re: azure^503 (tunnel)
私は、瑠璃色の夕焼けの中を漂っていた。
オレンジ色のぼんやりとした光を背景に、強い瑠璃色の波が渦巻くみたいにして世界を包んでいる。
私は揺られながら、その波に身を任せながら、数百余回目の光景に思いを馳せる。
ここが、私の陥ってしまった世界の狭間。
ここを抜ければ、鵬が──アイツが死ぬまえまで、戻ることができる。
私はずっと、これを繰り返してアイツとの別れをやり直そうとしてきた。
戻る、とかやり直すって表現は、ちょっと違うかもしれない。
だって、私はSF漫画みたいに時間を遡っているわけじゃないから。
タイムスリップ? タイムトラベル?
この不可思議な体験がそんなに都合のいいものじゃないことは、痛感している。
はじめは、夢だと思った。
気がつくとアイツが私の隣にいる日常に戻っていて、アイツは私の隣で普通に笑っていたから、あの電話は、岬での出来事は全部悪い夢だと思っていた。
でもそんな日をしばらく過ごして家に帰ると、金曜日の放課後、携帯電話が鳴った。
背筋が凍った。聞かなくても、その内容がわかってしまった。
私は電話をとって、その内容はやっぱりアイツの事故についてで。どうしたらいいかわからなくなって、悩んで悩んで、ぼろぼろのままあの岬に行って、一縷の望みを託して紙飛行機を夕日に向かって放った。
そして水平線の奥でまた、あの瑠璃色の光が瞬くのが見えた。
目を覚ますと、また時計の針は逆戻り。
――次のチャンスを、神様が私にくれたんだ。
そんなふうに思っていた。
それがとてもお馬鹿な勘違いだったと気づくのに、そう時間はかからなかった。
それから何度もアイツが死んで、私が岬で紙飛行機を飛ばしてを繰り返すうちに、私はある違和感に気づいた。
私とアイツが過ごした最後の一週間が、微妙に変わり始めていた。
最初は、数学の授業の内容が違っていた。
たぶん十二回目の〝やり直し〟でのことだ。
明らかに、今までやってこなかった単元を先生が教え始めたから戸惑ったのを覚えている。はじめは本当に、その程度の違いだった。
でも、それからの変化は早かった。
紙飛行機を海に投げ捨てる回数を重ねれば重ねるほど、移り変わりは不安定で、段々大きくなったように思う。
英語の先生が変わった。
体育祭で踊る創作ダンスの課題曲が変わった。
クラスの顔ぶれが変わった。
私の友達の性格が変わった。
私の友達が別人に変わった。
通う校舎の姿も場所も変わった。
金曜日の放課後に、アイツが死ぬ原因も変わった。
私自身、もう何が元のままで、何が変わったのか、よくわかっていない。
確実に変わっていないと断言できるのは、私と、アイツと、夕日の岬とそこまでの道のり、そして那色琴里の存在だけ。
そのほかは、たぶんほとんどが元の日常とは変わってしまった気がする。
見慣れた風景が知らないものになってしまう。そんな恐怖にも似た不安を感じていたある日、私は思い至った。
──私は、同じ世界を何度も何度も戻ってやり直してるわけじゃないんだ。
──私は紙飛行機を投げるたびにアイツが死んだ世界を拒もうとして、まだアイツが死んでいない別の世界に飛んでいって、アイツが死なない結果を探し続けているだけなんだ。
この広い世界のどこかにはきっと、アイツが自動車事故や水難事故や障害事件や飛行機事故で死んだままで、私が嘆き悲しんでいる世界が幾重にも折り重なっているはずだ。
〝この〟私だけがそんな運命の輪から抜け出して、延々と瑠璃色を繰り返しては、アイツとの日常を取り返そうともがき苦しんでいる。
いつかアイツが、折り紙の英語は……なんだっけ、ナントカだって言ってた。
折り畳んだ紙、みたいな。
それで言うなら、私の運命はきっと、折り紙みたいに折り畳まれてしまっているんだろう。
アイツが折った綺麗なのなら、まだよかった。
でも私の運命は、私の折った折り紙みたいに歪んで、ねじれて、もう手直しすることもできなくなってしまった。
何がどうなればこの地獄が終わりを迎えて、私とアイツが心から笑える日が来るのか、見当もつかない。
私はどうして、こんなことになっているんだろう。
私はどうして、独りだけこんな目に遭っているんだろう。
毎度毎度、結局はアイツが死んでしまう金曜日の放課後に、海に向かって紙飛行機を投げるだけの一週間をひたすら繰り返す数年間。
あの岬に行かなければ、あそこから紙飛行機を投げなければ、この苦しみは終わるんだろうか。
そんなことを考えながらも、アイツとの日常が恋しくて、失ってしまうのが切なくて、どうしても足を運んでしまう。
今回もダメだった。
次もきっと、ダメだろう。
あのバカはまた私と一緒に笑ってくれて、放課後に折り紙を教えてくれて、そして金曜日の夕方に死んでしまうんだ。
あんなヤツ、べつに好きでもなんでもない。
ただ、死なれたら困るだけだ。
アイツが死んでしまったら、私の下手くそな紙飛行機を褒めてくれるバカがいなくなっちゃうから。
だから私はこれからも、いくらでも紙飛行機を投げてやる。
たとえ終わりなんか来なくても、私は放課後アイツと折り紙を折っていられればそれでいい。
理屈なんてどうでもいい。
滑稽さなんて気にしない。
私の心が壊れてしまうまでに、こんな強がりを言っていられる間に。
あの死神みたいな女から、アイツを奪い返してやる。
……………………、
* * * * *
飛奈は、はっと目を覚ました。
嫌な夢でも見たように、脂汗が全身ににじむ。
ここは飛奈の自室、時間は二十三時五十九分。
時計を見なくても、飛奈には正確な時刻がわかった。
カチ、コチ、カチ、コチと無機質な時計の針が時間を刻む。それだけで今も時間が進んでいるのはわかるのに、それ以外の全てがまるで時間ごと止まっているみたいに動かないことが、飛奈には不気味に感じられた。
この針の音が金曜日の午後五時を過ぎると、大切な人が死んでしまう。
「…………」
半ば諦めながらも、固い意志を持って。
「……おやすみなさい」
飛奈は眠りに就いた。