その名も鋼鉄戦士
部屋に入室した俺は、直後に複数の視線を感じる。
入室した瞬間に視線を送ってくるやつなんて雑魚なんでどうでもいい。
が、俺が入室する前から俺の気配に気づいてた奴が数人程度いる事に俺は気付いていた。
ざっと一瞥してみると、俺に視線すら送らない3人の男がいた。
一見して纏っているオーラは他の有象無象とは違い、明らかに異質なものだ。
1人目は筋肉質の逞しい髭を生やした初老の男。
その出で立ちや振る舞いは、達人と呼ぶに相応しい貫禄がある。
2人目は筋肉のつきも悪く細身だが、眼光が鋭く独特の雰囲気がある。
出で立ちから察するに柔術の使い手だろうか?
3人目は……コイツは俺でも知っている有名人だ。
中年だが隆盛を極めた筋肉、超然とした態度、実力に裏打ちされた落ち着き。
コイツの名前は、トーナメントの覇者頂上決戦の王者……
「クロス・シュプラグリス……」
ポツリと呟き、シュプラグリスをじっと観察する。
さっきぶつかった、リーゼロッテだったか……?こいつがあいつの父親なのだろうか。
さすがに俺が負けることは無いが、眺めているだけでも恐ろしい威圧感が伝わってくる。
久々に頬を伝わる汗を拭き取り、冷静さを取り戻す。
「ふぅ……、このトーナメントでヤバイ奴らはこの3人ぐらいかね……」
俺に匹敵する強敵の情報を確認し終えたので、瞑想をすることにする。
呼吸を整え、余計な情報を全て削除する。
いわゆる無我の境地というやつだ……とか考えてる時点で境地に至れていないな……
ところで俺の一回戦の相手は誰だろうか?激しく気になるな。
いかん雑念だらけになってきたぞ。どうしたものか。
「よし確認しにいくか」
思い立った時点で重い腰を上げトーナメント表を確認しにいく。
「おいおい、まじか……おあつらえ向きじゃねえかよ……」
俺がこのまま順調に決勝戦に進んでいくと、ここ十数年試合で優勝している男の名前に辿り着いた。
その男の名は、クロス・シュプラグリス。
そしてあからさまに優遇されているシュプラグリスに思わず笑ってしまう。
「このオッサン、シード枠で決勝戦まで試合ないじゃねーか(笑)」
まあ決勝戦までいけば否が応でも戦えると思うとわくわくしてくるな。
んで肝心の一回戦の相手は誰なんだ?
もう一回確認してみると、『修羅リス』という名前が書いてあった。
「ん……リス……?よくわからんが雑魚そうだな……」
疑問が解決したので瞑想を再開する。
いやー、それにしてもシュプラグリスの娘は中々可愛いんだな。
俺が10年前に試合に参加した時お近づきになりたかったなあ。
今回こんな出会いじゃなきゃなー、ついてないぜ。
まあ父さんに勝ってからお近づきになればいいかなー。
ああ、また雑念が入ってしまった。再び集中をすることにした。
……zzz……zzz……
「……お……てめ……おい、テメー!」
「……!?」
すると声が聞こえた気がしたので、目を開けるとそこには1人の男が立っていた。
というか俺は寝てたのか、寝首をかかれなくてよかった。
「なんだお前は……?」
「あぁん!?俺はお前の対戦者の修羅リスだよ!」
俺が尋ねると、相手は自分の名前を名乗った。どうやらこいつが相手のようだ。
見た目は全然リスじゃないな、可愛い系かと思いきやおもいっきりムサイ系だ、悲しい。
「ああ、お前がそうか。それで俺に何の用だ?」
俺が返事を促すと、修羅リスは偉そうに腕を組んで苛ついた顔で喋り出した。
「えっとさー、お前俺の対戦相手だろ、もうすぐ試合始まるのに寝てんじゃねーよ。不戦勝とかカッコ悪いだろうが」
「ほーん?もうそんな時間なのか、起こしてくれてありがとな」
ふと時計を確認してみると確かに試合まで10分を切っていた。
「ば、ばかやろう!別にお前のためなんかじゃないんだからな!」
「ああ、わかってる」
俺はすこやかな笑顔で微笑み返すと何故か、修羅リスの顔が赤くなってるような気がした。
「なんだ風邪でもひいてるのか?」
「ちげーよ!もうお前黙れ!起きたなら俺はいくぞ!」
そう言い残し修羅リスは会場へと歩いていった。
「なんでアイツあんなイライラしてるんだ、わけがわからん」
考えても詮なき事なので、俺も試合の準備を開始する。
試合は一応武器諸々なんでもありなので、俺は全身の武器をメンテナンスしはじめる。
一応補足しておくと、俺の肉体は全部鋼鉄並の強度だ。股間を除いて。
俺はむかし親父に虐待をされ続けた。火で炙られ、殴られ蹴られてるうちに身体が徐々に徐々に硬質化していった。
そしてそんな親父がいつも俺に語りかけていたことが一つだけあった。
『俺は世界で一番強い男だ、悔しかったら俺を超えてみせろ』
そんな親父に対抗するために俺は筋トレを続けた、食べれる物は全部食べて栄養を吸収し、疲労で倒れるほど日夜特訓を続けた。
気がつけば俺は鋼鉄の肉体を手に入れていた。
しかし当時幼い俺でも一つだけ知っていたことがあった。
親父は世界で一番強くないということだ。
いつもこの覇者頂上決戦でシュプラグリスに負けていたことを知っている。
「小さい頃の俺にとったら親父は神様みたいな存在だったんだけどなぁ……」
今でも当時の親父の鬼気迫る形相を覚えている。そして涙など決して見せない親父が、覇者頂上決戦で負けた後はいつも泣いていた事も覚えている。
「あの親父が誰かに負けるなんて今でも信じられねぇ……」
魔神染みた強さを持った親父だったからなぁ。
今日この場所でシュプラグリスを倒せば、本当の意味で親父を超えることが出来るんだろうか。
「はあ……憂鬱やなぁ、親父より強いってシュプラグリスどんだけ強いんだよ……」
考えただけで気分が滅入る。俺は弱いものいじめは好きだがイジメられるのは嫌いだからな。
「せめて俺に勝ったら娘をやる!ぐらいのご褒美がないとテンション上がらねぇわ……」
そうだ!シュプラグリスに交渉してみるか。うんいいな。そうしよう。
とか色々考え事をしている間に、何時の間にか試合時間になっていた。
「よし、いくか!」
いよいよ1回戦目の開始だ。初戦なんで軽く戦うことにしよう。
10分の1ぐらいの力で戦うとするか。
「皆様おまたせしましたー!これより鋼鉄戦士vs修羅リスの試合を開始します!」
俺が舞台に上がると早速アナウンスが開始された。ざわざわと喧騒が溢れかえっている。
「この感覚久しぶりだなあ、10年ぶりぐらいかな」
俺が覇者頂上決戦の感慨に耽っていると、声を掛けられ水を差される。
「どうしたんだよ鋼鉄戦士、随分落ち着いてるじゃねえか」
「別になんてことはないさ、懐かしい雰囲気を味わってただけだ」
目の前に対峙している相手に軽く言葉を返す。
「随分余裕じゃねえかよ、余裕ぶっこいてるとお前……殺すぞ?」
「ハハッ、強気なのはいいけど相手を考えて発言しろよシマリス」
軽く挑発混じりに返答をする。相手がプルプル震えてるのがわかるがそんなにシマリスが気に入らなかったのだろうか。
「ふふっ、強い口聞いてられるのは今のうちだからな、後悔すんよ」
「ああ、お前もな」
闘争前のお決まりの常套句じみたものを交わし、俺達は戦闘の体勢を取る。
程なくして試合開始のアナウンスが発せられる。
「さあお二人共準備はよろしいですか!? では試合開始です!! ファイッ!!」
元気の良い号令と共に俺たちは動き出す。
「緩慢な動きだな鋼鉄戦士!」
開始すると同時瞬時に間合いを詰められた俺は、修羅リスのハアっ!という掛け声と共に気合の乗った右拳の一撃を胸へと叩きこまれてしまう。
「喰らえ、鉄をも砕く竜虎鉄砕拳!」
ズシーン!という鈍い音ととてつもない振動が会場に響き渡る。鉄をも砕くというだけあって中々重い一撃だ。
あまりの衝撃で俺の姿勢が少し崩れてしまう、その隙を見逃さず矢継ぎ早に次の攻撃を叩きこまれてしまう。
「ぐっ……!」
あまりの波状攻撃に俺の身体が宙に浮く。尚も修羅リスの猛攻は止まらない。
ガンガンガン!ガギィン!
攻撃を打ち込まれる度に火花が空に散る。息もつかぬほどの連続攻撃がようやく終わる。
「修羅リス、てめえ中々強いじゃねえか!」
空中で体勢を整えながら、修羅リスに呼びかける。
「バカを言え!お前はダメージを負ってすらいないだろう!」
連続攻撃を決めたはずなのに、動揺が浮かんでいたのは紛れもなく修羅リスのほうだった。
「なんの話だ?お前の攻撃かなり重かったぜ?」
「戯れ言を抜かすな!」
(さすがに無傷なのはバレてるっぽいな……)
修羅リスに大声で叱責され、やはり相手を慮るのは余計なお世話だったかと少し反省をする。
一撃すら受けずに倒しちゃ、修羅リスに悪いかと思ったが俺の行動のほうが余程コイツを傷つけてしまったようだ。
俺が空中に飛ばされている間、相手の全身を観察していたが、至る所が傷だらけになっている。
俺の身体を殴っていた拳に至っては、皮膚や指骨が酷いことになっていた。
痛々しい傷を見て「すまねえな……一瞬で終わらせてやるからな」とポツリと呟く。
「おらあああああっ!」
地面に着地すると同時、俺は大声をあげ気合を解き放ち、大地を力強く蹴りだした。
果たして会場の観客で俺の動きが見えたやつはいるのだろうか。地面は砕け、静寂だけがこの会場を支配していた。
一瞬の静寂を解き放ったのは、グラリと崩れゆく修羅リスだった。
「鋼鉄戦士いいいっ……ごふっ……」
倒れる間際、確かに修羅リスは鋼鉄戦士の名前を叫んだ。
その時点で初めて観客は鋼鉄戦士が修羅リスを倒したのだと悟った。同時に息を呑んでいた審査員が言葉を発した。
「勝者―、鋼鉄戦士!!」
場内アナウンスが告げられた瞬間、会場がオオオー!と沸き立った。
なんでこんなに騒いでるんだろうかと思ったら打診がいった。どうやら俺は高倍率の大穴のようやね。
修羅リスの倍率は事前に確認した時は21倍だった筈。
「そりゃ、驚くわな……」
内心複雑な気持ちになりながら一言呟き、ボロボロになった修羅リスを残し会場を後にする。
審査員に呼びかけられているような気がするが、無視し俺は会場から控室に向かう。
「何なのあの強さ……修羅リスはいつも上位4人にランクインしてる猛者なのに……お父さん並の強さなの……?」
会場からこの試合を見ていたリーゼロッテが不審げに呟いた。
万が一にもないだろうが下手したら父親は……。
「そういえばあいつ最初に名前を名乗る時マスクザって言ってたような……」
何かが繋がりそうな気がするのだ、そしてリーゼロッテはしばらく思案する。
それが物語の始まりだとは、この時の彼女には知る由もない。




