八千代紫乃について、テオ・マクニール憎々しげに語る
「あいつらは夢を見すぎだな」
ノハの横でテオが呟いた。ペットボトルに入ったコーラが半分ほど消費されている。
ノハは本を読む傍ら、テオに少し視線を送った。
「あいつらって?」
「リリアンと隆弘」
テオが校長のことを『リリアン』と呼ぶのは珍しい。大抵は『花ちゃん』だの『校長』『腐女子』だの、彼女が本名を明かす前からの呼び名を使うのに。
「設計図がそもそも使い物にならないのに、周囲の努力でなんとかなるだなんてただの理想論だ」
「なんのこと?」
「八千代紫乃」
みんながヨシノと呼んでいる少年のことだ。いつもふざけているはずのテオの目が冷たい光を宿している。久しぶりに見たな、とノハは思った。彼がタバコを吸っている時の目にとても似ている。
「2人ともあいつがどこか壊れていて、自分たちはそれをなおせるなんぞという甘い期待を抱いているようだ。前提が間違っている。あいつは壊れているんじゃなくて最初から重要な部分が存在していない。ないものはなおせない。なのに頑なに現実を見ようとしない」
「よくわからないな」
「お前は、わからなくてもいい」
テオがやたらハッキリと断言したので、ノハはそうなのだろうと思うことにした。ロウのように白い指がコーラの入ったペットボトルを弄ぶ。外で怒鳴っているような、笑っているような声がする。隆弘の声だ。その直ぐ後に明るい少年の声。件の、ヨシノの声だ。
「リリアンはわかっているはずなんだ。俺はあの目を、花神楽にくる前ずっと見続けてきた。あの女だって見続けてきたはずだ。他人に共感しない、化け物と同じ目をしている。こちらに歩み寄る気のない、ただ自分のためだけに動く化け物の目をしている。あれはジュリアン・マクニールと同じ目だ。あのガキは化け物だ」
ペットボトルが乾いた音をたててヘコんだ。赤い目がギラギラと揺れている。ノハは不意に、きっと姉を撃ち殺した時の校長はこんな顔をしていたのだろうと思った。
「勘違いした理由はだいたいわかる。大方、葛城くずはの件を見て、奇跡はあると思ったんだろう」
葛城くずは。ヴァレンタインとユトナを誘拐してオモチャにしようとした男だ。今は灰花にほだされてただプリンを食うだけの無害な男になっている。
「奇跡は、起らないから奇跡と言う。今のあいつらは、ヴァチカンに行って湖の水をあびたら重病が治ったなんて話を真に受けて、わざわざヴァチカンにいくバカと同じだ」
ただ医者の努力と治療のタイミングと本人の意思とさまざまな要素が絡み合った偶然にすぎないものを、またきっと起る奇跡なのだと頑なに信じている。
「あの目がそんな奇跡を踏みにじる側の目なのだと俺は知ってる。リリアンも知っているはずなのに目を逸らしている。隆弘はあの女に惚れているからあの女の意見を否定できない。だからあいつも目を逸らす。奇跡は起ると信じ込んでいる」
またペットボトルが乾いた音を立てた。
「テオ、コーラ飲まないと炭酸抜けるよ」
言って、たぶんこの言葉は友人に届いていないのだろうな、とノハはぼんやり考えた。
「あの目が人の命を虫けら同然に扱っている目だと俺は知っている。それが改善されることはないということもとっくの昔に知っている。放置していたら、また悲劇が起る」
あいつらが銃を取る気がないなら、俺が取る。
「手遅れにならないうちに」
俺には、俺だけにはその覚悟がある。
絞り出すようにして空気を震わせた言葉がノハの鼓膜を刺激した。
「そっか」
それ以外ノハには言葉が見つからない。見つけようとも思っていない。
テオはノハの言葉を聞いた途端、ヤケでも起したように、ペットボトルのコーラを一気に飲み干した。
その覚悟が無駄になる日を、きっと彼自身が1番強く望んでいる。




