表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャンク・ヤード  作者: ヒルナギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/39

monster prince

夜は奇妙に優しく、夜の下に横たわっていた。

藍色の甘い香りの水が、地上を埋め尽くしている。

そんなふうに思える闇が、この世界を満たしていた。

月は、金色の円盤となって無造作に天空へ掲げられている。

その月から放たれる金色の刃となった月影は、ひとつの館を浮かび上がらせていた。

その館だけは、無慈悲に地上を蹂躙する黄金の剣から支配を免れている。

残酷な金色の光は、そこにだけは手を出すことを躊躇っていた。

だから、その館は黒曜石となり重く凝縮された漆黒の闇を、纏っている。

それは闇の中で孵化を待つ、漆黒の卵であった。

彼は、そんなふうに思いスコープから顔をあげる。

ふと、血の匂いを感じて眉をしかめた。

振り向き、そこに大きな黒い人影を認め驚愕する。

いつの間にか、廃ビルの屋上に展開していた彼の小隊は全滅していた。

腰から抜いたベレッタを黒い人影に向けながらも、無力感がこころを黒く塗りつぶすのを感じている。

5つの死体が、屋上にある。

かつて彼の、同僚であったものたちだ。

その殺戮を、彼は全く感じ取ることができなかった。

何より、その大きく黒い人影の気配を感じ取ることができない。

倒れている兵たちは、獣に首筋を噛み千切られたように血を流し死んでいる。

大きな黒い人影は、一歩前に進み金色の月影に身を曝した。

マントを纏ったそのおとこは、哲学者か詩人のように整った物憂げな顔をしている。

しかし、その黒い瞳は底知れぬ深淵へと続く闇を宿しているかのようだ。

彼は、呻くように言った。

「お前は、カズィクルベイ」

マントに身を包む長身のおとこは、失笑するように口を歪める。

闇に、深紅の裂け目があらわれ、短刀の鋭さをもった牙が覗けた。

「串刺し公か、まあそういう通り名もあるようだが」

「では、ヴラド・ツェペシと呼べばいいのか?」

彼の問いに、マントのおとこは首を振る。

「それもわたしが名乗っていた名とは、違うね。ここはよく知られた、悪魔の子という名を使わしてもらうことにする。つまり」

マントのおとこは、蒼白の顔に獣の獰猛さを重ねる。

「ドラキュラ、と」

ドラキュラと名乗ったおとこは、すらりとヤタガンソードを抜いた。

稲妻の形に歪んだ剣が、怜悧な輝きを月影に曝す。

彼は、慌てて叫んだ。

「まてまて、おれたちはヴァチカンの抹殺機関ではないぞ」

「ほう」

ドラキュラは、どこか繊細で憂鬱さを備えた顔に鋭い牙をむき出しにして問う。

「では、おまえたちはなんだ」

「CIAだ。あんたたちとは約定があるから、手出しはしない」

ドラキュラは、吐き出すように言った。

「ではなぜ、わたしたちの館を監視するのだ」

彼は、できるだけ冷静な声で言う。

「むしろヴァチカンからあんたらを、守るためだ」

ドラキュラは、闇に笑った。

「君たちはわたしに殺されるというのに、わたしを守れるのかね」

「もちろん、我々が抹殺機関を殺すことはできないよ。しかし、支援することは」

彼は、言い終えることはできなかった。

闇にとけるように、ドラキュラが姿を消したからだ。

彼は慌てて振り向こうとしたが、手遅れであった。

彼は、首筋に何かが差し込まれるのを感じる。

それは、彼の頭に直接麻薬を投入したように甘美な麻痺を、もたらす。

彼は、死に繋がる薔薇色の闇に飲み込まれていった。

真紅に染めた口を、死体の首筋から離すとドラキュラは呟く。

「わたしたちは、誰の力も借りんよ。特に今夜は」

白皙の、哲学者の落ち着きを持つその顔に、薄く笑みを浮かべていった。

「われらがプリンスが目覚める夜だからな」


おとこは、館の屋根に上り月を見ていた。

黒のライダースジャケットに、あちこち綻びたジーンズパンツをはいたその痩せたおとこは、ロンドンの下町からきたパンクスのように見える。

おとこは、夜空を支配する無慈悲な女王である月から目をそらすと立ち上がった。

そして、ゆっくりと振り向く。

闇から、滲み出るように白髪のおとこが姿を現した。

腰にソードオフしたライフルを吊るして、真紅に染まった革のジャケットを羽織り長剣を背にさしたその白髪のおとこは、月影に赤い目を曝す。

「これは、これは」

黒のライダースのおとこは、獰猛な笑みを浮かべ大きな犬歯を剥き出しにする。

「あんたは夜の眷属ながら抹殺機関に所属している、エンハウンスではないか」

エンハウンスと呼ばれたおとこは、少し口を歪めた。

「ヴァチカン謹製の隠形符は、役立たずだな」

そういいながら、燃え盛る炎の真紅に染まったジャケットの背に貼り付けられた符を剥がして破り捨てる。

「いやいや、十分役にたっていたさ。だが、濃すぎたんだよ」

ライダースのおとこは、楽しげに笑う。

「死の香りがね」

エンハウンスは、精悍ではあるが端正に整った顔に微笑を浮かべる。

「さて、はじめる前にひとつ訂正しておくが、おれは夜の眷属ではなくひとだよ。吸血鬼の血を飲んだが、死なずにひとであり続けている歴史上唯一無二の存在だ。それと」

エンハウンスは、凶悪な笑いをみせた。

「あんたの名を聞いておこうか、人狼くん」

ライダースのおとこは、首を振る。

「おれは人狼ではなく、犬神だ。名は、憑神玲狼という」

その言葉が、合図となったようだ。

エンハウンスは、素早い動作で腰に吊るしたライフルを抜くと460ウェザビー弾という強力な銃弾を片手持ちで撃つ。

闇を引き裂く重厚な銃声が、響き渡った。

憑神と名乗ったおとこの突き出した左手が、血を繁吹かせる。

それと同時に驚いたことに、銃を発射したエンハウンスの右手も炸裂したように血を滴らせた。

憑神は、楽しげに笑う。

「さすが、概念武装『聖葬砲典』だな。半人半妖のあんたの手も、破壊するということか。しかし、残念だが」

憑神は、左手を開く。

その中からひしゃげた銀色の銃弾が、こぼれる。

その左手は、金狼の鬣に覆われていた。

「犬神であるおれの身体は、西欧の聖典では破壊できないんだよ」

エンハウンスは、苦笑する。

「聖書まるごと一冊分の呪を圧縮して内臓した銃弾が、無意味だとはな」

言い終えると、エンハウンスは背中から片刃の剣を抜き跳躍した。

骨を削り出して研いだように白い刀が、憑神に襲いかかる。

憑神は、それを金狼の毛に包まれている左手で受けた。

その手のひらからは、大理石の白さを持つ牙が生えておりその牙が白い刀を咥えている。

憑神の左手は、狼の頭部に見えた。

それは月影を受け、黄金色に輝いているようだ。

黄金の炎に、白銀の月影でできた剣が食い止められているようにみえる。

刀を手にしたエンハウンスは、驚愕で赤い目を見開く。

「ユニコーンの角で造った聖剣アヴェンジャーであっても」

憑神は、犬歯を剥き出しにして獣の笑みを浮かべる。

「古式ゆかしい蠱毒で造ったおれの身体は、斬れないようだな」

「アヴェンジャーに斬れぬものはない」

エンハウンスが言うと共に、剣は悲鳴をあげる。

甲高く凄絶なものを内に秘めた、叫び声。

その白き剣は、滅びの歌をうたっている。

純白の表面に、真紅のルーン文字が浮かび上がると輝いた。

また、それと同時にエンハウンスの剣を持つ左手も、血を渋く。

どうやら聖剣の力に、エンハウンス自身の腕が耐えられないようである。

そして、同時に憑神の左手も血を迸らせた。

金狼の毛が、赤く染まってゆく。

憑神は、驚きの表情でそれを見る。

「なるほど我が身を破壊して、敵をたおすというのだな」

憑神の呟きに、エンハウンスは凄絶な笑みで答えた。

その瞬間、夜の闇が揺らいだ。

そしてその揺らぎから、マントを怪鳥の翼がごとく広げたドラキュラが出現する。

ドラキュラは、稲妻の形に歪んだヤタガンソードでエンハウンスへ斬りかかった。

エンハウンスは、その剣をライフルの銃身で受ける。

闇に火花が、散った。

哲学者の眼差しに、飢えた獣の笑みを浮かべたドラキュラが叫ぶ。

「夜の眷属に名を連ねながら、ヴァチカンに魂を売ったおまえを、いつか殺したいと思っていたよ。その願いが叶うとは、喜ばしき夜だ!」

その叫びは、血の迸りによって中断される。

ドラキュラは、信じがたきものを見る目で自分の腹に食い込んだ巨大な杭を見た。

かつて串刺し公と呼ばれた自分を、杭で串刺しにするとはなんたる皮肉か。

壮絶な表情で笑うドラキュラの眼差しの先に、杭を発射したパイルバンカーを持つおんながいた。

漆黒の僧衣を纏うおんなは、ドラキュラに向かって叫ぶ。

「小羊が第四の封印を解いた時、第四の生き物が「きたれ」と言う声を、わたしは聞いた。そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた」

ドラキュラは、血を吐きながら呟く。

「貴様、抹殺機関の生み出した戦闘機械、エイレシアだな」

エイレシアと呼ばれたおんなは、美しい顔を花のようにほころばせる。

「そう、我が名はエイレシア、そして我が武器は、第七聖典。貴様に死を届けにきたぞ、夜の眷属」

「死であればとおの昔に味わい尽くしたよ」

「では、第七聖典の祝福を受け、死を越えて消滅するがいい」

そのエイレシアの叫びもまた、血の渋きによって中断される。

エイレシアは、自身の腹を抉った銃弾による傷を見た。

そして、背後を見る。

そこには、巨人がいた。

その巨人がかまえる巨大な拳銃、パイファー・ツェリスカが銃煙をあげている。

エイレシアの腹を貫いたのは、600ニトロエクスプレスという凶悪な威力を持った銃弾であった。

本来は、象を狩るための銃弾である。

エイレシアは、美しい顔を歪めた。

「貴様は」

「我が名は、ヴァルトマン。まあ、しかしそれはおれが生者であった時の名だな。おれはエイレシア、おまえと同様戦闘機械として作り直された。おれとおまえは、双子のように似てはいる」

巨人は、落ち着いた口調で語る。

「おれは生者でもなく死者でもなく、戦闘機械として生まれ直した。だからおれはおれの生みの親であり、宿敵でもあるヴィクター・ヘリオスがかつて使っていた偽名を奪うことにした。つまり」

巨人は、美しく整ってはいるが蒼白の死者の顔と化しており刺青によって彩られたその顔に、そっと笑みを浮かべる。

「おれはフランケンシュタインだ」

エイレシアは苦鳴を漏らしつつ、自らが流し造った血だまりの中へと沈む。

その瞬間、黒衣のおんなは闇の中へと解けて消える。

フランケンシュタインは、刺青に彩られた顔を横へ向けた。

その空間が、歪みはじめる。

フランケンシュタインがパイファー・ツェリスカを向けた空間が、陽炎が立ち昇る形にゆらりと揺れた。

そして、その中から黒い僧衣を纏う美しいおんなが姿をあらわす。

エイレシアで、ある。

彼女は、巨大なパイルバンカーを肩に担ぐとそれをフランケンシュタインのほうへと向けていた。

一方、エンハウンスは剣を退き、憑神から距離をとる。

ドラキュラは、闇の中に蹲り回復を待っているようだ。

フランケンシュタインが、エイレシアに笑みを投げる。

「死すと同時に、平行して存在する宇宙から生きた身体を取り出して蘇るか。さすがヴァチカンの造った戦闘機械だけあってたちが悪い」

エイレシアは、花のような笑みで答える。

「狂った科学の産み落とした、迷い子よ。第七聖典が、お前を導いてくれるだろう」

フランケンシュタインは、大笑する。

「レトロウィルスで幹細胞に遺伝子をコピーして造った人造人間に、聖書から作り出した呪が通用すると思っているなら、おめでたすぎるぞエイレシア」

フランケンシュタインは、優しく囁く。

「今宵は一旦退くことだ、ヴァチカンの殺し屋たち。夜は、今宵が最後ではないぞ」

エイレシアは、鼻で笑う。

「フランケンシュタイン、お前は北極海の氷河で眠っていたかと思ったが、一体なぜこんなところへきたんだ?」

フランケンシュタインは、整った死者の顔に遠くを見る眼差しを浮かべる。

「おれは生まれ落ちた時から、理解できぬ怒りと憎しみにこころを蝕まれていた。その嵐のような感情から解き放ってくれたのが、氷河の底で出会ったあの方なのだ」

エイレシアは、詠唱するように呟く。

「また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、大きな、赤い龍がいた。それに七つの頭と十の角とがあり、その頭に七つの冠をかぶっていた。その尾は天の星の三分の一を掃き寄せ、それらを地になげ落とした。龍は子を産もうとしている女の前にたち、生まれたなら、その子を食い尽くそうとかまえていた」

エイレシアの瞳が、冷たく輝いた。

「では、明けの明星が今宵蘇ると言うのか」

フランケンシュタインは、静かに首を振る。

「蘇るのは、あの方の息子」

その瞬間、フランケンシュタインは頭を撃ち抜かれ言葉を止める。

赤い血が、夜に花がひらくように飛び散った。

一同は、一斉に月が輝く夜空を見上げる。

巨大な鉄の塊がふたつ、空中に浮いていた。

ジェットパックを装備した外骨格アーマーが、ホバリンクしている。

手にした重機関銃が火を吹き、憑神の身体を貫く。

憑神は獣の唸り声をあげながら、血だまりの中を後退する。

外骨格アーマーはそれぞれ、エイレシアとエンハウンスのそばに着地した。

エイレシアは、不機嫌な顔で外骨格アーマーの中にいる兵士を睨む。

「一体、何しにきた」

「我々は国連の要請で、動いています。ヴァチカンとの話もついています。後は、我々にまかせて撤収してください、抹殺機関の方」

「ふざけるな!」

エイレシアは、叫ぶ。

「おまえたちは、やつを殺すのではなく、保護するつもりなのだろう」

「我々は、多国籍軍司令部の命令で動いています」

外骨格アーマーの兵士は、冷酷さを潜ませた声で語る。

「我々の勧告にしたがっていただけないのであれば、あなた方も強制的に排除します」

エイレシアの目が昏くつりあがったその瞬間。

立ち上がった、ドラキュラが畏れを潜ませた声で呟く。

「おお、ようやくそのときがきた」

ドラキュラが手を差し伸ばしたその先に、ドアが出現している。

虚空に浮かぶドア、それはゆっくりと開いた。

中から現れたものは、まだ十代とみえる少年の域を脱していない姿をしている。

グレープフルーツのような黄色のジャケットを身につけ、ハーフのカーゴパンツをはいて、ブルーのキヤップをかぶっていた。

スポーツ観戦にきた、学生のような姿でもある。

ただ、その瞳は夜明けの紫色に染まり、薔薇色の唇は優しく歪められ、少女のようにたよやかな顎の線をしており、繊細な美しさをそなえていた。

少年は、気さくに手を振ると声を発する。

「よお、みんな元気かい?」

フランケンシュタインは血で赤く染まった額に指を差し込み、銃弾の破片を抜き取る。

再び血が、吹き出した。

「元気かどうかは、見れば見当つくでしょう、殿下」

うんざりしたように言うフランケンシュタインに向かって、少年はぐいっと親指を立てた右手を突き出す。

「うん、元気そうだね!」

そう言って満面の笑みを浮かべた少年に、外骨格アーマーの兵士が声をかける。

「ようこそ、人間の国へ」

少年は、アーモンド型をした紫の瞳を兵士に向ける。

薔薇色の唇には、夢見るような笑みが浮かんでいた。

「わたしたちは、人間の国家を代表してお迎えにあがりました。あなたを賓客として、我々の基地へお迎えします」

少年の目が、少し細められた。

次の瞬間、少年の両の腕が伸び出す。

伸びる速度は、一瞬にして音速を超えソニックブームが起きた。

腕は、水平に伸びる竜巻をおこし、悲鳴のような轟音を置き去りにしながら外骨格アーマーへ向かう。

2体の外骨格アーマーは、少年の拳に機関部を破壊される。

緊急脱出装置が働き、ふたりの兵士は屋根の上に放り出された。

少年は、長く伸びた腕をクレーンのように操りふたりの兵士を屋根の上から地上へ下ろす。

「大体迷惑なんだよね、ひとんちの屋根で夜中に騒ぐんだから」

少年は、少しだけ眉間に皺をよせて文句を言う。

「僕は、行きたいところに行くさ。気が向いたら、あんたらのとこに挨拶に行くよ」

兵士達は、逃げ出していく。

その少年の前に、エイレシアが立つ。

肩に、巨大なパイルバンカーを担いでいる。

エイレシアは、高らかに叫ぶ。

「しかし、獣は捕らえられ、また、この獣の前でしるしを行って、獣の刻印を受けた者とその像を拝む者とを惑わしたにせ預言者も、獣と共に捕らえられた。そして、この両者とも、生きながら、硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた」

エイレシアは昏い瞳を、漆黒の炎で燃え立たせ叫んだ。

「魔界の王子よ、おまえも第七聖典の祝福を受けよ!」

パイルバンカーは、巨大な杭を発射した。

その杭は、少年の腹に突き刺さったかに見える。

しかし、実際には少年の腹が杭を包み込んで長く伸びただけであった。

「うひょひょーい」

少年は、楽しげに叫んだ。

エイレシアは、その様を驚きを持って見ている。

長く伸びた腹は収縮し、杭はパイルバンカーに向かって跳ね返された。

パイルバンカーは戻ってきた杭を受けると、衝撃に耐えきれず縦に裂ける。

エイレシアは、パイルバンカーを取り落とすと膝をついた。

そして、漆黒の炎をあげているように輝く瞳で、少年を見る。

「あんたはゴム人間ですか、殿下」

憑神の咎めるような口調に、少年はびっくりした顔をする。

「え、だめなの?」

ドラキュラは、困ったような顔をしてたてた指を横に揺らす。

「殿下、我々怪物は、ひとに戦いを挑まれればその攻撃を真摯に受け止めねばなりません。そして、苦痛と憎しみを持って答える必要があります」

「えー、そんなの痛いじゃん」

少年は、困った顔をしてエイレシアとエンハウンスを交互に見る。

「だいたい彼らはひとじゃなくて、怪物でしょ。僕等と一緒の」

「なるほど」

腕組みをして、顎に手をあてたフランケンシュタインが頷く。

「そう言われてみれば、そんな気もしますな」

「ふざけるな!」

エイレシアは、絶叫するように叫んだ。

「遊びじゃないぞ、これは。大体わたしは、人間だ!」

「ほらあ、泣かしちゃったじゃないですか。殿下が、大事なおもちゃ壊すから」

憑神は、たしなめるように言った。

エイレシアは、本当に泣き出しそうな顔になって憑神を睨む。

少年は、頭をさげた。

「そっかあ、ごめんなあ」

「貴様」

エイレシアがまた叫びだそうとするのを、フランケンシュタインが遮る。

「怪物と戦うものは、怪物になることを恐れなければならない。深淵を覗き込むものはまた、深淵から覗かれているのだから。そう、昔会った哲学者は言っていたぞ、エイレシア」

エイレシアは、複雑な表情をしてフランケンシュタインを見る。

フランケンシュタインは、その異相に笑みを浮かべた。

少年は、虚空に浮いた扉を指差す。

「まあ、お詫びといっちゃあなんだけど、モンスターランドに招待してもいいよ」

扉の向こうは、虹色に輝いている。

「君たちの師匠になる、世界の中心の木に吊るされたおとこもいるよ。こないだ、僕の父さんとチェスをしていたさ」

エイレシアは、息をのんだ。

「主が、その向こうにいるというのか」

少年は、にこにこ微笑む。

「うん、この向こうにはオーディンやロキそれにゼウスやハデスもいるし、ミカエルもベルゼバブだっているさ」

エイレシアは、魅了された表情になって一歩扉に向かって踏み出そうとする。

「おい、エイレシア」

戸惑ったような声を、エンハウンスが発した。

その声で、エイレシアは我にかえる。

「確かに、夜は今宵だけではない、そうだったな、フランケンシュタイン」

エイレシアの言葉に、フランケンシュタインは笑みを浮かべて頷く。

「また会おう、金星の落とし子よ」

エイレシアは、言葉を残して闇に消えてゆく。

エンハウンスも、それに続いた。

憑神は、やれやれといった表情で少年に向き合う。

「で、どうしましょう殿下。世界征服にでも乗り出しますか?」

少年は、ぐっと伸びをする。

ずっと向こうの東の空に、いつのまにか菫色の光が浮かんでいた。

「いや、僕ら怪物はそろそろ寝る時間だよね」

少年は、そっと欠伸をした。

「ま、明日考えよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ