二人の約束
「本当だったらあの時点で棄権しておくべきだった、あの時どうして棄権をしなかったのだろうと今なら思う。興奮状態だったってのはあるけどな」
「アンタにしては随分弱気ね……」
「まだ子供だったんだぞ、弱気も何もあるか」
リーゼロッテは本当にお気楽だ、シュプラグリスは優しい父親なのだろうなとコイツを見ていて思う。
「そして試合が開始される前に親父はこう言った『お前の全てをぶつけてこい』とな。全力で戦った結果がお前も知ってるアレだよ」
「故意に殺したわけじゃ……ないのね」
『当たり前だ』と短く返事をし物思いに耽る。二人の間でしばらく沈黙が続くが今はこれが心地良い。二人で椅子に座っていたがつい寝転がり、リーゼロッテの太ももに頭を預けてしまう。
そんなに俺にリーゼロッテは何も文句を言わず、ただ優しく寄り添ってくれていた。幾許の時が過ぎた頃、リーゼロッテがポツリと語り出す。
「ねえ、工匠技師って知ってる?」
「いいや、聞いたことのない単語だ」
『そっか』と笑いながらリーゼロッテは簡単に説明をしてくれた。曰く工匠技師とは様々な素材を用いアイテムなどを創り出す職業のようだ。
優秀な工匠技師は魔道具や神具、はたまた未知の薬などを創りだす事も可能だそうだ。
工匠の世界にはいわゆる不可能なことは存在しないらしいが、そんな眉唾な事を信じる気にはなれない。尚もリーゼロッテは語る。
「実はね、内緒の話だけどお父さん工匠技師なの。工匠技師はパートナー……いわゆる相方と二人一組で素材を集めるの。工匠技師のパートナーは守護者って呼ばれるんだけどね、見ての通りお父さん強すぎるから守護者がいらないのよ」
「シュプラグリスが工匠技師……?」
あんな戦闘狂っぽいオッサンがそんな事をしているとは世も末だ。それにしてもリーゼロッテは父親の事になるとよく喋るなあ。
それだけ父親の事が好きなんだろうと感心する。
「うん。意外でしょ? でね十数年前にはお父さんにも守護者がいたらしいわよ」
笑顔でサラッと凄いことを言い出すがあのオッサンの守護者ってどんな人間だよと内心思わずにはいられない。むしろその守護者が守られそうなんだが……。
「工匠技師ってのにもそうだが守護者がいたってのも驚きだ……」
「でね、本題はここからなんだけど……」
どうやらここからが本題らしい。一体何を言われるのか想像もつかないがきっと告白ではないだろう。悔しいが。
しばらく沈黙が続いたが先を促すように視線をリーゼロッテに合わせる。すると覚悟を決めたようにリーゼロッテも口を開く。
「アンタ、私の守護者になってくれない?」
「ああ、わかった」
リーゼロッテのお願いに俺は二つ返事で引き受けた。ぶっちゃけ意味がわからなかったが、どうやら俺はコイツに惹かれてるらしい。
何故かコイツの頼み事は引き受けてやりたいと心から思えた。しかし当の本人は変な顔をしている。変顔大会の練習でもしているのだろうか。
「変顔大会の練習でもしてるのか?」
「ち、違うわよ! アンタがあっさり引き受けてくれるのが……ちょっと意外だったっていうか……」
どうやらそういう理由らしい。しかし他人の頼まれごとを平然と断る鬼畜な俺に対して、意外とはなんという言い草だろう。
まあかなり正確に分析出来ているんだが。
「ただの気まぐれだ。面倒臭くなったらお前を守護しないで俺は逃げるからな」
「ちょっと! それ駄目な奴じゃない! 普通に困るんだけど!」
こんな軽口を叩けるのも多分世界にコイツぐらいだろう……なんて事を柄にもなく俺は思う。
「細かいことは気にするな、とにかく俺はお前の守護者だ。これでいいか?」
「う、うん。これからよろしくね」
「ああ」
「あ、ただし一つだけ条件があるの!」
このタイミングで条件を付帯するとはいい度胸だ。ひとまず話を聞くことにしよう。
「今日の試合で――お父さんを倒して」
「俺を誰だと思ってるんだ。任せろ」
もっと無理難題を吹っかけられると思っていたが強さには自信がある。リーゼロッテを安心させる為に力強い言葉を掛けた。
しかしなんだって実の親父を倒してほしいのかわからない。尊敬してたんじゃないのか。
「しかし親父を倒しても大丈夫なのか? 尊敬してるんだろう?」
「うーんとね、お父さんが守護者は俺より強い奴じゃないと駄目って言ってるからよ。単純な理由でしょ?」
ああ、そういうことか。と妙に納得できた。シュプラグリスが強すぎて自分が守護者になったほうがいいレベルだからな……。
「そういう事なら認めさせる為にも必ず勝ってやるからな」
約束をするとリーゼロッテの頬が赤くなっている気がした。風邪でも引いたのだろうか。心配なので一応俺の上着をかけてやることにする。ついでにマスクも被せよう。
シュッサササッ、神をも凌駕する神速の動きで無事に上着とマスクを着用させることに成功した。中々滑稽な姿だ。そんな風にリーゼロッテを見ていると数秒遅れて悲鳴が控室に響いた。
「ぬガガガあああああーー!」
うーむ、何を言っているのかサッパリわからない。マスクの口部分がアゴ付近にあるせいで上手く喋れないのだろうか。仕方なく声を掛けることにする。
「おいどうしたリーゼロッテ、大丈夫か」
「ぬがががいがぬいでだだ!」
駄目だ、サッパリわからない。意思の疎通を取ることが出来ないので仕方なくマスクを取ってやることにした。
スポンと小気味良い音が響くと同時、憔悴しきった表情のリーゼロッテが俺の股間めがけて文字通り必殺の一撃をブチかました。
「ッッッッッッッッッッ!!!!」
悲鳴にならぬ悲鳴をあげ地べたを転げまわる。散々親父に虐待され続けたが今思えばさすがの親父も股間を狙うことはしたことが無かった気がする。
そこに僅かながらの親の情を感じた気がした。いや男の情なのだろうか。苦痛に表情を歪めながらも何故か苦笑いをしてしまい、鏡の中に映る俺は非常に気持ち悪い表情をしていた。
「バカああああ!!」
最後に大声で罵倒をしていき、気が付くと控室にはリーゼロッテの姿は何処にも見当たらなかった。徐々に呼吸を整えながら激怒の理由を探るが何も思い当たらない。
「なんでアイツあんなに怒ったんだ……理解できねえ……上着違うだろうし、マスクが窮屈だったか?」
原因を模索するため、先程の行動をシミュレートしてみる。上着を自分に被せ、マスクを被ろうとした時だった。
痛烈な臭いが鼻腔を襲う。よもやシミュレートする必要もないだろう。
「あっ……原因これだわ……」
ここに至りブチ切れた理由を察する。うん、なんかごめんなリーゼロッテ。心の中で深く謝罪をすることにした。




