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記憶の箱

あたしは、雑踏が苦手だ。

ひとが多いと、何か異様なものを感じてしまう。

ひとがひとに見えない感じ。

まるで無数の操り人形が、耳には聴こえない音楽に合わせて動いているような。

非現実的な感覚に陥ってしまう。

そんなときは、頭の中でぼんやり想像する。

自分の腕の中にはマシンガンがあって、それを撃ちまくることを。

操り人形となったひとたちは、みな崩れ落ちあたしに見えない糸や聴こえない音楽は打ち消され、消えてゆく。

後に残るのは平穏な静寂だけ。

そんな想像はあたしをうっとりさせ、無意識のうちにあたしの口元に笑みが浮かぶ。

多分、そのときもあたしはきっと、ぼんやりと無意味な笑みを浮かべていたのだろうと思う。

気がつくと目の前に彼がいて、あたしはどきりとした。

その彼は。

灰色となった群集の中で、たったひとり色彩を纏っている。

青い海のような色をしたコートを身に付けた少年。

その彼だけは、ひとびとを操っている魔法の音楽が聴こえていないように。

雑踏の奏でる足音のリズムから、解き放たれており。

あたしの半径5メートルくらいの空間に、静謐さのバブルを作りあげていた。

その少年は小鹿のように愛らしく、優しげな瞳であたしを見ていたのだけれど。

突然その黒い宝石のような瞳から涙が溢れだして。

あたしは、とても狼狽えた。

なにかを言わないと、そう思ったのだけれど口をついてでたのは、あのとか、そのとか意味のない言葉だけで。

語りだしたのは、彼のほうだった。

「やっと会えました。いったいあなたは、どこに行ってたのですか?」

「えっと」

あたしは、彼の言葉を聞いてさらに狼狽えることになった。

だって全く彼のことは見覚えがなかったからだ。

もしどこかで会っていたとすれば絶対忘れないような印象的な少年だったので。

あたしは、さらに言葉を失ってしまう。

「あなたは僕を助けてくれたのに」

少年は、涙を流し続けながら言葉を重ねる。

「そのあとに姿を消してしまうなんて」

「あたしが」

かろうじて、言葉を紡ぐことができた。

「あなたを、助けた?」

少年は、とめどなく涙を流し続けながら頷く。

「ええ。あなたはあのグリフォンを引き連れて、塔の中で魔法の眠りに閉ざされていた僕を救いだしてくれた」

えっと。

話が全く見えなくなった。

何それ、夢の話かなにかなの?

そう思ったけれど、何も返すことはできずにあたしは馬鹿のように立ち竦んだまま、涙をこぼし続ける少年を見ている。

なんだか目が溶けてしまいそうなんて、さらに馬鹿げたことを考えていたときに、突然手を掴まれた。

少年は、あたしの手を取ってどんどん歩いてゆく。

あたしは、思考が麻痺してしまった感じで、少年の後に続いた。

あたしたちを包んでいる、静寂のバブルは弾けずに残っているようで、雑踏の中であたしの耳は何も聞き取ることはない。

ただ、少年の息づかいと足音を除いては。

少年は、唐突に何処かのビルに入ってゆく。

あたしたちは、そのビルの地下へと降っていった。

あたしと少年は。

深い森の奥へと入っていったヘンゼルとグレーテルのように。

暗く深い都市の地下へと入り込んでゆく。

迷路のように入りくんだ階段と通路を幾つも幾つも通り抜けてゆき。

いつしかあたしたちは、その地下室に辿り着いた。

夕闇が支配しているみたいに、薄暗い部屋。

天井か高く、教室のように広い部屋だ。

その壁には図書館の倉庫みたいに、無数の本が並べられており。

部屋の中央には、木の長机が置かれていた。

古めかしく、墓地のような静けさに満ちた場所。

そこではもう少年は涙を流しておらず、あたしの手を離すとその箱を引っ張り出してきた。

大きな1メートル四方はある箱を長机の上に置く。

その箱を少年が開けたとき、あたしは息をのむ。

箱の中には小さな女の子の人形と、動物の人形、おそらく狼と鷹、それに木製の積木が重ねて作られた塔があった。

あたしは。

唐突に、自分が涙を流していることに気がつく。

少しづつ、少しづつ、記憶が戻ってくる。

幼い日。

まだあたしが学校へ行く前。

その時、あたしたちはやはりこうして。

世界を造り上げたのだ。

この小さな箱の中に。

二人で、話をしながら。

そこは、高い高層ビルの中にある閉鎖された空間で。

あたしの手には少女の人形。

彼の手には、少年の人形。

青い海の色をしたマントを纏ったその人形は、高く積み上げられた塔の上に横たわり。

あたしの手にした少女の人形は、狼と鷹をしもべとして、幾つもの冒険を越えて。

魔法使いたちと取引をして、あたしの魂を少しづつ切り売りしなから。

少年のもとへと辿り着いたのだった。

表情を無くした彼はあたしたちの紡いだ物語が最後に至ったとき。

少女が魂の全てを失ってようやく塔の少年の元へついたとき。

はじめて涙を流し。

そっと微笑んだ。

なぜ、忘れてしまっていたのだろう。

あたしたちは、その物語を完結させて、彼のこころを取り戻し。

ある日彼が部屋から消えて。

あたしは。

あたしは、一体。


あたしは、気がつくと雑踏の中にいた。

あたしは、夢を見ていたのか。

それとも封印した記憶のフラッシュバックの中にいたのか。

とにかく、もう目の前には誰もおらず。

ひとびとは相変わらず、操り人形のようで。

聴こえない音楽が世界を支配しており、群集の足音が決して理解できないリズムを奏でている。

あたしはいつの間にか流していた涙を拭うと、こころの中からいつものようによこしまな妄想を引き出して身を守りつつ。

一歩前へと進むことにしたのよ。


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