第一幕
広大な庭、美しく咲く花たち、揺れるブランコ
中流家庭では、誰もが羨む屋敷
生まれた時から、この立派な屋敷で育った
私の父の家庭は優秀で、代々大きな会社を経営していた
私たちは四人家族
毎日忙しく働く父
優しい姉、レイチェル
幼い妹のユイナ
父のお陰で私たち姉妹は、自由に本も読めたし、家庭教師も雇ってもらい、勉強もできた
母は、早くに亡くしていたが、とても穏やかな毎日だった
「ロザリー!またここにいたのね」
「姉さん」
「もう、そんな薄着で・・・もう春とは言え、まだ肌寒いでしょ?」
そう言って、羽織っていた肩掛けを私にかけてくれたのは、長女のレイチェル
私は庭で本を読むのが日課で、今日もお気に入りのブランコに揺られながら読書を楽しんでいた
「それで、何か用事?」
私は本にしおりをはさみ、本を閉じてから顔をあげた
「何か用事?じゃないでしょ。家庭教師の先生がもうお見えになる時間よ」
「もうそんな時間?」
いつのまに読みふけっていたのだろう
まぁ、こうやって時間を忘れるのはいつものことなんだけど
「さぁ、早く支度をしなさい」
そう言ってせかす姉さん
母を早くに亡くしてからは、姉さんが母親の役目をしている
私たち妹二人の面倒はもちろん、家事全般から父の仕事の手伝いまでしている
とてもしっかりしていて、優しくて、美しい姉さん
とてもお母さんに似ている
「ロザリー?何をぼーっとしているの?」
「え、あぁ・・・なんでもないわ。ちょっと冷えたみたいで」
「まぁ、そんな薄着だからよ。さ、中に入りましょう」
ブランコから立ち上がり、スカートを軽く払ってから、私は姉さんと家の中へと戻った
これが、私の変わらない、幸せな日常だ
ある日の夕食のことだった
「今日はお父さんおそいね。お父さんも一緒じゃないと、さみしいな」
まだ幼い妹のユイナが、パンをちぎりながらそう言った
時刻は午後7時。確かに、今夜はいつもより帰りが遅い
いつもなら、夕食の時間には間に合うように帰ってくるはずだ
しかし、今日は帰りを待っていたがなかなか帰って来なかった
「ユイナ、お父様は私たちの為に一生懸命働いてくれてるのよ?」
「うん・・・でも」
「そうね・・・それにしても遅いわね」
「今日は人手が少なかったんじゃないかしら?」
「そうかもしれないわね。でも、私たちが寝る前には帰ってくるはずよ。さ、早く食べてしまいましょ」
そう。直ぐに帰ってくるはず
出張以外で、私たちが寝る前に帰って来なかった日は、一度もなかった
だから、この日もいつも通りに帰ってくると、私たちは信じていた
「さすがに・・・心配ね。私会社に連絡してみようかしら」
姉さんにそう言われ、壁に掛けてある時計を確認する。時刻は夜中の10時になっていた
私は、寝る前は姉さんと必ず話をする習慣がある
今日も、姉さんの部屋のベットに腰掛け、ドレッサーに向かいながら髪を梳かす姉さんをみていた
綺麗なブロンドの巻き髪
母さん譲りだ
私は父さん似で、栗色のストレートヘアー
姉さんの容姿は母さんによく似たブロンドの巻き髪と、整った顔立ち
誰が見ても美人だと言うだろう
私は、そんな姉さんが羨ましくあり、誇りでもあった
「そうね・・・ハウゼンさんなら、まだ会社に居るんじゃないかしら?」
「ええ。電話してみるわ」
ハウゼンさんとは、父さんの仕事仲間であり、母さんの兄にあたる人だ
会社に電話をする為に姉さんが立ち上がったとき
リリリリリリ
タイミングよく電話が鳴った
「あら?お父様かしら」
パタパタとスリッパを鳴らしながら、姉さんが電話へと走る
私も、ベットから腰を上げて姉さんの後を追う
電話の置いてある場所に着くと、すでに誰かが電話に出ていた
住み込みの家政婦、ソフィさんだ
ソフィさんは、もう歳のいった方だが、とてもしっかりしていて頼りになる人だ
家事をしてくれたり、ユイナの面倒を見てくれたりしている
姉さんが色々家事をする時があるが、ソフィさんはそんな姉さんに負けずと家事をしてくれる
「父さんかしら?」
ソフィさんの様子を伺いながら、姉さんに問いかける
「はい・・・はい・・・そんな・・・」
ソフィさんの顔色が悪い
声も、段々と力なくなっている
酷く胸騒ぎがした
ガチャン
「ソフィさん。誰からでした?」
受話器を置くと同時に、姉さんがソフィさんへと駆け寄る
真っ青な顔でうつむくソフィさん
嫌な予感がますます募る
「お嬢様方・・・落ち着いて下さい」
深く息を吸い、自分を落ち着かせながら、ゆっくりと語りはじめた
「今、警察から・・・お電話が・・・」
「警察!?」
「はい・・・だ、旦那様の会社が・・・何者かに襲われたと・・・」
目の前が歪み、立ちくらみがした
それと同時に、ドタンッと音を立てて姉さんが膝を付いていた
「姉さん!」
慌てて姉さんの肩に手を添えた
「そんな・・・お父様・・・」
「レイチェルお嬢様!気を確かに。お父様はご無事ですから」
「無事?」
「えぇ。今街の病院へ搬送したと。病気へはわたくしが参りますので、お嬢様方はおやすみになって下さい」
「でも・・・」
父さんの会社が襲われた
そう聞かされて、休んでなんていられない
でも、こんな取り乱した状態で病院へ行っても・・・
それに、ユイナはまだ知らない
姉さんは、今すぐにでも父さんのところへ行きたそうだ
「姉さん、ひとまず落ち着いて。今から姉さんが病院へ行ったらユイナはどうするの?朝起きて姉さんが居なかったら、きっと不安になるわ」
「ロザリー・・・」
「そうですよ、レイチェルお嬢様。ロザリーお嬢様と一緒にユイナお嬢様の側にいてあげて下さい」
私とソフィさんにそういわれ、姉さんは渋々頷いた
その後、ソフィさんは父さんの荷物をまとめ、病院へと急いだ
私は、姉さんを落ち着かせる為に、どうにか立たせてキッチンへ連れて行き紅茶を淹れた
「さあ、姉さん」
「・・・ありがとう」
動揺する姉さんをこれ以上不安にさせないように、なるべく気丈に振舞っているが、私も不安でいっぱいだ
父さんの会社が襲われたのだ
無事だと言われても、怪我はしているはずだ
他の従業員や、ハウゼンさんも心配である
それに、襲った犯人は一体誰なのか・・・
父さん、もしくは私たち家族を怨む者の犯行?
でも、怨まれるような覚えはないはずだ
至って普通の・・・
と、ここまで考えて私はある疑問視が湧いた
父さんって・・・何の会社を経営してた?
貿易商?水産業?工事?企業?
あれ・・・?
考えれば考えるほどわからない
姉さんは、父さんの何を手伝っていた?
「ねぇ・・・姉さん」
「なあに?」
「・・・姉さんって、父さんの仕事の何を手伝っていたっけ・・・?」
率直に父さんの仕事を聞くのも気が引けたので、遠回しに聞いていく事にした
「・・・事務処理よ」
「そう・・・」
今、言葉の裏にいろいろ隠した
必ず私の目をみて話すのに、逸らした
姉さん・・・何か隠してる?
「それより、これからどうなるのかしらね・・・お父様はきっと、しばらく働けないでしょうし。私たち生活出来るのかしら」
話を逸らしてる
これ以上、突っ込まない方がいいだろう
「うん・・・もしかしたら・・・誰か働きに出ないといけくなるとか・・・」
「そうなったら、私が出稼ぎにいくわ」
「そんな。ダメよ、姉さん。ほら、姉さんはユイナの面倒をみなきゃ」
「でも、あなたは若すぎるわ」
「そんなことないわよ。貧しい町では、私より年下の子が出稼ぎに出たりしているのよ?」
そう。うちは裕福だからそんな必要はないが、貧しい町では私くらいの年の子
いや、もっと年下の子は既に働いているのだ
「でも、ロザリー」
「さぁ、この話は終わり。今はまだどうしようも無いわ。とりあえず休みましょう」
無理矢理話を終わらせ、私は自分の部屋に戻った
ベットに倒れこみ、深くため息をつく
これから・・・どうなるのだろう
このままの生活はきっと無理
本当に出稼ぎに行くとなれば・・・
「きっと明日決まるはず」
今は、休まなきゃ
そして私は目を閉じた




