炎にまとわりつかれて
「これ、現実なんですよね?」
僕の前にはさっきまで巨大でとてつもなく恐ろしいモンスターがいたのだが、それはもう僕の足元に少しだけ積もっているただの灰になっていた。
(まあ、俺がちょいとやればこんなもんよぉ!)
そして、どこからか威勢の良い声が響き渡る。響き渡ると言ってもこの声は自分にしか聞こえないみたいだ。石造りのダンジョン内の空間にいるのに反響などが返ってこないのが証拠だ。
「レーヴァさん、貴方は何者なんですか?急に僕の中?に表れて?」
僕は問いかける。だが...
(俺にもわからん!)
っという、納得のいかないものであった。
( ユーリそんな細かい事気にすんな!器が小さいと思われるぜ!)
いや、少なくとも自分の中にもう1人の人格があるとか絶対に小さい事ではない。
(それよりこれからどうするんだよ!ユーリ!)
「そう言われても、レーヴァさんココを登るのはちょっと...」
僕は上を見上げる。レーヴァさんが放った焔で周りが結晶化している。勿論まだ熱く、熱気が空気を通して伝わってくる。
(崖を登ることは最初から考えてねぇし、まあ、なんだ。そのレーヴァさんってのは、背中が痒くなっちまうぜ!レーヴァ、それでいいぜ。)
「えっ?でも...」
(え?じゃねぇ!レーヴァだ!レーヴァ!!!!ほい!レーヴァ!!!)
「レ..レーヴァ...」
(よし、それでいい。そしてだな、今の目的はとりあえずこのダンジョンからの脱出だろう。あの黒焦げた水晶の横、穴あんだろ。ひとまずここから出るってのはどーよ)
そう言われて僕は言われた場所を見る。水晶の陰になって見えなかったが確かに人一人分の穴があった。
「でも、ここダンジョンですよ?待ったほうが絶対に安全なんでは?」
(誰か助けに来んのか?)
「それは...」
(いいか、ユーリ。不思議な事に俺はお前の今までを一応知ってる。
確かに心が折れそうな事ばかりだった。だがなお前はまだ生きているし、生きる事を選んだ。生きてたらやり直すことなんざ簡単だぜ。)
レーヴァが言う。変わるための、変化の為の方法を。
(今が嫌なら、弱虫な自分が嫌なら強くなるんだよ。どんな奴にも負けず、どんな困難もぶっつぶす。最強って奴になれば、少なからず今の景色とは違う景色が見えるはずだぜ)
最強...今の自分とは程遠い言葉だ。だけど、確かにレーヴァの言う通りだと思った。今の自分は弱い。だからこそ虐げられた。
「強くなれば変われますかね?」
(確実にとは言わないがな)
レーヴァが静かに答える。確かに100%変われるとは限らない。けど、それでも変われるのなら僕は。
「僕は...強くなりたいです...!今の自分を変えれるなら!」
その時、姿形すら見えないのにレーヴァが大きな笑みを浮かべた事がわかった。
(おっしゃ!じゃあ、とりあえず強くなる為にまずはこのダンジョン突破だなぁ!!!)
こうして僕はこの不思議な存在のレーヴァと共にダンジョンを突破する事になった。
騎士セベルは複数の部下と共に森の奥にあるメールのダンジョンまで来ていた。
何でもここ、メールのダンジョンから爆音が聞こえ周囲の魔獣が活発になり少しばかり被害が出たと言うのだ。セベルはメールのダンジョンに何か起きたのではないかという上司の命令で偵察へと来ていた。
「入り口は特に変わった点はありませんね、隊長。」
部下の1人がセベルの思っていた事を言う。
「中にまで入らないと行けないとなると面倒だな。よし、とりあえず一階層だけ見て回ろう。それ以降の層はまた後日装備を整えてからだな。皆準備は良いか?」
「「「「「「はっ!」」」」」」
騎士達はこうしてダンジョン内へと向かっていく。
(こりゃ、ダメだな、てんでダメだ。この弱虫)
「うぐっ!!!」
僕はレーヴァと共にダンジョンの上を目指して歩いていた。その時に何体かモンスターが表れ、予備として持っていた剣で戦闘したのだが、結果は全てレーヴァが僕に憑依し炎大剣で全て焼き払う事になってしまった。
(いいか?ユーリ!そんなへっぴり腰で剣が振れるか!男はよ!ドーン!!!っていってバーン!!!ってやらなきゃいけないんだぜ!今のままじゃ何にも勝てねぇよ!)
「 そ、そんなこと言われたって。出来ない事は出来ないし、それに怖いし...」
(ファッキンマキシマムボーイ!!!!!)
よくわからない言葉で怒られた。
(ユーリお前は自分に自信がなさ過ぎる!いいか?一応お前の身体はお前の毎日の努力で戦えるはずのレベルまではきている。後はその負のイメージだぜ!
おめぇは、剣を振るさい迷いがありすぎるし、びびりすぎだ!)
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
(素手だ)
「は???」
(素手で闘うんだぁぁぁぁぁぁあ!!!!)
「えぇぇぇぇぇぇぇえ!?!?む!無茶ですよ!」
泣きそうな顔で言う僕に対して、レーヴァはチッチッチッと舌を鳴らす。そして言う。
(安心しろや、ただの素手じゃ確かに勝てねぇよだがな俺が少し力を貸してやらぁ。だから次は素手でおもいっきり殴れ。自信をつける練習ってこった。)
「そんな事言われても....」
信用できないなぁ、っと思っていた矢先、ちょうど良くはぐれゴブリンが出てきた。ちなみにダンジョン外のゴブリンは知能もあり、絶対複数で動いているのでダンジョン内のゴブリンとは比べられないくらい危険である。
(なかなかに空気の読めるゴブリンじゃねぇか)
「僕にとっては最悪だよぉ...」
はぐれゴブリンはすぐにこちらに気がつくと錆びている上に折れた剣とほぼ盾ではないくらいボロボロになった盾を構えてこちらに向かって来た。
「く!くるならぁ!こぉい!」
僕はすぐに剣を構えるがそれを許さない存在が内側にいた。
(憑依して、せぇいやぁ!!!アーンドゥ、サラダバー!)
レーヴァが一瞬僕に憑依して剣を投げ捨てる、剣は直線を描きダンジョンの天井に刺さった。そしてレーヴァはそのまま僕から離れる。
「何やってんだよぉ!!!!」
僕は思わず叫んでしまう。
(獅子は我が子を崖下に落とし、上がって来た者のみ育てるって言うだろ?それだ。)
「僕はその獅子ってやつじゃないし!しかもきっと登れないほうだよぉ!」
そんな事をしてる間にはぐれゴブリンは既に間合いを詰めて来ている。
「ひぇええ!!!」
ゴブリンは折れた直剣を振ってくる。なんとかそれを紙一重で回避する。
(ほぉ、やるじゃねぇか)
レーヴァが何か呟いているが、こっちは必死で聞き取れない。とりあえず逃げているだけではどうにもならない、攻撃しなければいけないんだが。
(怖いよ!無理だよ!素手で倒せる相手じゃないよ!殴ってもこっちが怪我しそうだし!)
逃げているうちにゴブリンは当たらない攻撃に腹が立ってきたのかだんだんと大振りになってくる、それに加え、動きも単調になってくる。普通の冒険者ならここでカウンターでも与えるのだが。ユーリにはそれが出来ない。
弱虫ユーリの身体は動かない。
(やっぱり僕には無理なんだ...)
弱い自分が出てきて力が抜ける。だが、その時。
(しっかりしろやぁ!!!ユーリィ!!!)
レーヴァが叫んだ。そして、その声に気づかされる。
これは一歩目なんだ。自分が変わる為の一歩なんだ。いつまでも弱虫なんかでいられるか。だから倒さなきゃならないんだ。
拳を握り締める。はぐれゴブリンが剣を大きく振りかぶる。胴がガラ空きになっている。
変わるんだ!もう弱虫なんて言わせない!
「うおりぁぁぁぁぁあ!!!」
右手を握り締め、前に突き出す。
ひ弱な拳がゴブリンの腹に当たる。その瞬間。
『ボンッッッ!!!!』
ゴブリンの腹が爆発した。いや、正確にはゴブリンの腹に触れたユーリの拳が爆発したのだが。
ゴブリンは腹に大穴を開け血を吹き出し、そのまま倒れた。
ユーリは、一瞬呆然となり思考が停止するが何が起こったのか時間が経過するうちに理解し、自身に降りかかった緑の返り血を見た後で、
「ふにゅう...」
(おい!?ユーリィ!?ユーリィィィ!!?)
仰向けに気絶した。