移民の歌
「ヴァルハラ、我は来たり」
彼らのいたその地は、冬の帝王が支配する地であった。
「冬」は、氷と雪で世界を支配する。
「冬」にとって、ひとの命などとるにたらぬものだ。
それは、無慈悲ですらない。
暴虐の限りを尽くす「冬」にとって、自らの力で失われる命になんらかの関心をもつ必要が、そもそもあろうか。
ひとの命は、「冬」にとって大地を舞う雪片と同じ程度の価値しかない。
そして彼らは、その冬の帝王から残酷でかつ暴虐であることを、学ぶ。
彼らにとっては、命を奪うことはむしろ祝福であったに違いない。
「冬」の暴虐な支配から解き放ち、ヴァルハラへと送る。
命を奪うことは、そういうことなのだから。
だから彼らはあたかも「冬」がごとく、殺し、殺して、殺し尽くした。
おんなを殺し、こどもを殺し、貴族も殺し、奴隷も殺し、王であれ死の前に平等であることを求めた。
彼らの剣は常に血で染められ、乾くことはない。
しかし、ある日彼らは考えた。
この、暴虐で残酷な灰色の空の向こう。
凍てついた、銀灰色の海の彼方に。
「夏」があるのだろうか。
彼らは、ある日世界の彼方である「夏」にとり憑かれたのだ。
それは、もしかしたら彼らを焼き殺すかもしれない。
「冬」以上に凶悪で残酷な存在かもしれないのだが。
彼らにとって、そんなことは知ったことでは無かった。
彼らは、いかにしてであったかは知らないが、ここではない何処かがあることを知ったのだ。
だから、彼らはそこへ向かった。
理由なんて、きっとひとつしかない。
それがどのように恐るべきところであろうと、ここではないどこかがあるのなら。
彼らは、そこへ行くしかなかったのだ。
彼らの魂を、解き放つために。
彼らは、金属のように凍てつき重々しくうねる海を、越えてゆく。
彼らは、巨大な獣の群れのように空を覆った雲からの冷たい風を受け、海を渡った。
海に落ちた雪片のように、彼らの命は奪われていったが。
それすら、彼方を目指さない理由には、ならなかった。
彼らの信仰するヴァルハラが、彼らに求めたのだ。
彼方を目指せと。
そして、「夏」へと辿り着き。
明るい日差しと、緑なす草原を目にして。
彼らは、叫ぶ。
「ヴァルハラ、我は来たり」
彼らは、その地に留まるであろう。
再び、彼らが彼方を見いだす、その日まで。