99階
奇妙な浮遊感が、おれを包んでいる。
一体落ちているのか、昇っているのか。
そこは、闇の中だ。
時折、視界が赤く染まる。
血がおれの目に、流れ込むためだ。
おれの頭には、穴が空いている。
おれのおんなが開けた穴だ。
そこから流れ出す血が、視界を赤くする。
その向こうに、数字が見えた。
カウントダウン、いや、カウントアップしていく。
ここは、エレヴェーターの中らしい。
一体どこまで、ゆくのだろう。
50、51、52、53。
それが階数であるのなら、とんでもなく高いところへ昇っている。
深紅と黒が交錯する視界の向こうに、操作パネルが見えた。
最上階は、99階。
99階!
この世の果てのような、空を突き抜けてしまうような高さだ。
一体おれは、何をしようというのだろう。
おれの頭には、穴が空いている。
おれのおんなが、開けた穴だ。
おんなはおれの頭を、コルトウッズマンで撃ち抜いた。
22口径の銃弾は、奇跡的におれの眉間から頭に入って、脳を傷つけずに頭頂から抜けたようだ。
ああ。
空の高みでは、鳥たちが羽ばたき。
地上では、犬たちが駆け抜け。
ジャンクヤードには、鼠たちが息をひそめているというのに。
なぜおれの隣には、おんながいない。
おんなは、夜行列車にのって旅だったと、やつらが言っていた。
やつらは白衣を身に付け、笑いながらおれを拘束衣に押し込んでベッドに縛り付ける。
白衣のおんなが、笑いながらおれの頭蓋骨をドリルでこじ開けていく。
やつらは、頷き微笑んで、おれの頭の中にたらふく薬をぶちこみやがる。
71、72、73、74。
おれは、エレヴェーターで99階を目指していた。
この世の果てのように、空の向こうのように高いその場所。
一体そこに、なにがあるってんだ。
22口径で開けられた頭の穴からは、ひっきりなしに血が流れ出す。
それは、煤のような灰色の闇に、赤い稲妻みたいな亀裂を走らせる。
不思議と苦痛はなく、ただ虚無感があるばかりだ。
どこにも向かわず、落ちていくような、昇っていくような浮遊感。
おんなは、おれのもとから去っていったとやつらは言う。
おれは、やつらから奪った注射を、腕につきたてる。
それは、おれを解放し、自由にするはずのもの。
しかし、そいつはおれの腕に開いた穴へ吸い込まれていくばかりだ。
85、86、87、88。
どこかで、誰かが叫んでいる。
「さあ、跳べ、跳べ、跳べ!」
やがて、エレヴェーターはたどり着く。
99階。
空は、青い。
静かで透明な湖のような、青さだ。
突然、その空が割れ、真っ黒な闇が出現する。
その闇の中から、爆弾が降ってきた。
幾百ともしれぬ爆弾が、さらに分裂し、幾千、幾万となり、鋼鉄の雨のように地上へ降り注ぐ。
地上はこの世の終わりのように、焔につつまれた。
おれは、隣をみる。
おんながおれを見て、にっこりと微笑んだ。
何千人ものひとびとが、合唱するのが聞こえる。
「さあ、跳べ、跳べ、跳べ!」
おんなは、にっこり微笑みかけると、おれの背中を押した。
おれは、99階から飛び出す。
落ちているような。
昇っているような。
奇妙な浮遊感。