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ジャンク・ヤード  作者: ヒルナギ


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ブラッドレイン

その映画の中では、ずっと雨がふっていた。

それにしても、よく雨のふる街である。

おれは、ロスアンジェルスって、こんなに雨の多い街だったのだろうかと思う。

ステーツになんざ行ったことはないが、ロスはむしろ雨のふらない街だと聞いたような気がする。

ただ、その街の景色はとてもロスには見えない。

そこは、異邦で故郷を失ったものたちが集う、無国籍街のようだ。

映画が撮られたときには近未来であったらしいが、とっくに過去の日付となってしまっている。

その景色は、ステーツというよりおれの故郷を思い出させた。

この島国より、さらに南方に下ったところにある、やはり幾つもの島が集まってできた国。

軍隊が何度もクーデターをおこし、ゲリラたちが血みどろのテロを行い、ギャングが100ドルでひとを殺す街がある国だ。

「おい、なんだおまえ」

映画館の客席に座っているヤクザが、おれに凄みをきかせた声をかけてくる。

おれはスクリーンの前にあるステージの上から、ヤクザを見下ろすとにっこり微笑んだ。

ヤクザはストライプの入ったテーラードスーツに、濃紺のカラーシャツを来て、緋色のタイをしめているといういかにもヤクザらしいスタイルだった。

となりに、ピンクのシャネルを着たおんなを座らせている。

アンフェタミンでトリップしているふうのおんなは、動物のような眼差しでおれを見ていた。

客席には、ヤクザとそのおんなしかいない。

まあ、ヤクザが趣味でやってる映画館なんだからしかたないとも言える。

ヤクザは、ステージの上に立って薄笑いを浮かべているおれを見て、苛っだった顔になり銃を抜く。

DPRK製の9ミリオートマチックだった。

おれは、くすくす笑う。

ヤクザは、おれの獲物だ。

1000ドルも貰ったから、それなりに上物だろう。

それにしても、この島国のヤクザはなぜ抜いても撃たないのか。

とても、不思議だ。

おれは、腰に吊るしたリボルバーをジャケットの下から剥き出しにする。

ヤクザは目を剥いたが、それでも撃たない。

本当に、この島国のヤクザは不思議だ。

おれは、コルトSAAを右手で抜きながら、左手で撃鉄を起こして撃つ。

丁度映画の中で、ブレードランナーが撃った銃声に、コルトの銃声がかぶる。

45口径は、じつにいい。

確実にひとを、殺せる。

頭にぽつりと赤い穴をあけ、ヤクザは死んだ。

10才のころ、おやじを殺したことを思い出す。

あの時も、コルトSAAだった。

となりでシャネルのおんなが、けたたましい悲鳴をあげる。

おれはステージから降りて、おんなのそばに行った。

殴って黙らせようと思ったが、面倒くさくなってもう一発撃つ。

おんなは、ヤクザと仲良く並んだ死体となった。

「てめえ、なんだ」

映画館の中に、チンピラたちが飛び込んでくる。

龍や虎の描かれたジャンパーを着たおとこたちは、ヤクザと同じDPRK製のオートマチックを持っていた。

おれが銃を持っているのを見て、流石に撃ってくる。

銃弾はおれの頭上を、飛び去った。

へたくそなのか、威嚇なのかよく判らない。

おれは、煙草を取り出すと火をつける。

一服するおれに、チンピラたちは戸惑ったのか、怒声を浴びせてきた。

「てめぇ、どこのもんだ」

「ただじゃすまねぇぞ」

おれは、おやじを殺した日を思い出す。

あの日も、雨が降っていた。

生まれた街は、この映画みたいによく雨が降る街だったと思う。

おやじは、お袋がひろってきた5人めのおとこだった。

そいつはペドフィーリアの金持ちに、おれを売り払いやがったんだ。

おれは金持ちがコレクションしていたコルトSAAを盗んで撃って、逃げだすと家に帰る。

お袋の上に乗っかってたおやじを、おれは45口径で撃った。

うまくあたらず、銃弾は頚動脈を裂いて血飛沫が上がったのを思い出す。

吹き出す血を赤い雨のようだと、おれは思って見ていた。

チンピラたちは、客席を乗り越えて思いでに浸るおれに近づいてくる。

おれは、エジェクターロッドを操作して空薬莢を抜くと、2発補弾した。

咥え煙草のまま、おれは立て続けに撃つ。

銃の反動を利用して、左手の手のひらで撃鉄を起こすファニングと呼ばれる撃ち方をした。

西部劇で、イーストウッドが銃を撃つときのようなやり方だ。

一瞬にして、全弾を撃ち尽くした。

45口径は、5人のチンピラの心臓を貫く。

チンピラが死体となったのを確かめると、おれはスクリーンのほうを向き愕然とする。

ターバンを巻いたおんなが、立っていた。

月のように、美しいおんなだ。

完璧に気配を、消していた。

映画の中にいるひとのように、見える。

おんなは、一歩前に出て映画の中から現実に現れた。

そういえば、聞いたことがある。

この街には異邦警察というものがあり、危険な外国人を粛正するのだと。

そして異邦警察には、イサームという元テロリストの殺し屋がいると。

ちらりと視界の隅で何かが光り、おれは身をかがめる。

頭上を、ナイフが飛び去っていった。

頭をあげた時には、おんなは目の前に来ている。

おんなはショテルという半円形に歪曲した長剣を、おれに振り下ろしてきた。

おれは躱しきれず、コルトで剣を受ける。

おんなの顔が、目の前にあった。

なんという美貌だ。

死のように美しく、絶望のように艶かしい。

その瞳は、北の空に輝く冷徹で残酷な星の輝きを宿す。

おんなを見とれていたその瞬間に、もう一振りのショテルがおれに襲いかかった。

躱しようがない。

おれの頚動脈が裂かれ、血飛沫があがる。

おれは昏くなる意識の中で、スクリーンを見つめた。

停止したレプリカントが、雨にうたれている。

その雨の景色に、おれの血飛沫がかぶった。

「ああ、赤い雨が降っているぜ」

おれは、闇に沈む前にそう呟いた。


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