殴り殴られ武器を買う
誤字とかあったら知らせてくれると嬉しいかも...
騎士セベルはその光景を見て思わず息を飲んだ。
メールのダンジョンの一層には巨大な崖がある。この崖はこれから、このダンジョンを冒険する者達の深き絶望を例示してると言われている深い崖なのだが、今セベルの前に広がっている景色は全く違っていた。
あちらこちらに水晶ができ輝いていたのだ。
騎士セベルは知っていた。石を水晶へと変えるほど熱い炎のブレスを吐くというドラゴンのおとぎ話を。
「まさか本当にドラゴンなわけがあるまい」
冷や汗をかきながらセベルは自身の考えを否定する。だが、万が一という事もある。この事は報告するべきであるとセベルは判断した。
「おい、貴様ら!戻るぞ!」
目の前の景色に感嘆の声をあげている部下に声をかける。騎士達はすぐに隊列を組み直し定位置へと着く。ダンジョンでの油断は命取りだと教え込まれている良い騎士達であった。
そんな彼らに近づく者が1人。
騎士の1人がそれに気づく。
「セベル様!」
「わかっている!各員配置につけ!」
近づいてくる者に警戒する。だが、それは無意味に終わる。
「ようやく、人に会えたよ。やっとだよ、レーヴァ」
その正体は1ヶ月以上かけて5層から1層へと戻ってきた。
ユーリ=トラベルであった。
騎士に連れられダンジョンの外に出る。
「ひっさしぶりの太陽は目にしみるなぁ」
ユーリは太陽に手をかざし、目を細める。そして、大きく息を吸いこみ、再び決意を口にする。
「今から始めるんだ、僕の最強の道を...」
ボロボロなユーリと対照的に太陽は清々しく輝いていた。
そいつは死んだはずだった。あの日、ふざけて入ったダンジョンの中で獣に喰われて。
死んだ当初は流石にやりすぎたと思った。だが、時間が経つ間に勝手に死んだあいつが悪いと思った。
それに加え、仲間と協力して虚偽の報告をした効果もあったのだろうか。学校側からもトラベル家も対した処罰はなかった。だから、もう忘れても問題ないと思っていた存在が再び現れたのだから。
「なんでお前ここにいるんだよ...?」
「え?なんでって?ここが魔法学校で僕の席だからかな?アセルカ君?」
そっそうか、っと言って僕をあの日無理やりダンジョンに連れて行った犯人はそそくさと離れていく。
気味悪がっているようだった。
周りの視線も同様に気味悪いものを見るものであった。
「いや、久しぶりの学校で受けるこの視線生きてる感じがする」
(何言ってんだ、ドMかぁ?)
「いや、暴言が飛んでこない分今日はだいぶマシかも」
(なんだぁ?そりゃあ?)
心の中でレーヴァがぼやいた。そんな風に久しぶりの学園生活に水を差すように1人の太った大柄の男が声をかける。
「よぉ、弱虫ユーリィ!久しぶりだな、おい。この1ヶ月なにしてたんだよ。俺は心配で心配でしょうがなかったんだよ。」
「久しぶりだね、ラームド君」
「あぁ、パシリがいなくなって本当に困ってたんだ。帰って来てくれて本当にありがてぇな。てなわけでよ。俺早速金欠なんだよなぁ、金貸してくれないかなぁ」
彼はまるまると太った丸太のような腕をユーリの首に置く。その時に汗が首につき非常に不快な気分にさせられた。
あぁ、懐かしい。そんな昔の事でも無いのにそう感じてしまった。でももう大丈夫。僕は1人じゃない。
(そうだ!言ってやらぁ!ユーリ!)
「嫌だね!君にあげるお金なんてないし、君少し痩せたら?なんか臭いよ?」
教室の中の時間が止まった。このラームドという少年はただの意気がりではない。ラームド=マーラ、名家の1人息子であり実力もある。勿論彼が金欠になるならばそこらへんの貴族は毎日金欠状態である。
そんな彼に無礼を働けばどうなるか、少し考えればわかるだろう。
「今何て言った?弱虫ユーリ?」
「聞こえていたでしょ、臭いって」
そう言い終えた瞬間ユーリはぶん殴られていた。
悲鳴が上がる。先ほどに静まり返っていた教室が嘘のようだった。
「おぉい!立てよ!弱虫ユーリ!!偉そうな事言いやがって!ぶっ殺してやる!『ストレングス!』」
「おいおいラームド!スキルまで使うなよ!殺す気か!?」
「るっせぇ!黙ってろ!」
何人かがラームドを止めようとするが、完全に頭に血がのぼっているラームドには意味を成さなかった。
しかし、頭に血がのぼっているのは、彼1人ではない。
ゆらりと立ち上がる人物がいた。
喧騒が静まり返る、立つはずがないと勝手に思っていた人物が立ち上がったからだ。
それを見た。ラームドは、にやりといやにも気味が悪い笑みを浮かべた。
「立ち上がったな!ユーリィ!いいぞ!俺にもう1発いや、泣いて、叫んで、許しをこうまで殴り続けてやるよ!」
ゆっくりとラームドが近づいてくる。周りの人間は自分は巻き込まれたくないと余計な行動はしない。
そんな事をしているうちにラムードはユーリを再び殴ろうと大きく振りかぶり拳を振り下ろした。
誰しもがユーリがまた殴られると思っていた。しかし、その想像は二度と訪れない。
かわりに吹っ飛ぶ人物が1人。
「痛ってんだよぉ!!!このくそ豚野郎がぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!」
ユーリことレーヴァのアッパーがラムードの顎を取らえそのまま彼はきりもみ回転しながら地面に落ちた。
「死ねぇ!消えろ!この!ゴミめぇ!この●●●●!!なんか!言えや!ゴラァ!!!あぁんん!?!?」
さらに、レーヴァユーリはラームドの上に馬乗りになるとさらに殴り続ける。完全にオーバーキルである。
鬼であった。悪鬼である。
誰も止めない、いや止められない。泣き出すものまで現れる始末である。
結局レーヴァユーリの暴行は、偶然通りかかった教員に止められるまで続くのであった。
登校禁止1ヶ月間
それがユーリに与えられた処罰であった。
ラームドは自身のプライドを守りたいのかわからないが自身の家には報告していないようだった。
まあ、報告されていたとしても一応トラベル家も名門だ。ユーリにとってはトラベル家に迷惑をかけても悲しい事にあまり気にならなかった。
(んでだユーリ...)
「はい...」
それよりもユーリにとっては今の状況が一番苦痛であった。
(てめぇ、殴られる瞬間俺に任せやがってどういう意味だぁ?あぁん?)
ブチギレているレーヴァに怯えつつ必死に言い訳をするユーリ。
「まあ、あれじゃないですか...殴られたら痛いじゃないですか...」
(んなこたぁ誰もが知ってるだろぉ!おいよぉ!!!)
「だから謝ってるじゃないですか!?」
(謝ったら全てオッケーじゃねぇんだぞ!)
宿屋で借りた部屋の中だから良かったものの独り言を大きな声で叫ぶその姿は、側から見ればとち狂ったようにしか見えない。
「まあ、結果オーライじゃないですか!?1ヶ月間学校行かなくてすむなんてまさに好都合!ですよね?」
(まあ、それは否定しねぇよ。最後の詰めも出来るしな。しっかりついてこいよ?)
「勿論ですよ。闘技会、絶対に負けられないから。」
闘技会、各地魔法学校で行われる年に一回の大イベント。それぞれの魔法学校やその部類に属する学校などで行われるイベントであり、各校の代表を選ぶイベントである。
闘技会で選ばれた学生は本闘技会に出場する事になる。
「ここで優勝することが出来れば...」
(まあ、確率は低いと思うけどな)
熱意を燃やしてる途中で余計なちょっかいを入れるなよとユーリは少し不機嫌になる。
なぜならそれは自分が一番理解していることだからだ。たった数ヶ月程度で学園1になれたならこれまでの人生ここまで苦労はしてこなかっただろう。
それでもレーヴァに出会ってから確実に自分の中に変化がある事は自覚していた。今までに無いほどに闘志が湧き出てくるのだ。
「わかってるけどやるよ!これが僕の決意だ!だから後1ヶ月も全力でよろしく!なんなら今からでもとりかかろう!やってやろう!」
(もうすぐ夜だぞ?まあ、別に俺は構わないけどな)
「なら善は急げだよ!やってやるぞぉ!!!」
勢い良く外に飛び出るユーリに少し呆れつつもレーヴァはどこか満足していた。
少し時は遡る。
(ユーリてめぇは武器は持たねぇほうがいいわ)
「へ?なんで?」
メールのダンジョン内でゴブリンを爆散させた後、気絶から目覚めたユーリはレーヴァからそう告げられた。
「いやいや、普通に考えてダンジョンに潜る時には絶対に武器は必要不可欠なものじゃないですか!それに冒険の醍醐味と言ったら剣と魔法!これがなきゃ、始まらないよ!」
(いや、お前は素手の方が良い。)
ユーリの決死の説明もばっさりと切り捨てたレーヴァ、ユーリは涙目になる。それに対してレーヴァは冷静に話し出す。
(いいかユーリ、別に俺は意地悪で素手で闘えって言ってるわけじゃねぇ、お前には体術戦闘の才能があるって言ってるんだよ。お前は剣を握った時、相手との間合いを気にしすぎている。ようは怖がってへっぴり腰になってんだ。だが、素手の場合はどうだ?相手は間合いを詰めてくる、お前にリーチが無いからな。そこがポイントだ。お前は目がいい。さっきのゴブリンとの戦闘で気づいた。回避することに関しては一級品だ。だから、カウンター狙いの拳ってこった。わかったか?)
「理屈はわかりますけど...カウンターするにもやっぱり最後は間合い詰めなきゃダメじゃないですか?剣じゃダメなのかなぁ?」
(そのへっぴり腰を直さなきゃならんな。剣を使うには。それからだ。慣れろ闘いに。そして慣れるためには剣を間近で見ろ。それが一番早い。)
ユーリはレーヴァの言ってる事が正しいと思った。レーヴァはかなりの強者だ、一振り、身体を貸しただけだがそれでも理解出来るほどに強い。そんな彼が言うのだから間違いはないのだろう。
「これも強くなるためか...」
こうしてユーリは素手での格闘術を学ぶことになる。
ダンジョン内での1ヶ月と少しの期間はそれはもう闘いに次ぐ闘いであった。一体何体のモンスターを相手にしただろうか?レーヴァがいなければ生きて帰って来ることも不可能であったであろう。
だが、良い事も多くあった。戦闘の経験、ダンジョン内での食事の取り方、そして一番の収穫は金であった。
金があったら何でもできる。どんな世界でもそれは一緒のようだ。
「買っちゃった〜、買っちっち〜」
いかにも機嫌がいいユーリの手元には如何にも頑丈そうな紅色の籠手があった。武器屋の一番高い物を速攻で買ってやった。
少年がパッと大金を払ったのを見た店主が驚いた事もユーリの機嫌をさらに良くしていた。
(浮かれるのもいいが早めに修行場も探そうぜ。それが一番俺たちにとって重要だぜ)
「わかってるよ〜、うは!きゃは!」
(ダメだなこりゃあ....完全にキモい)
完全に目尻が下がってしまっているユーリを見てレーヴァはそう思わずにはいられなかった。