ハロウィン小ネタ
「よう、センセ。まだ仕事か?」
花子がパソコンに向かって仕事をしているとふいに声が聞こえた。顔をあげると、扉にもたれかかるようにして男が立っている。195cmで見事な逆三角形を描く体は非常に男くさいが長い睫毛と薄く色づいた唇が見る者に中性的な印象を与えた。古代ギリシアの彫刻がそのまま動き出したような男だ。名を西野隆弘という。これで高校三年生だというのだから末恐ろしい。
花子はわざとらしく口を尖らせた。
「学生と違って忙しいんですぅー! もう放課後ですよ部活ないならとっとと帰りなさい学生サン!」
薄く色づいた唇にうっすらと笑みを浮かべた隆弘がゆっくり扉から背を離し花子に近づいてくる。
「そういうなよ。ちょっとしたヤボ用だぜ。アンタにな」
「なんですかぁ? オバサンお仕事で忙しいんですけどぉ」
花子の憎まれ口を笑顔で受け流した隆弘が執務机の端に腰を下ろした。いやに長い足を嫌みったらしく君で見せた男に花子は軽い殺意を覚える。足だけで花子のものより10cmは長いだろう。花子が口を尖らせたまま隆弘の足を凝視していると、彼はなにを思ったか喉の奥でククッと笑い、机の上にリンゴを置く。
「今日ハロウィンだろ。やるよ」
「オバサンはtrick or Treatなんて言った覚えがないぞ」
「遠慮すんなよ」
「してねぇよ。ってかなんでリンゴなんだよ一個じゃダックアップルできねぇぞ最近の若い子わかんない」
隆弘が口元の笑みを深くする。そのままぐっと顔を花子に近付けてリンゴを彼女の口元に持っていく。リンゴを持つ手の人差し指だけをピンとのばした隆弘はその指で背後のガラスを示して見せた。
「なにが見える?」
花子の視線が窓ガラスに映る。10月の5時過ぎともなるとあたりは真っ暗で、室内の風景が窓ガラスに反射している。つまり花子の背中と笑みを浮かべた隆弘の姿が映っていた。
男の意図を理解した花子は鏡になった窓ガラスを見たまま苦笑する。
「……ガタイに似合わずロマンチストだなボクちゃん」
「ギャップ萌えって言うんだろ?」
コバルトグリーンの瞳がまっすぐに花子を見据えている。ゾクリと花子の背中に悪寒が走った。獲物を狙う獣の目だ。似たような目ならたくさん見たことがある。姉や、姉の知り合いがする目によく似ていた。
だが、今までみてきた誰も、こんなにまっすぐな光を宿してはいなかった。
深緑の木々に囲まれた湖のような色のせいだろうか。さわやかな風のような、木漏れ日のような輝きが花子を貫く。
こんなにまっすぐな光を、見たことがあっただろうか。
「……ばぁかじゃねぇの? 10年早いですぅー!」
口元に押しつけられたリンゴを押し戻すようにして立ち上がると花子はそのまま扉のほうに向かった。背後からシャクリと音がする。隆弘がリンゴを囓ったらしい。
「セ・ン・セ」
振り返らずに立ち止まる。隆弘が喉の奥でククッ、と笑った。
「俺の覗いた鏡にはアンタが映ってるぜ」
扉の前で止まっていた花子は思わず肩を動かし、結局振り返らず扉を開ける。
「口説き文句がクッセェ! くどい! マイナス10点!」
職員室に逃げていく途中、執務机に座ったまま笑顔で肩を竦める隆弘が見えた。