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ジャンク・ヤード  作者: ヒルナギ


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沈黙 -サイレンス-

おれは、いつも夢想している。

足元にある、「あの方」の似姿を踏みつけにするとき。

きっと、空は地上へと堕ち。

大地は引き裂かれ、全てが崩れてゆき。

海が泡立って押し寄せ、何もかもを飲み込むだろうと。

天の御使いが、鉢から災厄を大地へ零すことで、ひとも獣もひとしく罰せられ滅せられる。

そうなるはずだという期待が、おれのこころを鷲掴みにするんだ。

そしていつもおれは、こころがはり裂けんばかりに震えながら膨らむのを感じながら。

「あの方」の似姿を踏みつけるんだ。

でも、いつもいつも同じように。

何もおこることはなく、そしておれは赦され放たれる。

そのことで、おれは失望することはない。

むしろ、おれは満たされる。

なぜなら、おれはある確信にたどりつくからだ。

全ては、にせものなのだと。

この世にある悪は本当の悪などではなく、どこかに善もまざりこんだ偽りの悪に過ぎない。

だから、天の御使いはにせものの悪でおれたちを罰しにきたりはしないのだ。

逆に言えば、この世に本当の善などなく、どのように信仰を深め徳をつんだところで、どこかに私利私欲の悪はまざりこんで。

それは本当の善ではなく、「あの方」へはとどいたりしないのだ。

この世のどこにも「あの方」の影は、ない。

だからおれはにせものを踏みつけ、偽りの悪をなして信仰から「あの方」の影を取り除く。

いつわりの善や信仰から、「あの方」を解放してみせる。

そうして、おれは「あの方」は真に汚れなく絶対の彼方にだけいらっしゃるのだと。

より深い憧れで、こころを満たすのだ。

「あの方」は、この世にいらっしゃらない。

だからこそ。

「あの方」は、かならずいらっしゃる。

偽りでは届かない、真実の世界に。

かならず、いらっしゃる。


おれは、暗い部屋の扉をひらく。

暗い部屋の闇に包まれて、神父さまはうずくまっておられた。

月明かりに照らされた夜の空を、一瞬眩しそうに見つめられると。

よろめくように、部屋の外へと歩み出ていかれた。

もう神父さまは、「あの方」の似姿をつけた十字を首から吊るすのをやめておられたけれど。

それでも「あの方」の僕であるしるしに、黒衣をまとっておられたので。

まるで死に魅入られた幽鬼が、冥界をさまよっているようにおれにはみえた。

神父さまは、広場に吊るされた7人の信徒に気づく。

地の底から響くような呪詛の声を、信徒たちはあげながら吊るされていた。

信徒たちは頭を下に吊るされており、全身につけられた傷跡から血が流れているため。

皆顔を真紅に染めて、苦しんでいた。

吊るされたものたちの下には、赤い血だまりができている。

さながら、地獄の景色というところか。

神父さまは信徒を救おうと歩み寄られたが、棒をもった獄卒にはばまれ大地に膝をつく。

そして、獣のように慟哭の声をおあげになられた。

その神父さまの前に衛士をひきつれた、イノウエサマがおいでになられる。

陣羽織に陣笠という、なぜか戦装束に身をつつまれたイノウエサマは神父さまの前に立っておられた。

おれは虫けらのように地にひれふしながら、全てを眺めている。

「助けてやってくれ、あのものたちを」

イノウエサマは、慈父の笑みを浮かべると神父さまの前に「あの方」の似姿を差し出された。

「助けるのは簡単なこと、形だけでいい。踏みなされ」

おれは、おれ自身が踏むときのようにぞくぞくしながらそれを眺めていたけれど。

神父さまは、首を横にふられた。

「わたしを、殺してくれ」

イノウエサマは、悲しげな笑みをうかべなされた。

「おお、そなたらは自殺をゆるされていないのであったな。でも、それはできぬのだよ」

イノウエサマは、薄く笑みを浮かべながら神父さまに話しかける。

「この小さな島国では、殺されたものは神になるといわれていてな。道真公しかり、将門公しかり。殺すと祟められ、祭られる。それはこまるのだよ。まあ、不自由なもの」

イノウエサマは、神父さまを見下ろしながらにいっと笑みを浮かべなさる。

「だからのう。踏みなされ。楽になりますぞ」

ふっと、神父さまは立ち上がった。

見えぬ糸であやつられる人形のように、意志をもっているとはおもえぬ動作で一歩ふみだそうとする。

月明かりに照らされた、「あの方」の似姿へ向かって。

夢遊病者が繰り出す一歩を踏み出そうとした、その瞬間に。

イノウエサマは、うるさげに神父さまをおしのけ一歩前にすすまれた。

無様に尻餅をついた神父さまは、呆然としてイノウエサマの眼差しの先をみつめる。

その先には、濃厚な不吉の気配があった。

「ええい、であえ、であえい!」

イノウエサマの叫びに応える形で、屋敷から帷子をまとい種子島をかまえた衛士たちが走り出てくる。

10人ほどの衛士が、イノウエサマの前に三列の隊列をつくった。

種子島の火縄が赤い火を灯され、煙をあげる。

闇のおくから、不吉が形をとって立ち現れた。

巨人である。

身の丈九尺は越えようかという、とてつもない巨人が月明かりの下に姿を現した。

化け物じみて巨大なその姿は、黒い長衣につつまれており立ち上がった影のようでもある。

そしてその肩には、ひとりのおんなが立っていた。

神父さまと同じように、黒衣を纏っているが夜に狂い咲いた赤い花のような唇を持つ女が。

両手を天に捧げながら、月に向かって叫んでいる。

「聖なるかな、聖なるかな!」

おんなは異国のことばで叫んでいるが、なぜかその意味がおれにはわかる。

種子島が、一斉に火を吹いた。

巨人の身体は火花につつまれたが、まったく傷ついた気配はない。

金属の装甲にはばまれ、種子島の弾は全てはじかれているようだ。

巨人は、おそろしく分厚い装甲を持った鎧を身につけているらしい。

「聖なるかな、聖なるかな!」

隊列は、入れ替わりもう一度種子島が火を吹く。

巨人は意に介さず、一歩すすむ。

「汝らに、祝福を!聖なるかな、聖なるかな!」

燃え盛る夕日のように金色に輝く目をしたおんなが、魔のように笑いつつ両手を振り回す。

その動作にこたえるように巨人は、両手を顕にした。

「我らが祝福を受けるがいい、愚かな羊たちよ!」

その両腕は、十本ほどの銃身を束ねたものでできている。

種子島と違い、火縄を使わず火打石と火皿を持つ型の銃であった。

その束ねられた銃身が回転しながら、銃弾をまき散らす。

衛士たちが、月明かりのした赤い血をまき散らしながら凶弾にたおれていく。

「愚かな羊たち、汝に祝福を!」

おんなが叫び、再び巨人の両腕が火を吹く。

瞬く間に衛士は全滅し、広場は血で染め上げられた。

おんなはとても楽しそうに笑いつつ、叫んだ。

「聖なるかな、聖なるかな!」

最後に残ったイノウエサマは昏く目をつりあげると、刀を抜いて巨人に向かっていった。

おんなは、けらけらと楽しそうに笑いつつ、手をふるう。

巨人の手から束ねられた銃身が地におち、替わりに鋼鉄の杭が出現する。

刀を振り上げたイノウエサマに向かって、鋼鉄の杭が発射された。

イノウエサマの絶叫が、夜に谺する。

巨人は心臓を串刺しにしたイノウエサマを、夜空に向かって掲げた。

月明かりが死体を、蒼く照らす。

おんなはひらりと巨人の肩から、大地に降りた。

神父さまは、呆然としながらおんなを見つめる。

「あなたはバチカンから派遣されたのか」

おんなは、頷く。

「我々はイスカリオテ機関のものだ」

神父さまは、縋るようにおんなをみる。

「では、吊るされたものたちを助けてくれ」

「いいとも」

おんなは、凶悪な笑みをうかべると手をふる。

巨人は、杭となっていない銃身が残っている方の手を吊るされた信徒たちに向けた。

銃身の束が回転し銃声が轟き、信徒たちの呻きが消える。

真の静寂が、月明かりの下に降りてきた。

「いったいなぜ」

神父さまは、絶叫するするように言った。

「なぜ主は、このようなことをおゆるしになる!」

おんなは、不思議そうに神父さまをみる。

「主の真意を問うとは、僭越だなおまえ」

恐ろしげにおんなをみる神父さまへ、おんなは語った。

「主はいつも口をあけて、待っていらっしゃる。だから我々のできることは、その口に魂をほうりこむことだけなのさ。そうしたらよき魂は天国にゆき、悪しき魂は地獄へゆく。全ては主の御心のままに」

おんなは、狂い咲いた桜のように。

月明かりのした、赤い唇を歪めて笑ってみせた。

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