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「ほんとうににいっちゃうの?」
翌日。空は雲ひとつない快晴だった
私の心とは真逆な、憎たらしいくらいの青空
泣きながらスカートに縋り付くユイナも、そんな青空とは真逆な土砂降りのような泣き顔だ
私だって、泣き出してしまいたい
でも、ここで泣いてしまったらみんなを心配させてしまう
精一杯の笑顔をみせて、安心させなくちゃ
ユイナの視線に合わせる為にしゃがみ、小さな肩手を添える
「ユイナ、ちゃんと姉さんの言うことを聞くのよ。これから我儘を言ってはダメ。いい?」
慰めるように、心を落ち着かせるように、優しく語りかける
「ユイナ、いい子にしてる。そしたら、すぐにかえってくる?」
「・・・ええ。必ず帰ってくるわ」
すると、まだ涙の残る瞳でユイナは満面の笑みを見せてくれた
その姿が愛しくて、私はユイナを力一杯抱きしめた
「ロザリー、これを」
ユイナから体を話すのと同時に、姉さんが後ろから私の首に何かを掛けてくれた
小さな宝石のついた、銀色のロケット
このロケットには、見覚えがある
「これ、母さんの・・・」
「そうよ。母さんの形見。御守り替わりに持っていって」
亡くなった母が毎日つけていたロケット
薔薇の模様が描かれた、古い物だ
こみ上げる感情を押し殺し、ロケットを握り締める
姉さんがくれた母さんの形見
苦しくなったときは、これを握り締めるればいい
「ロザリー・・・!!」
姉さんがユイナごと私を抱きしめた
姉妹三人で、きつくきつく抱き合う
自分達の絆を確かめ合うように、お互いの幸せを祈りながら
「さぁ、時間です」
メガネをクッと上げながら、弁護士さんは言った
もう、離れなくてはならない
「落ち着いたら、手紙書くわ!」
馬車に乗り込み、窓からさけぶ
私は、小さくなってゆくみんなをみながら手を振り続けた
「あなたの仕事先ですが、メイドとして働いてもらいます」
家からだいぶ離れた時に、弁護士さんは資料をみながら言った
「メイド?」
持っていた資料を私に渡し、弁護士さんはまた違う資料をカバンから取り出した
その資料には、私のプロフィールが記載されていた
いったい、いつ調べたのか・・・
読み進めていくと、仕事内容がかかれていた
メイド、商店、工事、ベビーシッターなどなど
様々な項目がある
私はメイドに印がついていたので、メイドなのだろう
でも、仕事先がわからないままだ
「あの・・・この馬車はどこに?」
仕事先がわからないのに、いったいどこに向かうと言うのだろうか
「あなたのような境遇の人たちが集まる場所へ行きます」
「私のような境遇の人たち・・・?」
「ええ。そうです。駅に着いたら汽車に乗り換え一泊し、明日の夕方には着くでしょう」
そんな遠くまで・・・?
街の名前すらまだわからないだなんて
不安が尽きない
それから、汽車に数回乗り換えた。汽車に乗ったことなどほとんどないから、腰が爆破しそうだ
今も、何度目かの乗り換えた汽車の中だけれど、ずっと無言のままでとても息苦しい
二人きりだし、何か会話があってもいいよね・・・
「弁護士さん。弁護士さんは、どこに住んでいるんですか?」
思い切って話しかけてみた
「・・・何故、そんな事を聞くんですか?」
メガネをクッと上げる
何故そんなくだらない質問を?と言う顔だ
「いえ・・・別に。ただなんとなく・・・」
会話が続かない。気まず過ぎる
「だって、私の街から遠くまで行くんですよね?しかも一緒に。だから、気になって」
「・・・そうですか。私はロンドンに住んでます」
「ロンドン!?」
そんな遠くからわざわざ・・・
私の街は、ロンドンとは真逆と言ってもいいくらい離れている
「何故、私の街に?」
「仕事ですから」
それだけ?冷たいな・・・
まぁ、私なんかと仲良くする気は無いんだろうけど
それから、あまり続かないが他愛ない話をした
淡々としているが、少しは不安か和らいだ気がした
朝早くに家を出てから、今はもうすっかり日が傾いている。半日くらい移動してたのか・・・
ご飯もまともに食べさせてもらえていないからお腹も空いた上に、長時間の移動
今は汽車を降り、弁護士さんの後ろを付いて歩いているが、疲れすぎて足取りは重たい
顔を上げて周りを見渡すと街並みは、かなり変わっていた
かなりの、都会?
「あの、ここは?」
「ロンドンです。もうすぐつきます」
「・・・え?」
ロ、ロンドン?
弁護士さんが住んでいる街に来たってこと?
スタスタと早足で歩く弁護士さんの後を、必死に追いながら話しかける
「ここにあなたは住んでいるんですよね?なら、私あなたの会社に連れていかれるとか・・・」
「それは違います。それに、私は仲介役ですから」
「仲介役?」
「・・・今は弁護士ですが、本職は何でも屋だ」
な、何でも屋!?
弁護士さんって何者なんだろう・・・
弁護士としての仕事もこなせるし、凄く頭の良い人ってことは良く分かる
「弁護士では、無いんですね」
「今は、弁護士として雇われているので弁護士です」
「誰に・・・雇われたんですか?それに、どうして今・・・その事実を教えてくれたんですか?」
「・・・さぁ・・・何故でしょう。もしかしたら、珍しかったからかもしれませんね」
珍しかった?
「普通、家から引き離されて、しかも得体の知れない人間と一緒にいれば不安になるはず。どこに連れて行かれるのかもわからない。それなのに、あなたはずっと私に話しかけてきましたね。並大抵の精神力では無理です」
「なっ私だって不安ですよ!家族から引き離されて、父さんはまだ・・・」
「わかっています。さぁ、着きましたよ」
本当かなぁ・・・
ムッとしながら弁護士さんを睨む
そんな私を無視する弁護士さんの顔は、どことなく楽しそうだった
今まで無表情だったのに、弁護士さんの顔は少し表情が緩んでいるように見えて
案内された建物は古くて小汚い感じだった
「ここに、あなたのように出稼ぎに出された子供や売られた子供が集まっています」
私と同じような境遇の人が集められている場所・・・・
「さぁ、入りますよ」
戸惑う私なんて気にも止めない様子で歩き出す弁護士
さん
やっぱり冷たいや・・・
不安を押し殺すように持っていたカバンを握りしめ、弁護士さんに続いた




