過去のトラウマ
「これが翡翠石です! どうして持っているんですか?」
「ああ、話せば長くなるが魔物の心臓から抜き取った」
「虚ろなるモノを倒せたんですか?」
「ああ、虚ろなるモノって名前の奴なのかはわからないけどな」
そう言いながら倒した生物の特徴を事細かくミリィーナへと伝える。
ミリィーナは頷きながら「その生物が虚ろなるモノです!」と教えてくれた。
どうにも虚ろなるモノは戦闘能力が高いらしく好戦的なようで、そのせいでミリィーナ達は迂闊に町から出られないらしい。
「じゃあどうしてミリィーナ達の町は襲われてないんだ?」
疑問が湧いたので質問をするがその理由はすぐに解決した。
「それはですね、僕達の町は悪しき者を遠ざける結界を張っているんです」
「結界?」
「はい、鋼鉄戦士さん達は普通に入れたみたいですけど虚ろなるモノ達はその結界に遮られて入ることすらままならないんです!」
「それでなのか……」
普段の行いが良いからだろう、結界に遮られる事が無くて良かったと素直に喜ばしい。
しかし凶暴なリーゼロッテがすんなりと通過出来るのは納得行かないが仕方ない。
視線の端で凶暴な娘の行動を確認すると、運悪く目線が合ってしまい恥ずかしさのあまり目を逸らす。
(ああ……急いで視線を逸らしたらやましい事を考えているみたいじゃないか! 俺のバカ……!)
微妙に時間が空いてしまった事もあり、リーゼロッテに弁解をするタイミングを逃してしまった。
次はバレないようにコッソリと盗み見をしようと、再び覗き見ようとするがリーゼロッテの姿を見失ってしまう。
「アンタ何してんの?」
「うわああ!?」
何時の間にか背後を取られていた俺は後ろからの掛け声に思わず、地面を蹴り天井に緊急退避。
部屋の四隅の天井に張り付きながら、リーゼロッテをガン見する。
「え、ちょっとどうしたの? 大丈夫?」
「どうしたですか!?」
「…………」
二人の問い掛けに応える事もない長い沈黙。思考が上手く纏まらない。
リーゼロッテの言葉も今だけは頭に入ってこない。
こんな様子の俺に対して、二人は心配そうな視線を送りながら見守っている。
俺の心を長年支配する永遠の楔。恐怖という名のトラウマ。
俺は未だに過去の記憶を払拭できずにいた。
親父を殺した今でも時々当時の夢を見る。血の臭気に満ちた生臭い室内。
飲食物すら何も無い無機質な雰囲気の部屋。
幾人もの人間から奪った盗品、それに付属している人間の手首や指。
まるでお菓子のオマケのように付属している様は見る一般人をひたすら呆然とさせるに違いない。
おおよそ人間が住めるような環境では無い場所での生活。ましてや子供が居ていいような場所では断じて無い。
そんな世界で俺はいつもいつも親父に虐待をされていた。
誰も俺を助けようとはしてくれない。信じられるのは自分だけなのだ。
食料は自給自足で大抵は人を殺して奪う、そんな生活が俺と親父の日常だった。
時には手足を折られ獲物を取る事が出来ない日々が続く。
そんな俺を親父は容赦なく殴り蹴り嬲る。心も身体も傷つきながら背後から襲い来る恐怖に怯えた。
一切の光が差し込まない完全な暗闇の中で、親父は必ずと言っていいほど背後から俺を殴り屈服させる。
攻撃を事前に察知し、心構えをする事によって痛みの苦痛を減らす。
そんな些細な抵抗すら許されない漆黒の闇の中、徐々に俺の心も闇に蝕まれていく。
当時の俺はあまりにも無力で、大切な物を何一つ守る事が出来なかった。
もっと力があれば、或いは失う事など無かったのかもしれない。
思い返せば大切な物を失ったあの日から、力を求めるようになったのか――。
「ぐあああああああああ!」
様々な記憶が溢れかえり脳は沸騰し、身体には激痛が走る。
記憶の底に封じ込めた筈の出来事をフラッシュバックは容易に掘り起こしながら心を焼きつくしていく。
何故こんなにも大事な事を忘れていたのだろう。
苦痛に顔を歪めながらも、二度とあの出来事を忘れないよう脳裏に焼き付ける。
激痛と共に決して消えぬ楔を。
激痛が幾許か収まり始めた頃、ようやく正常な思考を取り戻しつつあった。
乱れていた呼吸も徐々に戻りはじめ、四肢に酸素が行き渡る。
全身は所々痺れており吐き気や頭痛が酷い。
眼下に視線を向けると涙目になりながら俺を見つめている二人がいる。
どれほど時間が経ったのかはわからないが、かなり心配をかけてしまったようだ。
二人にこれ以上心配をかけないよう、天井から地面に降りる。
「悪い……心配かけさせちまった。もう大丈夫だから安心してくれ!」
極めて平静さを装いながら声を掛けるが果たして、こんな言葉に何の意味があるのだろう。
二人は顔を見合わせながら、俺に声を掛けていいのか迷っているようだ。
しばらくすると困惑した表情を浮かべながら、リーゼロッテが俺に語りかける。
「……ねえ、アンタ本当に大丈夫なの?」
「ああ問題ない。いきなりごめんな」
「……本当に大丈夫ならいいけど何があったのかぐらい教えてよ」
「出来れば触れて欲しく無かったんだけど話さないとダメか?」
「アンタが話したくないならいいわ」
「すまない」
一言だけ詫びを入れ、俺達は視線を逸らした。




