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八番目の彼

 手に入れたいモノがあった。

 それはどうしても手に入らず、手を伸ばしても一向に届く気配はない。

 いや、正確に言えばモノではないか。

 ただ、綺羅星の如く眩しい輝きを眺めては、彼はほうっと息を吐いた。


 ――あぁ、俺がそれを手に入れていたら。


 それは古きから保管されている西洋の剣であった。

 彼は憧れを隠すこともなく、秘匿とされた蔵に入り浸る。

 触れることさえ叶わない、特殊な施しをされている剣は、さぁ握れと言わんばかりに木窓の陽を受けてまた輝いた。


 彼が思い描く遥か悠久の彼方。

 金の柄に、白銀の刀身。

 青の宝玉が、シンプルに柄に埋め込まれていた。


「……あ」


 そこで彼は気付いてしまった。

 その剣、今なら手にできるのではないか。

 普段なら思わない、本当に小さな悪戯心だった。

 恐る恐る、人には見えない不可視の施しを強引に捻じ曲げて手を伸ばしていく。

 これは秘匿なのだ、代々受け継がれるべき魔剣なのだ。

 そう教わっていたはずなのに。


「ッ――!」


 剣に触れるか触れないか、その瀬戸際で彼の指に青の雷が奔った。

 痛みはない。

 まるでその剣を握るのかと、確認のようにさえ思えた。


 ――はっ、構うものか。


 踏み込んではいけない領域に踏み込んだ背徳感からだろうか。

 それとも、英雄願望が彼にはあったのだろうか。

 色んな感情を煮しめた彼の心は、もはや誰かがコントロール出来るものではなくなっていた。


 ドク、ドクドクドク、ドクドクドク、心臓が早鐘を打つ。

 呼吸は落ち着かず、吸っているのか、それとも吐いているのか、そんなことも曖昧になっていく。

 また青い雷を音を立てて彼の腕を奔った。


「なッ!!」


 後悔も、何かを言い切ることもしないまま。

 彼はその雷光へと、瞬く間に吸い込まれいた。

 身に起きたことを理解するほうが、よほど難しいであろうその感覚。

 ただ、何事もなく終わるようにと。

 ぎゅうと目を瞑るのだった。


 ☆


「ようこそ、八番目の王子」


 目を覚ました彼が最初に見たものは、ボロボロになっている人形であった。

 真っ暗な中で、一身に光を浴びている人形はまさしく異形そのものだ。

 そんな怯える彼に向って、人形は話を続ける。


「おめでとう。君は選ばれたんだよ。えーっと、名前は、っと」


 ぎしぎしと動き回る人形はサイズは小さいが、妙な圧迫感があった。


神戸かんべ みなと……だけど」


 湊、それが剣を握った少年の名前だった。

 思わず答えてしまった、そう考えるのも束の間。

 人形は名前にさしたる興味もないらしく、すぐさま質問を変える。


「ふぅん。じゃあ湊くん。君は今どこにいるかわかるかな?」


「いや、それは」


「正解は異世界、でした――って、あれ? 嬉しくないのかな?」


 異世界、そんな非日常な話をそう簡単に湊が受け入れるはずもない。

 リアクションが気に入らないのか、人形は大きな赤色の目を動かしてもう一度湊に質問する。


「あっれー。おかしいなぁ。君は確かに選定の剣を触ったはずだけどなぁ。なのに、嬉しくないの? その為にあの魔剣に触ったんでしょう?」


「あれは、たまたま触りたくなって」


「えぇ……じゃあ、王様が呼んだのって間違えじゃないか! まさか、こんなハズレが混ざるなんてなぁ」


 ハズレ、露骨に異物と呼ばれムッとならない方がおかしいだろう。

 腹は立つものの湊は黙って、人形の言葉の続きを待つ。

 今は変に刺激をしない。そうある意味でクレバーなのが湊という少年であった。


 人形は今度は玉座に座り、見下すように話を続ける。


「意志もないのに、こんな世界に来ちゃって大変だねぇ。でも、大丈夫だよ。末席の君にも役割があるさ」


「末席? 意志?」


「そう。君はねぇ、外界から呼ばれた王様候補なんだよ」


 ――あぁ、なんて胡散臭いんだろう。


 湊は嬉々として伝える人形に、ある種侮蔑にも似た感情を覚えた。

 声音からすると明るく伝えているように思えるが、その実は何も期待されていないのがよく分かる。

 湊としても、それが分からないほど鈍くはなかった。


「この世界でさぁ、一番の王様になりたいって思わないかい? なれるんだよ、その権利が君にはある」


 ケケケ、甲高い声が湊の耳に刺さる。


「ただね、そうなるにはルールがあるんだよ。王様と姫様。器として望ましいと判断されること。簡単に言っちゃえば、他の王子様、姫君様に勝てばいい。ね、簡単でしょ? 勝てば、世界は望むまま。ちゃーんと戦うための力もあげるよ!」


「断――」


「ダメ」


 言い切る前に、人形は湊の鼻先僅か数センチまで迫っていた。

 瞬きしている間、あまりにも不可解すぎて湊はその先の言葉に詰まる。


「力はねぇ、君の場合は初めて僕の提案を断ろうとしたから……うん。《反逆》って能力をプレゼントするよ。ねぇねぇ、どうかな? どうかな?」


「いい加減にしろよ!」


 あまりにも揶揄するものだから、ついそう突っかかってしまった。

 と、急速に自身の身体が軽くなったことに戸惑う湊。

 それを見ると人形はニタァと下卑た笑いを浮かべると、嬉しそうに手を叩いて狂乱する。


「早速使えるんだねぇ、すごーい! 王よ、姫よ! 舞台は整った。整ったよ! そう怖がらないでよ。僕だって嬉しいんだからさ。……さて、向こうで君の相棒が待っているよ。……いい旅を送ってね」


 パチン、と人形が指をたたくと。明かりが消えて湊の視界もゆっくりと閉じていく。

 その最中でも、人形のケケケという笑いが鳴りやむことはなかった。


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