天国への階段
彼女は、迷路の中にいた。
それは、とても古い建物である。
薄暗く、偽りの気配に満ちていた。
重厚な石でできた壁のそばを、影でできたなにものかが通り抜けてゆく。
何も触れることはできず、言葉を交わすこともできない。
純白の長衣を纏った彼女は、迷路の中を彷徨い歩く。
時折、口笛が聞こえてくる。
荒涼とした荒野を渡る風となって、口笛は洞窟じみた廊下を抜けていく。
壁には、時々サインが現れた。
それは、炎の文字となったルーンである。
サインは、彼女のこころに希望の火を灯すと消えてゆく。
風が、吹いた。
彼女は、風の向こうに口笛の奏でる音楽を聴く。
そこに、階段があった。
その階段は、風に震えている。
彼女は、そう思った。
真紅に輝くルーンがサインとなって壁を走り、彼女を導く。
彼女の長衣は、月影によって織られた白さを闇に晒す。
彼女は、階段に足を踏み入れる。
それは、墜ちていくかのようだ。
あるいは、無限に上昇していくかのようである。
風に震える階段を、メイルシュトロオムの中で味あう幻惑を感じながら、彼女は上り詰めた。
そこは、屋上である。
天空に煌めく星々は、精密機械の正確さを持って夜空に配置されていた。
結晶化した鉱石の鋭利なラインを、星座は夜空に刻み込む。
彼女はそれを、石でできた満開の花だとおもって、見つめている。
口笛が、高らかに鳴り響く。
その昂揚した音色は、黙示録の日に天使が吹き鳴らす喇叭の音であった。
彼女は、こころを震わせながら口笛が響くほうを見る。
奇妙な風体のひとが、口笛を吹きながら彼女へ近づきつつあった。
彼女は、そのメロディを知っている。
そのメロディには、歌詞がついていた。
そう、確かその歌詞は。
「生は暗く、死もまた暗い」
奇妙な風体のひとは、彼女のこころを読んだように、その部分を口に出して歌った。
彼女は、その奇妙なひとに微笑みかける。
死神が纏うべき漆黒のマントに身を包んだ、おとこともおんなとも判らぬそのひとは、アシンメトリーな表情で彼女に微笑み返す。
「では、君もまた永遠の探求を志すものかね」
そういうと、漆黒のマントを翻し、奇怪な笑みをうかべたひとは白い階段を指し示す。
精密機械の動きを真似て星々が正確に円を描いてゆく夜空に、真っ直ぐ白い階段が伸びてゆく。
その行き先は、一体。
「さて、天国やら、地獄やら」
漆黒のマントのひとは、浮かれた口調で彼女に語りかける。
「行く先にあるのは、真実か永遠か、はたまた愛であるのか僕にはさっぱり判らないけれど」
歪んだ笑みを浮かべるマントのひとは、道化じみた仕草で彼女を招く。
「確かなことは、ひとつだけ。この先に行くには、お代が必要。それはいうまでもなく」
マントのひとは、ウィンクして見せる。
「あなたの生命だ」
マントのひとは、高らかに笑う。
「生命を支払ったとて、あなたは死ぬわけではない。恐れず進むがいい」
「では、わたしは」
白衣のひとは天使の笑みを浮かべて、歌うように言った。
「その先に愛があるほうに、賭け金を支払うわ」
黒衣のひとは、深々と礼をとり白い階段を指し示す。
彼女は、ゆっくり。
その階段を、登った。




