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ジャンク・ヤード  作者: ヒルナギ


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20/39

僕はたどり着けないかもしれない

空は凄く青かった。

それは、深く昏い海の底を天上に置いた鏡が写し取っているかのようだ。

あたしはその美しさに涙する。

空の中心に向かって青は次第に藍へそして昏い闇へと色を変えて行く。

誰も触れない天の高みは、宇宙そのもののような暗黒だった。

あたしは、浜辺に横たわってその次第に闇を広げて行く空を見ている。

あたしは眠っていたわけじゃあない。

気を失っていたのだ。

こめかみがずきずき痛む。

傍らには45口径のコルトオートマチックが投げ出されている。

そう。

あたしはこれをついさっきまで構えていた。

あたしの彼に向けて。

あたしの愛する、彼に向けて。


「あんたはたどり着けやあしないわよ」

「そう。僕はたどり着けないかもしれない」

あたしと彼の間には、穴があった。

世界の中心へ届いているかのような、深く昏い穴。

世界の三千箇所に忽然と現れたその穴は。

あたしたちをこの世界の果てまで誘う。

「けれども、誰かがこの世界の果てにたどり着き、歪みを正さなければならない」

時折、彼の身体は鮮烈な青の光に包まれる。

彼は、発病していた。

おそらく宇宙の彼方から飛来してきた三千個のマイクロワームホールは、地球を次元界の彼方と接続させ。

異世界の病を運んできた。

ブルーディジィーズ。

そう呼ばれるその奇病は。

ひとのこころを蝕み食い荒らす。

おそらくワームホールの彼方にたどり着くことができれば。

その病の根源を断つことができる。

そう信じられていたのだけれど。

果たしてそのワームホールへ入り込んだひとたちがどうなったかは、知られていない。

そして、彼は行こうとしている。

向こう側へと。

この世の彼方へと。

「死ぬというのはそう大した問題ではない」

彼は、むかつくほど平然と語りつづける。

「むしろ自らの意志において命を賭け金として差しだし行為を行えるのなら、それは幸いというべきだ」

彼は落ち着いていた。

いつものように。

いつもの会話、昨夜の食事がなんだったかを語る口調で話しつづける。

「不幸なのは、意志に背いて生きつづけることだ。そう思わないかい?」

「ふざけんじゃないよ」

あたしは言い放つ。

「かっこつけてるんじゃないわよ」

「意志に背き生を強要されるのであれば、それは家畜の生だ。生きる自由は。死の自由が与えられてはじめて成り立つ。死という選択肢を封じられて生を与えられるなら、それは自身の意志において生きるのではない」

「じゃあ、あたしが殺してあげる」

あたしは45口径を彼に向ける。

9ミリ弾ではひとを殺すにはパワーが不足しているとして、かつてUSAが軍用に採用したオートマチック。

彼は、蒼ざめた輝きを放つ45口径を見て薄く笑った。

「君は僕を死なせたいの、生かせたいの」

「舐めたくちきくんじゃないの。これはそういうことじゃない」

あたしはひとりでいきりたった。

「あんたさ、あたしを人殺しにするつもり? それにあたしはあんたを殺したあと、死ぬ気だよ。あんたあたしをひと殺しにしておいてさらに殺すつもりなの」

彼は苦笑した。

あたしは撃つ。

轟音が浜辺を切り裂く。

ひとを一撃で殺す巨大な銃弾は、彼の頬を掠め海の彼方へ消えて行った。

「そこは笑うとこじゃないよ。感動しなさい」

あたしは、厳かに言った。

「あたしの命がけの愛に感動して涙しなさい」

「判ったよ。君と一緒に家へ帰ろう。ただ」

「ただ何よ」

「煙草を一服させてくれ。こころが落ち着いたら帰ろう。君の銃弾は僕の腰を抜かしたから、歩けない」

あたしは、彼に煙草とライターをほうり投げる。

彼は、海を背にして煙草に火を点けた。

薄暗い、黄昏時の海辺に真紅の火が灯る。

あたしには、それが希望の火に見えた。

彼は煙を吐くと、あたしが愛用しているジポーのライターを閉じる。

そして。

あたしは眉間に、痛みをうける。

彼がほぼノーモーションで投げたジポーのライターが眉間に命中したのだ。

あたしは反射的に目を閉じていた。

次の瞬間にはあたしはコルトオートマチックを奪われて。

銃身でこめかみを一撃され砂浜に仰向けに倒れていた。

最後に見たのは。

いやになるほど冷静な彼の笑み。


あたしは、空を見る。

彼はたどりつけないかもしれない。

もう数千人のひとがこの世の彼方へと向かい、たどりつけなかった。

彼もたどりつけないかもしれない。

ああ、あたしはため息をついた。

好きにすればいいじゃん。

あたしは。

この世界であたしの生をまっとうして。

いつかこの世の果てからだって、彼を引きずり出してやるよ。

そう、思った。


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