王者シュプラグリス
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準決勝は不戦勝で終わった。俺の戦いを観戦して勝てない事を悟ったらしい。なんともまあ聡明な相手な事で
そんなわけで無事勝ち上がった俺は、いよいよシュプラグリスと戦うことになる。全盛期の親父をも凌駕した男と戦えるのだ。すげーワクワクする。
シュプラグリスは年季の入った真なる強者だ。俺は誰にも負けない鍛錬を積んできた自負はあるが、だからといって勝てる保証は何一つない。
しかし俺は約束した、必ず勝つと。
その想いを胸に抱き、決戦会場へと向かう。道中色々な人に声を掛けられた。修羅リス、達人クラスの老人、はたまた受付のおねーちゃん。
みな複雑を想いを抱きながらも俺の優勝を願ってくれているようだ。
通路もいよいよ出口が見え、陽の光が俺を照らし始めた。とうとう一番逢いたかったリーゼロッテの姿を見つけることが出来なかった。そう考えていた矢先の出来事だ。
出口から一人の少女がこちらに向かい歩いてきた。
『なんでこんな所にいるんだ?』などと無粋な質問はしない。お互いが沈黙したまま横を通りすぎようとした刹那、一言だけ言葉を交わされる。
「約束守りなさいよ」
「黙って待ってろ」
このやり取りだけで十分だった。暗澹とした気持ちは即座に晴れ、気合は漲り肉体は爆ぜ、今なら誰にも負ける気がしない。
シュプラグリスが怪物だとするなら、今の俺は遥か怪物なのだから。
舞台に立つと既にシュプラグリスは俺を待ち構えていた。現王者なのだから呆けてゆっくりしてればいいものを。
玉座はもうすぐそこだ。親父の目指し恋い焦がれたものが、手の届く場所にある。
観客の歓声が会場に響き渡り、アナウンスが掻き消される。
「シュプラグリス、王者として最後に言い残す事はないのか!」
観客がウルサイので大声で話しかける。頼むから少しは静かにしてくれ!
俺の問いかけにシュプラグリスは間をあけてから口を開く。
「あれから十年……永かった。お前の事を幾年も待ち続けていた。この戦いが終わればお前も真実を知るだろう」
またも勿体ぶった話が始まる。今ここで教えてくれてもいいじゃないかケチ野郎めと思いながらも、大人しくしていると尚も話は進行していく。
「十年前の出来事、あれは俺達も予想外だった……」
親父の事を言ってるのだろうか、当の俺自身ですらビックリしたのだから当然だと思う。
しかし俺達もとは一体どういうことだろうか。軽く聞いてみようとしたとき、アナウンサーが大声でアナウンスを開始し、俺の疑問を掻き消す。
「どうやら時間のようだな。まだ話したい事は沢山あるが……決勝が終わってからにしよう」
シュプラグリスがお喋りモードを中断し、戦闘の構えの姿勢を取る。まだ聞きたい事があるというのにという焦燥感はあったが、俺も戦闘の構えを取ることにする。
「ああ、わかった。最後まで全部話してもらうぞ」
俺が言葉を発したのを合図にアナウンサーがお互いの戦闘準備を確認する。喧騒で慌ただしかった会場は何時の間にやら静寂に包まれており、試合が開始するのを今か今かと待ちわびていた。
観客席から強烈な視線を感じ、チラリと振り返り視線を送ると真紅の瞳をした銀髪の少女の姿を視認する。
(なんか凄い怖い目で睨んでるんですけど……)
猛烈に睨まれてるのに気付き、少しバツが悪くなる。絶対勝てという激励ということにしておこうか。
別段気にすることもなくなり、首を縦に振り準備は大丈夫だというジェスチャーをする。
それを見たシュプラグリスも慣れたような口調で『開始してくれ』と短く告げた。
長かったような短かったような決勝戦はアナウンサーにより開幕される。
王者の貫禄だろうか、先制攻撃をしてくる素振りはまるでみせない。むしろ俺から攻めてこいと言わんばかりの隙を見せている。
今までシュプラグリスの試合を観戦しなかった事もあり、まるで戦闘スタイルを掴めず少しばかり困惑する。
(俺を舐めてるのか……?)
考えても結論が出るはずもなく、俺から攻撃を仕掛けることにする。間合いを一気に詰め、拳を腹部に押し当て勢い良く振りぬく。
シュプラグリスの表情を伺うが想定内の動きだったのだろうか、腹部に一撃を受けた筈なのに表情を崩す事なく、余裕そうに俺を見下す。
(うーむ……修羅リスとか余裕で倒せる一撃なの――)
余計な事を考えていると、シュプラグリスが動き出し、反撃のカウンターを繰り出す。恐ろしい速さの拳は俺の思考時間を奪いつつ、無慈悲にも腹部へと叩き込まれるが、クロスさせて腕で何とか防御をする。
先程のお返しだと言わんばかりにシュプラグリスはほくそ笑みながら場外へと俺を殴り飛ばした。
殴り飛ばされている間、先程の攻撃で無傷なのだろうか思案をしていると壁に激突する。
ドカーンッ! 衝突音と地響きが会場に響く。この殴打何気に凄く重くて結構痛いぞ。
(つ……強い!)
一撃を受けた感想はそれに尽きる。少なくともここ十年以内で最高の一撃。とにかく一撃が重たい。
純粋なダメージで言えば二回戦の浸透させる打撃よりも2割増し程度のものだが、この攻撃力でアレに似た技を使われると非常に不味いと感じさせられる威力だ。
しかも俺の攻撃はあまり効いてる様子もなかった。やはり親父を倒した事のある相手だけはあってレベルが違い過ぎるのだろうか。
俺もまだ本気を出してないとはいえ未知数な相手は怖い。
壁から這い出し地面を蹴り、風圧を全身に感じながら飛翔する。瞬く間にシュプラグリスの眼前へと迫る。
勢いをつけての蹴りを今度は頭部に放つ。蹴りの衝撃は未だかつて見たことのない爆風を産んだ。
会場には『グギギギギギギギィィィィン』と異質な音が響き、俺達の周囲にはドス黒い歪みに包まれる。
(ンギギギギギギギ!! 吹き飛ばされそうだあああ!!)
爆風に耐えながらもシュプラグリスの頭部に蹴りを当てているが微動だにしない。コイツ本当に人間なのだろうか。
てか防御も無しに耐えれる蹴りじゃないぞ!と内心焦る。何か種がある筈だけど一体どういうカラクリなのか検討もつかない。悔しい……。
攻略の糸口を探るため、ジーーーっとシュプラグリスを眺めているが中々イケメンであることに気付いた。
(俺ほどじゃないけど、リーゼロッテの父親だけはあるな!)
全く以てくだらない事を考えていたが、ふと違和感に気付く。シュプラグリスの顔面と俺の蹴りの間にごく僅かの空間のズレを見つけた気がした。
理屈はよくわからないが空間を歪めて自分へのダメージを回避しているのだろうか。だとしたら何てせこい能力なんだろうと思う。
しかし二回戦の時の事を考えると有り得そうな気がしなくもない。どうすればこの防御を無効化する事ができるのだろうか。
検証をする為にもう一度体勢を立て直し至近距離からシュプラグリスの顎目掛けて掌底をかます。
またもや『グギギギギギギギィィィィン』と異質な音に加え、今度は直に触れている筈の手のひらに奇妙な質感を覚える。
やはり普通の人体とは触感が違う気がする。そう考えているとまたもやシュプラグリスは不敵な笑みを浮かべ俺を見下ろす。見下されるのはなんとも気分が悪い。
俺が攻めあぐねていると『キィィィィン』と高音を奏でながら、鋭利な槍のようにシュプラグリスの拳が眼前に迫っており、コンマ1秒にも満たぬ時間の中で選択を求められる。
防御態勢を取ろうとしたが嫌な予感を感じ、瞬時に身を捩り攻撃を躱す。わずかに避けるのが遅れ左上腕の皮膚が抉られる。




