『また今度』
向かいのブースには椅子が足りなかったのか、他から補充してきた椅子を並べて、女の子たちを座らしていた。
「バレー部って人気あるのな」
隣に座っている羽野がぼやく。
いくつかのブースに分かれ、そこに新入生がやってきて勧誘する、という名目のもと俺たちはここにいた。大学の新歓である。
俺たちのサークルは、フリーペーパーを季節ごとに刊行しており、中身のクオリティは高くはないが、それなりに楽しくやっていた。しかし、去年の学祭が終わり、先輩が引退してから、同じ学年の奴らが数人辞めてしまい、残りの奴らも兼部している他のサークルに行くようになってしまった。もともと身内で楽しむような、生ぬるい空気の下やってきていたのだが、いざ、自分たちの代が1番上になると、面倒くさくなるもので、やる気がなくなってしまったという理由が大きい。かく言う俺も兼部はしてないものの、面倒なことには変わりなかった。
羽野は去年の途中から俺が誘ってきた奴で、物事に積極的に取り組む姿勢が好印象であった。ところが、身内だけで楽しんできた雰囲気が、羽野のせいで壊れてしまうという可能性が出てきてしまった。他の部員とは少し距離ができてしまうことになる。しかし、誘ってきた手前、無下にすることも出来ず、こうして2人だけで勧誘を行っていた。
「女の子とか入ってきてくれると嬉しいんだがなぁ」
そんなことを言いながら新入生を眺めてる羽野に少し毒づく。
「別に後輩が1人も入ってこなくとも良いんだけどね。俺は」
羽野がこっちを睨む。顔を逸らした。
もともと勧誘なんて出来るような性格ではない。向かいに座る10人の女の子達に、笑いながら説明できてるような、金髪バレー部員なんかとは生まれた星が違うのだ。あ~、反吐が出る。
「あ~、反吐が出る」
口出して言ってみた。もう帰りたい。人と話したくない。大学側が用意したお茶、オレンジジュース、それと紙コップは、用済みだろう。余るのはもったいないと、紙コップに注ごうとしたところで羽野に手で止められた。
「おい、自分のためにあるわけじゃないぞ。勝手に飲むな」
めんどくせーなー。
ふと、教室の外を見ると木内がいた。同じサークルの女子。友達以上友達以下。彼女は今、兼部しているサークルの勧誘をしている真っ最中だった。新入生の集まりに軽々しく話しかけていく。信じられない。人見知りの俺からしたら羨むほどの、コミュニケーション能力だった。
「こんにちわー。記事制作に興味のある方は是非見てってくださーい」
羽野が目の前を通り過ぎいく新入生たちに声をかける。スルー。声をかける。スルー。
そもそも、うちのサークルにはライバルがいる。雑誌研究会、略してザッケン。ザッケンとうちとの雑誌のクオリティは雲泥の差である。ライバルと呼ぶにはいささか無理があった。訂正。そんな中身からして負けているこっちが勧誘したところで、新入生が入ってくるとは思わなかった。ザッケンのブースはすぐ隣。そっちの方には新入生が多く、ちゃんと説明を聞いていた。肩身が狭い。なぜだかここにいるのが息苦しかった。情けねぇ。
午後の6時を過ぎ、新入生もほとんどいなくなった。周りは帰る支度をしている。俺らもそそくさと、逃げるようにその場を出た。
「夜ご飯でも食べに行くか?」
羽野が少し静かな声で言う。落ち込んでいるのだろう。当り前だ。結局今回、誰1人としてうちのサークルの前に置かれた椅子に座ることはなかった。ポスターやビラも無駄になってしまった。部室の隅にそれを置いていったとき、ほんの少し寂しくなった。
お酒でも飲むか。羽野と愚痴でも言い合おうと思い、バスに乗ろうとして携帯が震えた。ポケットから出す。木内から連絡が来ていた。
『今から友達と飲みに行くんだけど来ない?』
なぜかその瞬間、羽野の顔を見た。
「どうした?」
俺は悩んだ。正直、木内との飲み会の方に行きたい。俺の頭の中はどうしたらいいか、色々な考えが浮かんでは消えた。と、その時、
「ま、でも、お前の言う通り、後輩が入ってこなくても俺たちで何とかやってみようぜ。大学での目標みたいなの出来たのは、サークル誘ってくれたお前のおかげだしな」
俺はこいつが嫌いではない。たまにムカつくことがあるけれど、それも気が置けないからこそだと思う。そしてこれを判断した理由に、それ以外の事はない。陰口を叩かれてるこいつに同情したわけではない。今見せた悲しそうな笑顔を見たわけでは決してない。今、素直にこいつと酒を飲みたいと思った。こんな自分が情けない。新歓での惨状を思い出す。コミュ障なんて卑下するのも、今の自分には恥ずかしかった。