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Process001

 二年生への進級に伴うクラス替え表が、始業式の日に下駄箱前に掲示された。

 新二、三年生の群れでごった返すなか、自分の名前を見つけた小柄な少女は、その欄に書いてあるほかの名前に目を向けた。

 そして、

鴇然(ときぜん)。また一緒のクラスみたいだな」

「……あ、(おおとり)

 一人の男子生徒の名前を見つけるのと同時に、その男子生徒が頭の上から声をかけてきた。

 少女より圧倒的に背の高い少年は、安心したように笑いながら言葉を続けた。

「今年もよろしくな」

 少女はその言葉に、ちょっとはにかんでから、

「あんたとまた一緒なんて、今年も苦労が耐えない一年になりそうね」

「……おまえ、口悪くなってね?」

 春のさわやかな風に吹かれながら、二人は〝親しい学友〟という立場で言葉を交わした。



 夏に入るまえに、飛奈(ひな)は鵬泰紀(よしき)の誘いで水泳部に入部した。

 同級生からも、後輩からも遅れたスタート。

 今まで運動は体育の授業と、中学に入るまでやっていた週一回の体操クラブのみだった飛奈にとって、運動部の活動は激しいと感じることもあった。

 夏には大会も遠征もたくさんあって、まだ大会に出ない飛奈が雑用を任されることも少なくなかった。

 それでも部活に入ってよかったと思えたのは、

「じゃ、行ってくるわ」

「ん。がんばりなさいよね」

「おう」

 泰紀が試合の始まるまえに飛奈に声をかけて、プールの中をほかのどの選手よりも気持ちよさそうに泳ぐのを見ることができたからだ。

 結果は大抵まずまずといったところだったが、彼が自分の順位を知ってプールサイドに身体を持ち上げる瞬間の苦渋(くじゅう)がにじんだ顔には、応援したい、そう飛奈に思わせる魅力があった。

 そして泰紀が皆のいるベンチに戻るころには、女子の試合が始まる直前であることが多かったので、

「頑張れよ、大月、葉椰(はやし)、小岩、那色(なしき)

 そう、女子に声をかけるのが常だった。

 幾人かの女子がその声援に応えるなかで、

「うん、ありがと鵬。がんばってベストスイマー賞もらってくるね!」

「いや那色、それは全然関係ないぞ」

「そうなの?」

 ──一番甲斐甲斐しく返事をするのが、泰紀と同じ時期から水泳部に入った同級生の女子、那色琴里(ことり)であった。


「凄いじゃんか!」

「えへへ、がんばったからねー」

 その年の地方大会。

 那色琴里は、個人種目のバタフライで二位になった。



 * * * * *



 その年の秋には、修学旅行があった。

 例年通り京都で二泊三日。

 普段学校で過ごす時間よりもよっぽど短いのに、学校生活の一大イベントとして思い出に残るのは何でなんだろう。

 そんな天の邪鬼なことを、飛奈(ひな)は行きのバスの中で考えていた。

 隣の席で眠っているのは、仲のいい女子生徒。

 泰紀(よしき)は二つ前の座席で、男友達と楽しそうにはしゃいでいる。


 修学旅行中は、基本的に班行動を強いられた。

 事前に行った班()めはくじ引きの敢行(かんこう)されない席替えと同じで、まずは仲のいいグループが十近くまとまった。そこから人数を増やしたり減らしたり、グループの数や人数を調整して、結局授業丸々一個をつぶして最終決定が成された。

 飛奈のいる班も、似たようなものだった。

 泰紀が教室でよく話している男子五人組と集まろうとしているところに割りこんで、先生に男女比を考えるようにと注意されるよう仕向けたら、男女ともに三人の班ができあがった。

 飛奈と泰紀のほかは、飛奈の悪友の女子二人と、泰紀のグループの男子二人。男子の一人は、水泳部で顔なじみでもあった。

 飛奈たち六人はクラスごとの団体行動で集まって点呼をとったり、自由行動の時間にはぐれないよう電車やバスを乗り継いで観光を満喫した。

 紅葉(こうよう)の華やかな自社や小道を、六人は写真を撮ったり、あるいは通行人に撮ってもらったりした。バスの中で起こった天の邪鬼な疑問が(かす)むのも、飛奈には頷けた。


 自由行動の最後に清水寺を推したのは、飛奈の友人の一人だった。

 来年の受験に向けて、合格祈願のお守りをそこで買いたいらしい。

 無論班の全員が来年には受験生になるし、清水寺といえば名所の一つだ。その一言に、五人からの異論はなかった。

 清水寺へと向かう道すがら、その友人はこっそり飛奈に教えてくれた。

「実はさ、合格祈願じゃなくて、恋愛成就が目当てなんだよね。ほら、清水寺っていえばそっち系のパワースポットとして有名でしょ?」

 そういった事情に(うと)い飛奈は知る由もないが、恋愛成就で有名なのは清水寺ではなく、その北側に隣接する地主神社である。

 ともあれ、寺社仏閣に詳しくない六人の中学生は、清水寺へ赴いた。

 三つの湧き水が並んだ音羽の滝や、その名を冠する「清水の舞台」などを一通り見回ってから、六人は地主神社への階段を登った。

「あんた、好きな人でもできたの?」

 石の鳥居をくぐりながら、飛奈は隣の友人に尋ねた。

「ううん、べつに。でもこういうのに目ざといのって、女子の(さが)というか、義務みたいなもんじゃない?」

「ふーん」

 そんなものか、と飛奈はぼんやり納得した。

 男子勢が境内を物珍しそうに眺めるなか、飛奈の友人二人はこっそりとお守りを買う列に並んだ。飛奈も並ぼうかと思ったが、間に手をつないだカップルが割りこんできたのが気に食わず、その場から立ち退()いた。

 手持ち無沙汰にぶらぶらしていると、道のまんなかに「恋占いの石」という安直なネーミングの漬物石みたいなものがでん、と置かれているのが目に入った。

 本来、これは奥にある同じ石と一対になって、一方から他方へ、目をつむったまま歩けたなら恋が叶う、という代物だ。しかしそんなことを知らない飛奈は、いったいどうすればご利益があるのかと少し悩んでから、

「……お願いします」

 石の前で、手を合わせて拝んだ。

 (のち)に、集合時間が迫っていることに気づいた六人があわてて境内を去る直前、奥にも似たような石があることに気づいた飛奈がそそくさとそちらにも手を合わせに行ったのは、また別のお話だ。


 その日の夜。

 決められた時間通りに大浴場で汗を流した飛奈は、同室の友人たちと合流して、女湯の前にいる教師から部屋の鍵を受け取った。

「部屋戻ったら何する?」

「テレビってダメだったよね。じゃあ無難にカードゲーム?」

「いやいや、修学旅行だよ! ここは恋バナっしょ」

「そりゃ話すことがある人は、それでいいでしょうけどねえ」

 そんな会話でにぎわいながら、木の剥き出しになった旅館の階段を上って和室の一つへと転がり込んだ。

 ほかの部屋からも女子が数人集まって、八人が四組の布団の上で思い思いに寝転んで長い談話が始まった。

「ねーねー、一組の花代(かよ)がバスケ部の鷹木(たかぎ)センパイと付き合ってるって話、知ってる?」

「えー、何それ」

「一組ってそんな雰囲気だっけ」

「花代って、猪田(いのだ)さんでしょ? あの大人しそうな、眼鏡の」

「最近コンタクトって聞いたけど。髪もちょっとオシャレにしてるっていうか、清楚系? みたいな?」

「あー。男子は好きらしいもんね、セイソケー」

「清楚系美人なんて、みんな男子に媚びてるだけの腹黒だと思うけどね」

「右におなじー」

「上におなじぃー」

「にしても、鷹木センパイが脱落かー。ほかって誰が残ってる?」

「えーっと……〝十勇士〟の中では、鷹木センパイ、宏下(ひろした)センパイが今年彼女作って、真基雄(まきお)ちゃんが結婚……。生き残ってるのはバスケの(こう)センパイ、バレーの石室(いしむろ)センパイと沖地(おきち)くん、佐野、一コ下の満留(みちる)くん。吹奏楽部の栗元(くりもと)くんに……」

「水泳部期待のホープ?」

「あーなんだ、(おおとり)かあ」

「…………」

「でも二年になって、鵬っていい先輩になったっていうか、なんかカッコよくなってない?」

「あ、わかるー」

「いい感じだよね。頼れるっていうか、さわやかで子供みたいに笑うし」

「癒やし系お兄さんって感じ!」

「それかもね」

「ねえ、飛奈。あんた鵬くんとよく喋るでしょ。どう?」

「どう、って。どうよ?」

「だからー、女の影はあるかって訊いてんの!」

「えー……? んー………。いないんじゃない?」

「えー。煮え切らないなあ」

「というか、あんたが付き合ってるんじゃないの?」

「えぇっ、そんなことないよ」

「お、あわてた。怪しいな」

「これは問い(ただ)さないとなー!」

「いや、そんな……べつに、何もないってば」

「でも、好きなんでしょ?」

「いや、………そ、それは……」

「おーおー、かわいいなーもう。ほらほら、言っちゃいなよ」

「誰にも言わないからさぁ」

「この時点ですでに七人聞いてるじゃない! ………もう。………た、たしかに鵬のことは好」

「あ、そういえばさあ」

「んー?」

「噂で聞いたんだけど、一組の那色(なしき)さんと、鵬くんがさ…………」



 * * * * *



「悪い、鴇然(ときぜん)。金曜は折り紙付き合えなくなった」

 泰紀(よしき)がそんなふうに謝ったのは、修学旅行から帰ってそう経たない日の放課後だった。

 水泳部のない日に合わせて教室に残った飛奈(ひな)と泰紀は、その日も向かい合って同じ机で折り紙を折っていた。

 寒さが如実に感じられるようになって、飛奈は教室の中でもカーディガンを欠かさなかった。

「え……。何か、用事でもできたの?」

 戸惑い気味に、そう訊ねた。

「用事っつーか、完全に俺の個人的な趣味の話なんだけどさ」

 飛奈が折るのに歩調を合わせながら、泰紀はてきぱきと折り目をつけていった。

「地元に俺が好きなバンドがあるって、前に話したことあるだろ?」

「ああ、例のテレビにも出始めたっていう」

「そうそう」

 折る手を休めず、泰紀は興奮気味に口数を増やした。

「こないだある筋から、そこの兄弟バンドが毎週金曜の夜に、街のほうのちっちゃい会場でライブやってるって聞いてさ。今週から行ってみようってことになったんだ」

「ふうん」

 飛奈にはバンドとかライブとか、騒がしいものの魅力がよくわからなかった。

 けれど、以前泰紀がその話でほかの友人と盛り上がっている場面には、何度か遭遇したことがある。

 たとえば、

「……那色(なしき)琴里(ことり)?」

「えっ?」

 驚いて、泰紀が顔を上げた。

 飛奈はその反応に、ため息を()いた。

「……当たりか」

「えっ、あれ、なんで? 俺、なんか話したっけ?」

 飛奈は声のトーンを一つ落として、

「べつに」

 短くそう告げた。

「ただ、前に部活であんたと那色がその話で盛り上がってるの見かけたから、それで」

「それだけでよくわかったな……」

 驚き呆れる泰紀に飛奈は、

「じゃあ、何? これからは部活ない日と金曜以外しか、折り紙折れないってこと?」

「ん、まあ、そうなる」

 歯切れ悪く、泰紀がそう返した。

「それって、一日しかないじゃない」

 自分の折り紙に、強く爪痕をつけながら、

「週に、一日しか……ないじゃない」

「そうなるな」

 対して、泰紀は簡単にうなずいた。

 飛奈はそんな泰紀の軽い反応に顔を曇らせて、折り紙を折る手を止めた。

 泰紀はそれに気づいて、対面でうつむく飛奈の顔を覗きこんだ。

「……鴇然?」

「……なんでもない」

 飛奈は、べつに泰紀と交際しているわけではない。

 ゆえに彼の交友関係に口を出すことは、できなかった。

 泰紀の一方的なスケジュールに反抗することも了承することもできず、飛奈の手はまた空疎(くうそ)に、折り紙に取りかかった。

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