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スイッチ・オフ

幾千もの刃が降り注ぐような日差しの下、彼女は夜の闇のように黒い蝙蝠傘をさして現れた。

「なんで蝙蝠傘なんだよ」

おれの呟きに、彼女は美しい、

そう、大輪の花が開いたように美しい笑みを浮かべて応える。

「決まってるじゃない」

彼女の傘の中だけは、太陽の支配から免れた黄昏の空間であり、彼女が支配する世界である。

彼女はその世界に相応しい月の輝きのような笑みを見せ、言葉を続けた。

「日が照ってるからに決まってるじゃない。馬鹿ね」


戦争は、補給路の確保によって勝敗が決まる。

そういうやつがいるが、まあ、そういうやつは戦争というものが判っていない。

じゃあ、USAがベトナムで戦争に負けたのは、補給路の確保に失敗したからなのかいうと、そうではないだろう。

戦争の勝ち負けというのは、戦う意思の有無によって決まる。

戦う意思を失った国が負ける、ただそれだけだ。

戦争のことはさておいといて、ビジネスにおいて補給路に相当するものは販路だといっていい。

市場という戦場へ商品という武器を送り込むための補給路が、販路である。

ゲイツやジョブスが成功したのは、ようするに販路の確保が天才的だったからと言っていい。

ゲイツなんざ、技術者としては三流以下である。

WINDOWSは高校生が夏休みの宿題で作ったレベルのOSだ。

いや、正直高校生ならもう少しましなものを作るんだろうけれど。

おれは自慢ではないが、少なくともゲイツよりは多少ましな技術者である。

本当に自慢にはならないが。

ただ、残念なことにおれの仕事はビジネスというレベルには遥か遠い。

高校生の夏休みのアルバイトレベルである。

いや、正直高校生ならもう少し稼いでるかもしれない。

おれのやっているのは、ジャンクな仕事だ。

おれが自分の技術を売り込むための販路を、ジャンクなレベルしか確保できなかったということだ。

そして、いまおれの前にはそのジャンクな販路を握っているおんながいた。

「いつもにもまして、呆けた顔してるじゃない。やる気あんの?」

「いや、すまない」

おれは肩を竦めた。

おんなは少しいらついた目でおれを見ている。

いつものように黒いビジネススーツを纏い、高いヒールの紅い靴を履いていた。

「夢見がわるかったんでね」

「どんな夢みたのよ」

「おれが昔、殺したおんなが蝙蝠傘さして出てきた」

おんなは苦笑する。

いいおんなだとは思う。

口説いてみたくなるくらいには。

ただ、辛らつな言葉に耐えれるだけの気力があればの話しだが。

「あんたにひと殺す甲斐性があったとはね。まさか、そのおんなを愛していたいたとか言わないよね」

「悪いかよ」

ちっ、とおんなは舌打ちしてみせる。

「反吐がでるほど陳腐だよ、あんた」

「洗面器、もってこようか?」

「あたま、ぶち抜いてあげようか?」

おれは、肩を竦める。

「そろそろ本題に入ってもいいんじゃないのか」

「スイッチを消して欲しいの」

おれは、ため息をつく。

「もう少し、説明がいるだろう。どこのシステムにハッキングするんだ?システムをダウンさせるのか、それともそのシステムがコントロールしている装置を停止させるのか言ってくれよ」

「いいえ」

おんなはむかつくくらい、無表情のまま言葉を重ねる。

「スイッチをオフして欲しいの。手でね」

「ええっと」

おれは首を振る。

「そいつは、おれの仕事じゃないと思うね。ほかをあたってくれ」

「ある資本家のプライベートな部屋なんだけれど。セキュリティが尋常じゃないのよね。傭兵の斡旋所にもオファーを投げたけれど、セキュリティシステムにハッキングできるひとじゃないと無理っていわれたのよ」


見晴らしのいい部屋だった。

夜の街は、宝石箱のように煌いている。

おれはコンドミニアムの窓から、光り輝く夜の街を見下ろしながらため息をつく。

都会のベイエリアに建てられたコンドミニアムにしてはセキュリティが厳重である。

どうやらここの持ち主は、テロ恐怖症であったようだ。

セキュリティを特注で改造し、強化したらしい。

ドアにしろ窓にしろ赤外線監視システムが幾重にも張り巡らされ、侵入者があれば警備会社へ通報がゆき5分以内にガードマンが駆けつけることになる。

ただ、システムにハッキングし、贋の監視情報を流し続ければどうということはない。

指紋認証の電子ロックくらいは、おれにも楽に乗り越えることができる。

実際の部屋への突入は、本来おれの仕事ではないが傭兵を雇うと割り高になるという理由でおれがやるはめになった。

おかげで44マグナムというおれには似合わないしろものを尻ポケットに突っ込んでいる。

おれはシンプルで都会的なデザインのリビングを抜けていく。

おれがオフするスイッチは、奥のベッドルームにある。

おれは、携帯端末を取り出すと操作してベッドルームのドアに取り付けられた指紋認証ロックを解除した。

全くベッドルームのドアにまで、セキュリティロックとはいかれている。

おんなをつれこんで抱きかかえてベッドルームにいくときに、いちいち指紋認証するというのだろうか。

金持ちの考えは判らん。

ベッドルーム。

そこは、月に支配されているように。

蒼ざめた光に満ちていた。

タンニングマシーンから漏れる紫外線が、部屋を照らしている。

なんのために、わざわざベッドルームにタンニングマシーンを置いているのかよく判らない。

金持ちが海辺のリゾートに行ったように見せかけるため、肌をベッドルームで焼くとも思えないが。

日焼けサロンにいけばお目にかかれるようなごついタンニングマシーンが置かれている。

そいつは、当然ながらセキュリティシステムにコントロールされているわけでもなく、手でオフする以外手立てがない。

電力会社のシステムをハッキングしてここへの電力供給を停止するという手もあるにはあったが、たかがタンニングマシンを停止させるにはリスクが高すぎるし、コンドミニアムは自家発電システムを持っているようなのであまり意味がなかった。

なぜタンニングシステムを消さないといけないかは聞かなかったし、聞きたくもない。

金持ちの事情に踏み込むと、ろくなことにならないからだ。

おれはタンニングマシンのそばに立つ。

おれは。

身体が凍りつくのを感じた。

タンニングマシンの中にひとが居たからだ。

このコンドミニアムの、このユニットにひとがいるはずが無かった。

もともとユニット全体の生体情報が監視されており、生きているひとがいればモニターに情報があがってくる。

おれがハッキングして捕らえたモニター情報には、生きているひとの存在を示すものはなかった。

生きているひとでなければ、死んでいるひとということになる。

死体の肌を焼いているのであれば。

グロテスクの極みといっていいだろうが。

おれはそのひとが生きているのかどうか見極めがつかなかった。

生きているかはともかくとして、その身体は多分おんなのそれだ。

部分的にしか身体が見えないけれど、見えている部分のラインはおんなのものであった。

そして生きているものにしては、あまりに気配が無さ過ぎるし気を失っているいるにしても呼吸や脈動の動きすらない。

肌は死体のそれというよりも、人形のそれに近く陶磁器のように滑らかで白く輝いていた。

おれはあれこれ考えるのをやめて、スイッチに手をかける。

おれは。

おれのこころの奥から。

いや、全身全ての細胞が悲鳴をあげて警告しているのを感じた。

逃げろと。

スイッチに触れず、このまま立ち去れと。

携帯端末がバイブ機能で着信を示す。

おれはそれを手に取った。

『まさか今更怖気づいたりしてないよね』

依頼人の辛らつな言葉がおれの耳に飛び込む。

『引き返せないよ、もう。消しなさい。でなければ死ぬことね』

おれは、スイッチを消す。

夜が全てを支配した。

凍りつくような冷気が部屋を満たす。

闇が凝固してゆく。

タンニングマシンの上部が開き、おんなが立ち上がった。

輝く月のように白いおんなの肌は。

あたりを蹂躙するように、蒼ざめた光を撒き散らしており。

夜の闇よりも昏く深いそのひとみは。

漆黒の剣となりおれを貫いていた。

その顔をおれは知っている。

おれが愛して、おれが殺したおんな。

その心臓に木の杭をつきたてるという時代錯誤じみたやりかたで殺したおんな。

ああ、おれは殺したいほど愛し。

全てを手に入れたいと願ったあまりに狂ってゆき。

それでも、おれはおんなの住まう世界へとは踏み込むことができず。

愚かにも。

惨めも。

おれはおれの現実へと逃げ帰ってゆき。

おんなの住まう輝かしい幻想ごとおれは。

おれは、そう殺したのだ。

今再びおれが、44マグナムを使ってそうするように。

スナッブノーズのスミス&ウェッソンは落雷のように派手な銃声を届かせた。

おんなの額に真紅の薔薇を思わせる紅い血が花開き、おんなの美しい、

そう、大輪の花が開いたように美しい笑みを真っ赤に染め上げた。

おんなは、汗を拭うようにあっさりその血をふき取ると、紅く染まったままの口を開く。

「銀の銃弾を使うなんてさすがね、愛しいひと。でもだめよ」

おんなは果実のように優美な膨らみを見せる自身の胸を指し示す。

「ここを撃ちなさいよ。心臓のあるとこ」

おれが狙いを変えようとしたその瞬間に手から銃はもぎとられ、おんなの手の中で鉄屑と化した。

「さあ、いらっしゃい。愛しいひと」

驚いたことにおれの身体はおれの意思に反して、一歩前へと踏み出していた。

おんなは満足げに頷く。

「あたしとあなたが最後にかわした口付けを覚えているかしら」

おんなはくすくす笑った。

「そ、あのときにね。あたしはあなたに血を飲ませたの」

おれはおんなの抱擁に身を委ねながら。

真っ黒い快楽に飲み込まれていった。

「三年かかったわね。あたしが身体を再生するのと。あなたの身体を造りかえるのに。あなたはもう、立派な夜の眷属」

おれはおんなの口付けをうける。

それはおれの現実のスイッチを。

そっとオフにした。



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