ドロップ
夜が、降りてこようとしている。
ゆらゆらと、ゆらめくように。
天頂付近に固まる深い藍色をした闇が、落ちてこようとしていた。
その闇は、空の中でぶらぶらと震えながら。
真紅に燃え上がる西の空と、暗い闇に閉ざされた東の空の中間で。
深い藍の空は、ふらふらと揺れて落ちてくる。
おれは、それをビルの屋上で大の字になって、眺めていた。
西のほうには高層ビルが、立ち上がった闇のように暗い影となって、聳えている。
そのビルが落とす影が、黒い河のように地上を這い回った。
そして、その漆黒の墓標みたいな高層ビルの向こうに、真紅に燃える太陽が沈んでいく。
おれには、その聳える高層ビルがなぜか牢獄の鉄格子のように、感じられた。
おれは、燃え盛る夕日を受け地上に落ちる影に、閉じ込められている。
夕日は、血を流す心臓のように脈打っているが、高層ビルの影に隠れており見ることができない。
その赤い夕日に呼応するように、おれの腹でも炎が渦巻いていた。
おれは、そっとその痛みの炎に手を添えてみる。
そして、その手を目の前にかざした。
それは、西の空で燃え上がる太陽よりも、赤く染まっている。
おれの腹からは、血が流れだしていた。
牢獄の鉄格子のように、地上を閉ざすビルの影の間を、おれの腹から流れる血が赤い河のように屋上を染めている。
おれのおんなが、おれの腹を9ミリパラベラムで撃ち抜いたせいだ。
ベレッタを構えたおんなは、悲しそうな顔をしておれにこう言った。
(さようなら)
嘘を吐くのが、好きなおんなだった。
嘘をついているときは、いつも機嫌がいい。
けれど、本当のことを語ることは、必ず悲しそうにする。
だからとても、嘘を見抜きやすかったが。
上機嫌なおんなを嘘つき呼ばわりする趣味は、おれにはなかったのでいつも放置していた。
けれど、ベレッタを構えたおんなはとても悲しそうだった。
だから、その別れの言葉は本当なのだ。
その「本当」がおれの腹をぶちぬき、苦痛の花を咲かせている。
西の空に沈みゆくあの太陽のように、真っ赤な花がおれの腹に咲いていた。
命が流れ出していくのが、判る。
ああ、もうすぐおれの命は、溶けきってしまう。
そう、なめつくした、ドロップみたいに。
おれの命は、溶けきっていく。
空の中心は、深い藍色に染まっている。
それは、ゆらゆらと、揺らめきながら落ちてきて、地上に夜をもたらす。
黒よりも深く死に近い藍が、ぶらぶらと震えながら。
おれの命に、夜をもたらす。
夜が、降りてくる。




