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その夜は、いつもと少しだけ違った
あれから何日か過ぎ、この屋敷の仕事にも慣れたし、屋敷の構造もある程度分かってきた
いつもと変わらない日常になりつつあるのに、その夜は違和感があったのだ
「ねぇ、ジェンさん。リリーはどうしたの?」
夕食の時間には必ずいるリリーが居なかったのだ
それだけでなく、ベルーナさんも今日は見ていない
ジェンさんも、いつもより気を張っているように見える
「ああ、リリーは今日は外の仕事だ」
「外の仕事?」
メイドが外の仕事って、なんだろう
たまにジェンさんは買い出しに行くけど、こんな夜中に買い出しなんて行ってもお店は開いていない
「おめぇさんは気にしなくていいんだよ。さぁ、明日に備えてもう寝ろ」
「うん・・・おやすみなさい」
ロウソクの火を頼りに、地下の自室に戻ろうと廊下を歩いていたとき
ふと、窓の外に見慣れた人影が見えた
ツインテールの長い髪。小柄な体型の女の子
「リリー?」
その私は慌てて外に飛び出し、リリーの元に走った
「はぁ・・・リリー、おかえり!こんな遅くまでどこに・・・」
リリーに声をかけたが、どこかいつもと雰囲気が違う
あのお転婆な雰囲気ではない。冷たく、そしてどこか悲しいような雰囲気だ
リリー・・・?
「・・・・・」
戸惑っていると、リリーがゆっくりと動いた
僅かに此方をみた横顔は、少しリリーとは違った
綺麗に揃えられた前髪
リリーのトレードマークのひとつ
しかし、この少女の前髪は分け目がある
リリーじゃない
「あなたは、」
再び声を掛けようとしたとき
「何をしている」
急に後ろから声を掛けられた
振り返ると、そこにはユリウスさんが立っていた
「ユリウスさん、この子」
誰か知っているか聞こうと思ったが、女の子の方に向き直ると、その姿はどこにもなかった
ほんの一瞬前までそこに居たのに、何故?
「どうかしたか?」
「いま、あの、・・・」
まるで幽霊でもみた気分だ
ユリウスさんに聞き直す勇気が出てこない
「なんでも・・・ありません・・・」
「疲れているんだな。部屋まで送ろう」
あの女子は誰だったのか
リリーとよく似た女の子
聞きたいけど、あの少女が身にまとっていた雰囲気を思うと、何故だか怖くて聞けない
今までに感じたことのない感覚だった
恐怖心なのだろうか?
リリーとよく似ていたのに、正反対のような・・・
「どうかしたか?」
「いえ・・・」
あの少女の事を考えていたら、いつの間にか自室の前まで来ていた
「気になる事でもあるのか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。おやすみなさい、ユリウス」
「あぁ、おやすみロザリー」
ユリウスさんに別れを告げ、私はベットに入りすぐに眠りについた
翌朝私はいつもと同じ時間に目を覚ました
まだ夜が明けきれない、5時に
いつものように、顔を洗い、仕事着に着替え、髪を結び、家を出る時に姉さんがくれたロケットを首にかける
そう言えば・・・このロケット開かないのよね
中の写真が気になり、何度か開けようとしたのだが、開かなかった
よほど強く接着されているのだろう
それほど大切な何かを入れていたのかしら
「姉さん・・・ユイナ・・・」
ロケットを眺めていると、急に家族が恋しくなった
みんなどうしているかな?ちゃんと食べているのかな?父さんのケガは?
手紙を書きたいけど、屋敷の情報が漏れるといけないからと許してもらえない
あれなら何日も過ぎたが、屋敷の外にすら出ていない
逃げる事なんてしないんだから、買い出しとかでもいいから外に行きたい
未だにロンドンの街を全く見ていないのだ
まぁ、見たと言えばここに来る道中の街並みくらいだろう
外に出たい。屋敷の外に・・・
「今日ジェンさんに頼んでみようかな・・・」
駄目元でもいいから、頼んでみよう
そう決心し、私は握っていたロケットを邪魔にならないように服の中に入れて、私はキッチンへと向かった
「ぐぁー・・・ごぉ・・・」
「・・・・・」
厨房に入るや否や、ジェンさんの騒音のようないびきが響いていた
またお酒を飲み過ぎたんだわ
お酒が大好きなジェンさんは、たまに朝まで飲み続けている事がある
基本的にはいつもちゃんと起きて、朝ごはんをしっかり用意してくれているのだけど・・
・・・仕方ない。自分で何とかしよう
冷蔵庫の中から、使えそうな食材を探す
卵にベーコン、ソーセージ。それから野菜
スープは昨日の残り物を温めよう
どうせ作るなら、みんなの分も作ってしまおうかしら
そうだ、リリー。リリーは帰って来たのかな?
リリーの事を思い出すと同時に、昨夜のあの少女の事も思い出した
リリーに良く似たあの少女は誰だったのかしら
まだあったことの無い使用人がいたはず
それなら、あの子もそうなのかな?
「今度リリーに聞いてみよう」
軽く朝食を作り、ジェンさんのいびきを聞きながら食事を済ませた
一応みんなの分、それからまだあったことの無いボスの分まで作って置いた
「これくらいで足りるかしら?」
多めに作りはしたが、足りなかったらジェンさんがまた作るでしょう
私はジェンさんを起こさ無いように静かに片づけをした後、キッチンを出て仕事に向かった




