夜明けの逡巡
気付くとカーテンの隙間から眩しい朝陽が差していた。
重たい瞼をゆっくりとあけ、部屋に備え付けられている時計に目を向ける。
「こんな時間か……そろそろ起きるか」
時計は十二時を指し示しており、予想以上に深い眠りについていた俺は急いで身を起こす。
カーテンと窓をササッと開けるとそこには昨日とは違う光景が広がっていた。
沢山のエルフが色々な人と会話をしていたり、露天をしている姿などが見受けられる。
「こんなにもエルフがいたのか」
想像以上の住民に驚きながら眺めていると一つの事実に気が付く。
特筆すべきはエルフの外見。
ほとんどのエルフが顔面皺まみれで、ミリィーナとは年齢がかけ離れているだろう印象を受ける。
「ミリィーナが友達いないって言うのもこれじゃ仕方ないわな……」
パッと見た限りでも俺と話が合いそうな人はほとんどいないだろう。
ミリィーナが如何にここの育ちといえど、この町の様子では寂しがるのも無理はない。
そんな風に考えているとお腹が空いてきたので、昼ごはんを探しに行く事にする。
「余は空腹じゃあ~」とノリノリになりながら身支度を整え、部屋を出る。
部屋の外に出ると昼食の良い匂いが廊下に漂っており、空腹が更に激しくなる。
その匂いに釣られるように足が勝手に動き出し、目的地に向かうことにした。
長い廊下を歩いていると突如部屋の扉が開き、リーゼロッテが顔を見せる。
リーゼロッテは俺の顔を視認するや否や「いたいた、お昼ご飯だから食べにおいでー」と手招きした
。
「いますぐ行く」と応えながら歩みを早め部屋に辿り着く。
部屋に入ると色とりどりの料理が置かれ、朝食には不釣り合いなほどの量の料理にお出迎えされる。
こんな豪華な朝食は滅多にお目にかかった事がない。オカズは数え切れない程に陳列されているし、
見たこともない料理も置いてあるのでどれを食べようか非常に悩ましい。
悩んだあげく全ての料理を少量ずつお皿に盛りつけることにしたが、二皿分一杯になってしまったの
で少し料理を返却する。
「ちょっと行儀悪いわねえ」
「そうですよ、遠慮しないで食べてください!」
なんて事を口々に言われてしまったので「わかったわかった食べる食べる」と言ったのはいいものの
、正直な話この量は食べきれないだろうなと思った。
身体は鋼鉄で出来ているけれど胃袋までは鋼鉄で出来てはいない。
それどころか小さい頃から少量しか食べられない生活を続けてきたせいで、胃袋は常人と比較すると
驚くほど小さい。
しかし野暮な事をいうつもりはないし、せっかくの御馳走だから俺は何が何でも食べきろうと決意す
る。
(胃袋が破裂しても食べきってやる……!)
そんな意気込みも虚しく完食する事はできなかったので、残してしまった食事はミリィーナに頼んで
タッパに詰めて貰うことにした。
「ありがとうミリィーナ」
「いえいえ~大丈夫です!」
ミリィーナにお礼を言いながら詰めて貰ったタッパを受け取る。
ズッシリとした重みが腕に伝わり、自分が食べきれなかった量をまじまじと思い知らされる。
(複雑な気分だ……)
食べ物があるという事は喜ばしいことなのだけれども、飽食なんてものは今までの人生の中で経験し
た事がなかったので困惑した。
和やかに会話している俺達とはよそに、リーゼロッテはまだ食事を続けていた。
一体あの身体のどこに食べ物が入るのかはサッパリわからないけれども、ゆうに俺の三倍ほどは食べ
ているだろうか。
(そろそろ出発したいのだけれど声掛けづらいな……)
さすがに食事中の女性に声を掛けるのはデリカシーが無い……気がする。それもショッピングとかに
出掛けるのではなくて冒険だ。
あまり想像はしたくないけどこれが最後の食事になるかもしれない、そう考えると満足するまでリー
ゼロッテに食事をさせてあげたいなと考えて、しばらく待つことに。
「ご馳走様でした!」
しばらく待っていると室内に快活な声が響き渡り、ようやく食事が終わったようだ。あれから三十分
は経っていると思うが俺は気にしないことにした。
満足気な様子のリーゼロッテに対して「お粗末さまでした!」と元気よく返事をしているミリィーナ
を見ると微笑ましくなり、顔が緩んでしまうのが自覚できた。
「ちょっとアンタなにいやらしい目で私達をみてるのよ!」
「ち、違う!」
自分ではそんなにいやらしい顔をしているつもりはなかったのだが、他者から見ればきっと締まりの
ない顔をしていたのだろう。
必死で弁解しつつも理解してもらおうなんて考えてはいなかった。今の俺にはこんなやり取りが楽し
かったから――仮にスケベなロリコン野郎と思われたとしても後悔はない。
「そんな事よりも食事が済んだなら早く出発するぞ」
「あ、うん……もう行くんだね」
「おう、翡翠石を早く見つけたいからな」
「わかったわ」
「まあ、死んでもお前の事を守ってやるから心配すんな」
一瞬リーゼロッテの表情が曇ったような気がしたけれども、すぐに明るい表情に切り替わっていた。
多少なりとも不安や、ミリィーナとお別れするのが辛いのだろう。俺もお別れするのが辛いぐらいな
のだから、ミリィーナと仲良しになっていたリーゼロッテの場合は寂しさもひとしおだろう。
そんな気持ちを察した俺は無理に急かすこと無く「先に部屋で準備をしてる」とだけ言い残しこの場
を去る。
(そうさ、俺が命に掛けても守ればいいんだ。もうあの時のような思いはしたくないんだ……)
拳を握りしめながらリーゼロッテを守護する決意を誓う。
(しかし簡単に翡翠石を集めれるのかな。場合によってはしばらくの間ミリィーナの家でお世話になる
事も考えなければいけない)
自室へと至る廊下をゆっくりと歩きながら今後の事を考える。
翡翠石だけを集めるのならばリーゼロッテを旅に連れてかないほうがいいのかもしれない。戦闘が得
意というわけではないしここには安全な村がある。
しばらくはこの村を拠点にしてゆっくりと翡翠石を集めるのもありかもしれない。
(うーん……でもリーゼロッテが納得するかなあ……)
弱い癖に強気なリーゼロッテの性格を考えればこそ、旅に付いて来ないわけがない気がする。なまじ
俺が強いという事もあるから多分無理矢理にでも付いて来るだろう。
ここには珍しい素材もあるようだし連れて行かないというわけにはやはりいきそうにない。
(まあ、俺が守ればいいだけか……)
先程決意したばかりだというにもかかわらず、安全を考えれば旅に連れてかないほうがいいと思うが
、結局は最初の結論に至る。
思考を張り巡らせていると自室の前に辿り着いたので部屋に入室し、ベッドに横たわる。
準備をしていると言った手前なのでゴロゴロしている訳にはいかないけれど、食後のゴロゴロタイム
が一番の幸せなので止められない。
何時までも横たわっているわけにはいかず、ササッと手早く服だけを着替えまたベッドにダイブする
。
後は出発を待つだけだ。そう考えながら精神を研ぎ澄まし、気息を整え、肉体の隅々まで神経を尖ら
せる。
自分の肉体を中心に部屋の気配、町の気配、町の外の気配を感知していく。
部屋には無数の小型生物の気配があるし、町には住民がおおよそ100人以上はいるだろうか。
そして町の外に至っては強大な気配が無数に漂っている。この距離からでも感知出来る大物。
更に耳を澄ませば、静寂なこの町のほんの近くに、凶悪な気配を感じ取ることも出来た。
この世界の一端を垣間見たいと考えた俺は、誰にも告げず、部屋からこっそりと抜け出し町を出る。
町からおよそ5km離れたところにそれはいた。
いわゆる竜と呼ばれる生物なのだろうか、巨躯に髭を生やし、重圧な翼を持ち圧倒的なプレッシャー
を放っていた。
竜は幸いにもこちらにも見向きもしていないようで、胸をなでおろした俺は自室へと帰ることにした
。
(あのクラスの敵と戦っていたら身が保たないだろう…しばらくは迂闊に手出し無用だな)
気付かれないように部屋に帰った俺は、この世界の恐ろしさを身に刻み、また精神を研ぎ澄ましてい
た。
三十分程過ぎた頃、30m程先の廊下から、俺の部屋へ向かってくる二人の足跡を察知する。
竜を見た影響だろうか…?
無我の境地に達していた俺は、ベッドを静かに降りて部屋の脇に掛けてあるマントを剥ぎ取り、無造
作に身体へと羽織る。
扉へ向かう間際、コンコンコンと扉がノックされる。
「ねえ、私はもう準備出来たけど、アンタはもう準備したの?」
「ああ、今行くからそこで待っててくれ」
「おっけ~」
ドア越しで会話を広げたあと、ゆっくりとドアノブに手を掛け、開けてみるとそこには見慣れた二人
の姿があり、実に可愛らしい少女二人が俺に視線を向ける。
二人の視線を浴びながらも、悠然に部屋を出て二人に告げる。
「待たせたな……準備完了だ!」




