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人生はデスマーチ

あたしは、相変わらずデスマーチのただ中にいた。

デスレースだったら格好いいんだけれどもね。

あれは狩る側、奪う側だから。

デスマーチっていったらもう、あれじゃあない。

旧軍のほら、飢えと疫病で苦しみながら行軍をジャングルで続けるやつ。

そんな感じでさ。

なんていうかUSAとかでは、リスクマネージメントとして危機的な状況では十分な睡眠をとるように指導するっていうけど。

この島国では違うんだよね。

デスマーチに陥るこの島国独自の原因として、昔評論家がいってたけれどさ。

なんか呪術的な原因があって、自分をいけにえとして捧げることによって、プロジェクトを成功させようっていう。

ファック。

そんなわけあるかっての。

ただただひたすら、目の前の仕事を片付けていく。

マシーンになって。

今や週のトータル睡眠時間が5時間くらいになってる。

平均じゃなくてトータル。

ひとはまあ意外と寝なくてもやっていけるもんだ。

まあ、中には端末のディスプレイから小人が出てくるのをみるひともいるけれどね。

血塗れの別れたはずの恋人が隣に座ってるのを見たって子もいたけど。

あたしは、見たことないね。

残念ながら。

「チケット発行されてるよ」

あたしは、後ろから声をかけられ、げっとなる。

ファック。

チケットきりすぎだろ。

一日100は越えてるだろうか。

そんな乱発されたら、redmineの意味がなくなる。

「ファックって。欧米かよ」

同僚のおとこのこが、目を丸くして苦笑する。

あたしは、肩をすくめた。

「あたし、くちにだして言ってたんだ」

「ああ、もう思考だだもれな感じ?」

「やばいね」

彼は口を歪めて笑うと自分の作業に戻る。

あたしは、試験チームが発行したチケットの中から自分の担当するモジュールのチケットを見つけだす。

もう、自分の担当分の滞留だけでも二桁になってる。

タスク管理もくそもない。

ファック。

100件以上は発行されるチケットを捌いているのはあたしたち五人のチームだ。

やはり、五人の試験チームがいる。

彼らは二十四時間試験し続けて、チケットをきりまくっていた。

でもプロジェクト全体だと四十人くらいはいるはずなんだよね。

半分の二十人ほどは、一日十二時間くらい会議をしている。

会議のうち半分くらいは、会議のための会議であり、会議のための会議のための会議なのだ。

で、残りの十二時間を会議の準備に費やしてる。

ファック。

あり得ない。

んな暇あったらチケットのひとつも捌けよっと思う。

んで残りの五人くらいは、管理している。

何をって?

よく判らんけどスケジュールとタスクの管理らしい。

redmineいらんではないか。

で、あと五人は予備部隊になる。

たまにぶったおれたりあたまがいかれるやつがでるので、随時入れ替えていた。

でもタフなやつ。

あたしみたいな。

そういうのは、交替なしでフル活動になる。

ファック。

ふざけんじゃねえ。

死ぬかくびになるかしか、選択肢がないのかよ。


視界が白い。

あれっ?

あれあれっ?

自分が見ているのが天井であることに気がつくのに、数分かかった。

うそ。

あたし寝ていた?

あたしは、ベッドの上にいた。

飛び起きる。

病院の入院患者が着るようなガウンを身に付けていた。

「え、あたしのチケットはどうなったの?」

「君は病院にいるんだ。電車に乗ってるわけじゃない」

ファック。

そのチケットじゃなくて、redmineだよ。

そう思いながら、思ってるだけじゃあなくてくちにだしてしまいながら。

あたしは振り向いて、その白衣のおとこを見る。

学者っぽい。

整った特徴のない顔に眼鏡をかけてる。

彼は、無言のままあたしを導くように歩き出す。

あたしは、よく判らないまま彼についていってしまった。

いやこんなことしてる場合じやなくて。

つーかもう、あたしはくびになったのだろうか。

ファイア。

どうするよ。

あたしのくそ高い家賃とアルファロメオのローンと実家への仕送りとその他もろもろ。

あたまがくらくらするまま、だだっ広い部屋へでた。

白い部屋だ。

氷に閉ざされたような、雪に覆われているような。

柔らかくて冷たい白。

部屋の中央には、漆黒の棺桶みたいなグランドピアノが置かれている。

ファック。

一体何よここ。

「ああ、君は今ナンシーなんだね」

「ナンシーってあたしが?」

「ああ、君の口調がナンシー・スパンゲンみたいだから」

馬鹿か、こいつ。

そう思いながら、ピアノの前にゆく。

気がつくと、あたしはその前に座り、手を鍵盤にかざしていた。

ポンポロロン、ポロロンポン。

えっと。

何これ。

あたしの両手は、メロディを奏でだす。

哀愁を帯びたどこか優しく不思議に切ない。

突然、両腕はトップスピードに入り超絶技巧の楽曲が溢れ出していく。

真白き部屋に極彩色の輝きを降臨させるかのような、激しい演奏。

っていうか、あたしが弾いてんだよね。

ありえないし。

「マルタだよ。弾いているのは。君の中のもうひとつの人格」

「マルタってまさか」

「マルタ・アルゲリッチ。思いついた女性ピアニストがそれだったもので」

いや、ほんと馬鹿だろ、おまえ。

「マルタはラフマニノフのピアノ協奏曲三番だけを完璧に弾きこなす。他には全く何も弾けないのだけれどね。モーツアルトも、ショパンも全くだめ」

唐突にはじまったその楽曲は、唐突に終わりをむかえる。

(ごめんなさいね。驚かせてしまったかしら)

いやいやいや。

マジでヤバい。

どういうこと? あたしの中から声がする。

(わたしはマルタって先生が呼んでたでしょ)

あたしは、一体なんなのだろう。

そのだだっ広い部屋から外へ出る。

ベランダだったが、自殺防止のためか高い金網で覆われていた。

金網の向こうは、海が見える。

コバルトブルーの澄んだ輝きを放つ海。

とても美しい。

あたしは思わず涙していた。

(ねえ。泣かないでよ、ナンシー)

いや、そう言われても。

あたしは、気がつくとわぁーわぁーいいながら泣いていた。

海風が涙を飛ばしてくれる。

(あなた、いつもコンピューター使って仕事する夢みてるよね。あたしあれ好きよ)

あたしの現実はここでは夢なんだ。

全てこの白くて閉ざされた城の中では、夢に過ぎない。

はぁっ。

とため息をつくが、どうしようもない。

「あたしって二重人格だったんだね」

(違うよ)

うーん。

そう言われても。

じゃあなんなのさ。

(三重人格だと思うよ)

なんと。

(もうひとりいてる)

そいつは、どんなやつなのさ。

(うーん。あたしは苦手。みほっていう子)

まさかそれも、あの先生が名付けたわけ?

(うん。昔のフランク・ミラーが監督した映画に出てくる女の子の名前。冷酷な殺人マシーンの役)

げげっ。

まさか。

(看護師の頚動脈をボールペンで切り裂いたらしいよ)

なんと。

じゃああれか。

あたしはそのみほが出てきたらきっと日本刀で、ひとを斬り殺すんだ。

(ひとを殺すのに日本刀はいらない)

あたしの中であたらしい声がする。

多分、みほなんだろうね。

まあ確かにそうだろうけれど。

(殺すために必要なのは、殺す意志だけ。ただそれだけ。ひとはなぜひとを殺さないか知ってる?)

知らないよ、そんなの。

(オートマチックに支配されているから。オートマチックは専制君主。ひとを隷属させ、ひとの意志を奪い取る。ぼくはレジスタンスとしてひとを殺すのさ)

ああもう。

好きにしてくれ。

これはもう、デスレースなんだろうか。

いや、デスマーチなんだろう。

ただ、交差している。

あたしはというかこの身体はいつのまにか交差点になった。

人生の交差点。

その人生はみんなデスマーチ。

(人生は、デスマーチ。へど吐き、血を吐き歩こうよ)

いや、なんで声を合わせて歌うかな。

ファック。


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