から命じられたら、どんな犠牲払ったって言うこと聞くに決まってんだろがよ。
…俺がかすみ草欲しがったのが悪いんだよな…。
ちくしょう。
「信用は商人の命。でも、王子が言えば従う。
贅沢品を使うことは、職人を養う。だから、それはいい。でも、横から奪うのはダメ。商人を潰す」
「大丈夫です、アーシュラル嬢。この花は、花束などの隙間埋め用に用意されていたものですが、これでなければならない理由はないのです。
代替品はすぐにも用意できますし、それに見合う以上の代金を支払いました。
これで商人が困ることも、信用を失うこともありません」
そうか、代わりがあったのか。よかった~。
お前、やっぱいい奴だな。疑って悪かったよ。
そっか、そうすると、俺ってば、せっかく手に入れてくれた王子の好意にケチつけたってことになるんじゃないか?
謝っとこう。んでもって、丁重に礼を言わないと。
「それなら、よかったです。
ありがとうございます」
ほらほら、俺の手製のパウンドケーキだぞ。
自分で言うのもなんだけど、相当美味いぞ。
「とても美味しいです、アーシュラル嬢。
お菓子作りが趣味とは知りませんでした」
「外に出ないから」
「そうすると、あなたのケーキを食べるのは家族を除けば私が初めてですか?」
「初めて」
お父様はな~、さすがに俺の作ったもんなんか食わすわけにもな~。
だいいち忙しいからなぁ。朝晩の食事は一緒だけど、それが精一杯なんだよな~。
「これは、殿下のために作った」
「光栄ですね」
「お父様も食べてない」
「それは! 光栄です」
ふぅ。どうやら、気に入ってくれたみたいだ。嬉しいな。客に出すのは初めてだからな。ほら、まだまだあるから、もっと食えよ。
さっきのことは許してくれよな。
「ところでアーシュラル嬢、先程の“贅沢品を使うことは職人を養う”というのは、どういう意味ですか?」
うわ。覚えてたのか、あれ。
昔どっかで読んだやつの受け売りなんだよな。
「手の込んだレースも、高級な布地も、使う者がいてこそ作られる。
作り続けないと技術は廃れるし、材料を作る者もいなくなる。
だから、貴族は少し贅沢して、職人を守らないといけない」
「少し贅沢、ですか?」
「贅沢しすぎると、出納が合わなくなる」
「出納?」
「支出は収入より小さく。こんなので増税はだめ」
そうそう、貴族の贅沢は、身の丈に合ってれば必要悪、そうでなければ単なる自分勝手なんだよ。
「あなたが公爵になったら、領民は幸せですね」
そうだったらいいんだけどな。
俺はコミュ障だから、人を動かせないんだよ。
「あなたが言えば、みんな動くでしょう」
「うまく通じない」
現に、かすみ草ひとつ、自分の力じゃ手に入れられなかっただろ。
「思ったように動かすのは難しい」
「アーシュラル嬢。できれば、あなたの考えを私にも教えていただけませんか? 私が理解できれば、私から周囲に説明することもできます。
私は、ほかの方々よりは理解が早いと思いますよ?」
え? スポークスマンになってくれんの?
いや、そもそもお前、俺と意思の疎通できてないだろ。
あれ? でも、今日は割と話が通じてるな。
もしかしたら、大丈夫か?
「なら、今度」
「ええ。何かありましたら。
それまでにも、会いに来てよろしいですか」
「あ、はい」
「それでは、また近いうちに」
そうか、王子と話せるようになると、できることが増えるんだ!
よし、また来いよな! できるだけ早く!
微妙に意味合いが違いますが、王子の来訪を心待ちにしているアーシュラルでした。
そわそわしてみたり、急に準備するお菓子のグレードを上げてみたり。
端から見ていると、恋い焦がれているようにも見えます(^^)




