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第1話 東部戦線から異世界へ

■一部実際に存在した名前を用いていますが、史実とは一切の関連性はありません。


 地獄。そう、正に地獄。この光景にそれ以外の表現が合うだろうか。

 立ち昇る硝煙。血と煤が混ざった鼻を衝く臭い。辛うじて人間と判別できる死体。肌にのしかかるジメジメした空気。

 ある程度は慣れているが、見ていて気持ちのいいものではない。

 ああ、やっぱり胸糞悪くなってきた。俺は気分を紛らわすために空を仰ぐ。

 ……今日も灰色か。青が少しも見えない空は今にも落ちてきそうなものだ。はぁ、気晴らしも許されないのか。


 「どうした、レオン。何か見えたか?」


 操縦席に座る男の声で俺は下を向く。気晴らしのつもりだったのだが……


 「見えるのは死体と残骸ぐらいだよ、アルノルト・エンダー准尉。そっちはなんか見えたのか?」


 「お前が見えてる以上の光景は俺達には見えないさ。分かって言ってるだろ、レオン・メルツ少尉殿?」


 覗視孔(てんしこう)から目を逸らさずに返事をするアルノルトに薄い笑みを浮かべながら俺は再び外を見る。やはり目に映るのは死体、かつて人間だったモノ。それに(たか)(おびただ)しい虫。漂う死臭。

 はぁ、憂鬱な気分になるなぁ……

 腐海と化した大地を俺達はひたすら進み続けた。一台の「ティーゲル戦車」と共に。


 

 1944年。『第二次世界大戦』と名付けられた戦乱の時代。「ドイツ陸軍第503重戦車大隊」は来たるべき反攻に備えての作戦立案、陣地確保に日夜追われていた。

 しかし、反攻作戦というのはあくまで本国へ向けての建前である。早くから敗戦の兆しを見出していた503大隊は「斥候」という名の下、退路の確保を行うことにした。その「斥候部隊」として選出されたのが、俺達「191ティーゲル戦車小隊」である。

 小隊と言えば聞こえはいいが、実際は戦闘経験の浅い不慣れな軍人に一台のティーゲル戦車だけという貧弱ぶりである。

 退路確保のためとは言え、この小隊では戦力的に問題があると上官に申し出たが

 『今、「斥候」に人員を割く余裕はない』

 と言われ全く取り合ってもらえなかったのだ。

 我が軍の誇る傑作戦車がアメリカやソビエトの鉄屑に破られるとは思っていない。だが数で押されては勝ち目がなくなるのも事実だ。そんな事で貴重な戦力を浪費するのは愚行だと俺は思うんだが……

 

 

 「隊長、私ってこの小隊に必要なんですか?」


 「いきなりどうしたんだ?クリューゲル曹長」


 展望塔から上半身だけ乗り出し、荒地を眺めていた俺はヘッドフォンから響いてきた声に答えた。

 通信の相手はエレナ・クリューゲル曹長。この191ティーゲル戦車小隊の通信担当かつ紅一点だ。彼女の白銀の髪は戦場に不釣り合いな程綺麗に手入れされ、整った面立ちはまだ若干の幼さを感じるが、美しいと思わせるには十分なものである。

 そんな彼女の予期せぬ質問に少々驚いたが、幸いなことにいつも通りの声が出せた。

 

 「だって他に小隊がいないんですよ?通信手、いらないと思いません?」


 まあ、疑問ごもっとも。この任務、はっきり言って通信手はいらない。他の戦車部隊と連携を取りようにも距離が離れすぎていてそもそも不可能だからだ。

 しかし、これにはちゃんと理由がある。


 「はぁ……いいか?エレナ・クリューゲル曹長。俺達はあくまで斥候だ。退路の確保ではない(・・・・・・・・・)。本当なら他に味方の小隊がいるんだ。通信手がいて当然だろ?」


 「味方……いませんよ?」


 おっと、ここまで言ってわからないか。意外に天然なのかな。完全無欠ってイメージあったんだけど……ってか、俺は出発前のブリーフィングで説明したはずなんだがな。


 「本国への建前……ですよね?」


 「その通りだ。ノア・ザムスターク軍曹」


 ヘッドフォンから聞こえる別の声に俺は反射的に答えた。ちゃんと覚えてくれているヤツがいて良かったよ。ちゃんと説明したか不安になったではないか。

 エレナの代わりに答えたのはノア・ザムスターク軍曹。このティーゲル戦車の砲手だ。射撃の腕に関しては右に出るものはいない、とまで言われる程の腕を持っている。隊長として頼もしい限りである。


 「皆、もう一度確認するぞ。俺達の任務は503大隊の撤退路確保だ。斥候というのは本国への建前である。祖国を裏切る真似は大変心苦しいとは思う。だが、従うべきは上官の(めい)。これも重要な任務だ。手を抜くなよ」


 仲間の乗員に向けて再度ブリーフィングを行い、荒野となった大地へ注意を向けた。外は変わらず嫌な空気が流れていたが気にしない事にする。今は敵軍の奇襲、遭遇に警戒しておかなければならない。


 


 「ん!敵影、シャーマン確認!数2!距離約1500!戦闘態勢!」


 斥候に出て40分くらい経った頃だろうか。俺は正面から近づいてくるアメリカ戦車を視認した。少し霧が出てきたせいで発見が遅れたが、それは敵も同じことだ。いや、車体の大きさを考えると先に見つかっていたかもしれないが。


 「こちらでも確認しました。射程は十分。貫通圏内です」


 砲手席に座るノアが照準器を覗きながら言った。その声には普段以上の冷静さを感じた。砲手にはいかなる時も冷静に状況を分析し、正確に敵を撃ち抜く強靭な精神力が必要になる。彼の声音からはそれを成し遂げられる確かな自信を感じた。

 敵はまだ発砲していない。やるなら今だ!


 「よし。停車!射撃用意!当たらなくても構わん。撃て!」


 「了解!第一射発砲!」


 ティーゲル戦車の砲が轟音と共に火を吹いた。反動で車体が激しく揺れたが、こんな事で動揺するヤツはこの小隊にはいない。

 俺は素早く展望塔の覗き穴から外を確認した。……おっと。双眼鏡、双眼鏡。


 「僅かに逸れました。履帯に命中したようです」


 俺が双眼鏡を覗くより早くノアが報告する。車体の動揺が完全に収まっていなかったようだ。まあ、履帯とは言えよく当てられるものだな。大したものだ。

 敵戦車は履帯【キャタピラ】が破損した影響で行動不能のようだが、もう一台のシャーマン戦車が庇うように前に出てきた。この隙に履帯を修理するつもりなのか?


 「次弾……装填完了」


 ティーゲル戦車装填手のラルス・シュティーア曹長の声が聞こえた。……装填早いな。流石は力自慢のラルス曹長といったところか。

 ……ん?


 「隊長!射撃許可を!」


 ノアの声がヘッドフォンから響く。しかし俺は射撃の許可を出さなかった。


 「……霧が濃すぎる。無駄弾になる可能性があるな。射撃は一時中断。霧が晴れ次第、射撃再開!戦闘態勢は維持しろ!」


 辺り一面に霧が舞っている。今や1メートル先がやっと見える程度だ。妙だな。霧はこんな一瞬で濃くなるものなのだろうか。この近辺では普通なのか?

 下手に動くのは危険と判断した俺は展望塔から顔を出してヘッドフォンを外した。

 


 「静かだな……」


 聞こえるのはティーゲル戦車のアイドリング音だけで、他には何も聞こえない。砲声も聞こえないことから推測するに、敵も霧が晴れるのを待っているのだろう。

 いや、この距離でティーゲルと撃ち合うのは敵にとって不利。となると、何らかのアクションを起こす可能性が高いか。

 俺は再びヘッドフォンを着けて回線を全員に変更した。


 「敵はこの霧に乗じて何らかの行動をする可能性がある。皆、警戒を怠るなよ」


 「分かってる。こっちは何時でも動けるぜ。なんならドリフトでもしてやろうか?」


 「射撃の許可を頂ければ何時でも撃てます」


 「次弾装填……準備完了です」


 「……通信機、異常ありません」


 ああ、こいつらに戦闘態勢の維持を命じたの俺だったわ。そりゃあ警戒怠る訳ないよな。どこまで心配性なんだ俺は……あ、通信手のエレナさん。わざわざ報告ありがとう。まだ納得してないようだな……

 それはそうと、この霧は一体どこから湧いたんだろうか。今日は霧が発生するような気温でも天気でもなかったはずだが。


 「隊長!霧が晴れてきました!」


 「よし!射撃用意!」


 思考に耽っていた俺はノアの声で現実に帰還した。敵は結局なんのアクションも起こさなかったな。やはり心配し過ぎだったようだ。そもそも、ちょっと考えれば分かることであった。動くのが危険なのは向こうも同じだということに。

 双眼鏡で外を確認しながら射撃の準備を命じる。動いていなければ正面1500メートル先に居座っているはずだが……

 

 小隊に緊張が走る。意識の外に置いていたが、ここは戦場だ。命のやり取りをする場所である。生きるか死ぬかの空間で緊張しない方がおかしいのである。

 『貴様の生活空間全てが戦場だ。安全な場所など存在しない。そして戦場とは……』

 かつての上官、ディートリッヒ大佐の言葉がよぎる。今、自分が立っているのは戦場。生きたければ敵を殺すしかない。俺はまだ死にたくな――――


 「……え?」


 俺は思わず間抜けな声が漏らす。その衝撃的な情景に絶句してしまったのだ。

 大佐の言葉が更によぎる。

 『――そして戦場とは、常に突拍子もないことが起こるのだ。それを忘れるなよ』

 

 「……そういうことですか、大佐殿。確かに突拍子もないことが起こりましたよ」


 俺達が見たのは草原(・・)に佇む数万の兵士。青々とした(・・・・・)空の下に集う、騎士の大集団であった。

 

 


 

 

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