宣誓(深夜さんと隆弘とシスコンアレックス)
深夜さんと隆弘と、クレイジーサイコシスコンアレックスの話。
「セ・ン・セ」
廊下で声をかけられたリリアンはゆっくりと振り返った。金糸の髪が風をふくんでふわりと舞う。彼女は先の騒動から、ウィッグやカラーコンタクトを一切使用しなくなった。学校にきちんと戻ってくるまでしばらくかかったが、今は普通に職務を行っている。
「そのカッコだと遠目からもすぐわかっていいな。校門からすっとんできたぜ」
彼女の背後に立っていたのは西野隆弘。花神楽高校の3年生だ。彼はスタスタとリリアンに近づくと、ひどく自然な調子で彼女の顎を持ち上げた。緑の目同士が絡み合う。
「今日も美人だな、センセ」
顔を思いきり近づけられたリリアンは、表情を変えずに隆弘の手をはたき落とす。
「お前は今日も頭沸いてるみてぇだな」
冷たい声で宣言されるも、隆弘は喉の奥でククッ、と笑うのみ。リリアンが眉をひそめるも、隆弘はそれすら楽しそうに見つめていた。この学校でおそらく一番背が高いであろう彼の肩に、ポンと背後から手が置かれる。
「西野、そろそろHRだろ。教室にいけ」
養護教諭の深夜霧だ。隆弘はチラリと振り返って深夜を見ると、また喉の奥でククッ、と笑った。
「もうそんな時間かよ。まだマトモに会話してねぇのによ」
「いいから教室にいけ」
バチッ、と火花が散った気がした。リリアンが困った様に頭をかく。学校に帰ってきてからずっとこの調子だ。触れられるのはもう怖くない。まだ慣れていないけれど、脅えるほどではない。それが伝わったのか隆弘はやたらとリリアンに接触してくるし、それが面白くないらしい深夜が隆弘と火花を散らすのは日常茶飯事だ。リリアンは拒絶の意を示してはいるのだが、どうやら態度が弱いらしく効力はあまりない。
「保健医も保健室に戻ったほうがいいんじゃねぇのか?」
「俺はこれから職員会議だ」
ギャラリーが集まってきて、どこからか『またやってる!』という声が聞こえてきたのでリリアンは本格的に頭を抱えたくなる。
隆弘と深夜はまだにらみ合っていた。やはり二人の間で火花が散っている。ふと、リリアンの視線が彼らの向う側へ移動した。深夜と隆弘の距離が一気に離れる。間に割ってはいるように金髪の男が立っていた。
「二人とも、朝からなにをやっているんだい」
体育教師のアレックス・ラドフォードだ。口元には笑みが浮かんでいるが目が笑っていない。リリアンは久しぶりに悪寒が走るのを感じた。ギャラリーは空気の読めない体育教師が恋の鞘当てに割り込んできたのだと思っている。深夜が首を傾げた。
「アル先生、なにを」
隆弘は不機嫌そうに眉をひそめた。
「なんだ、飛び入り参戦か?」
深夜があらためてアレックスを見る。心当たりがあるような顔つきだった。アレックスは二人の視線を受け止め、口元の笑みを深める。
「参戦。そう、言うなればそうだね」
ギャラリーがどよめき、深夜と隆弘が眉をひそめる。リリアンが首を傾げていると、アレックスがスタスタと近寄ってきて、隆弘と深夜からリリアンを隠すように立ちはだかった。
ギャラリーから『ししし、四角関係キタコレ!』とか、『花ちゃんのモテ期きてるで』とかいう声が聞こえてくる。
そんなどよめきや男二人の険しい視線をすべて受け止め、それでもアレックスは笑っていた。
「まあ、参戦理由は君たちの想像しているようなものじゃない。これは参戦というよりは、そうだね。私がゲームのラスボスになろう、といっているのさ」
右の拳を手のひらに叩きつけたアレックスが、そのままゴキゴキと腕をならす。ニッコリと口元だけで笑っている。
「リリーは17の頃から私の家で暮らしていた。言うなれば私の家族……姉のようなものだ。今まで辛い思いをしていた姉には幸せになってほしい。君たちなら私の姉を幸せにしてくれるだろうと信じているが、なにぶん確信が欲しくてね」
バツン、と乱暴な音がアレックスの手のひらから響く。ギャラリーのざわめきがスッ、と不気味なほどひいていき、静まり帰った空間にアレックスの声だけが響いていた。
「父も、姉のことはとても心配している。そこでだ。アダム・ラドフォードが一人息子、アレックス・ラドフォード。我が一族の名誉のため、なによりわが姉の幸せのために……遠く祖国にいる父に代わって、君たちを見極めることにしたい」
バツン、と、また粗暴な音が響く。アレックスがゴキゴキと拳の骨をならしている。口元に笑みが浮かんでいた。
空気がどんどん重くなり、張り詰めていく。
隆弘は、アレックスもマクニールの血を引いているのだと実感した。彼の足元から冷気のような空気がふきだし、渦を巻いている。穏やかを装う声が、氷の刃のように、重く張り詰めた空気を切り裂いた。
重力が倍以上かかっているようだ。
「私を倒した者に、姉へ求婚する栄誉を与えよう。
さあ どこからでも か か っ て こ い !」
隆弘と深夜は思わずお互いに目配せする。
――これはちょっと、無理ゲーだ。
おそらく隆弘と深夜だけでなく、ギャラリーもそう思ったに違いない。
「……アレックスに親近感が沸いたよ……」
そう、どこか感慨深く呟く白井直樹に遭遇し、思わず身体を震わせたテオがいたのだが、それはまた この騒動とは別の話である。




