「道のりは長く険しいようだ」(飲酒トリオ海へいく)
飲酒トリオ海へ行く。ハッシュタグネタ。
「海行こうぜ、海」
「正気かテメェ」
炬燵に深く潜り込んだままテオが宣ったので、同じような体勢で煙草を吸っていた隆弘が呆れたように吐き捨てた。すると炬燵にはいったままのテオがわざとらしく身体をくねらせる。
「えーいこーぜー! 冬の海オツじゃないですかー!」
「そんならお前1人でいけよ」
「そんな幸運F-と名高い俺が1人で海にいったら波に巻き込まれて死ぬぞ」
「じゃあやめとけ」
テオがまだ叫くので隆弘は銀色の髪に容赦なく手刀を叩き込んだ。結果、ガツンという音とともにテオの顔がテーブルに沈みそのまま動かなくなる。緑茶を3つ運んできたノハが壁にかかった時計を見た。
「さっき電車が出たばっかりだから、次でるのは一時間後かな。30分くらいして出たら間に合うよ」
テオがパッと跳ね起きて笑顔を浮かべ、反対に隆弘はすこぶる嫌そうな顔をする。ノハは2人の対照的な反応に気づいているのかいないのか、自分も炬燵にもぐって持ってきた緑茶を暢気にすすって見せたのだった。
◇
ガタゴトガタゴトと車体が揺れる。私鉄に揺られて30分もすれば、海の近くの駅に着く。まったくひとけのないワンマン運転の車両に3人の学生だけが乗っている。やがてプシュウ、と音を立てて電車が止まると、3人同時に立ち上がって電車を降りた。電車同様ひとけのない駅を出て坂道を下り、車一台がギリギリ通れるような細い道を通って海へ出た。
3人の中でも叫ぶという行為にまったく縁のなさそうな、銀髪で線の細い男が両手を挙げて元気に叫ぶ。
「うぅうぅううみだぁああ! ひゃっほぉおおい!」
堤防の急な石階段を降り、砂浜に着地したテオはそのまま波打ち際まで走っていて、波がくるギリギリの場所で止まってはケラケラと笑う。
丸いネコのキャラクターが印刷されたパーカーを着て煙草をくわえた隆弘がため息を吐く。
「ガキじゃねぇんだからもうちょっと落着け」
「うっへへへへ、へへっ、これが落ち着いていられるか! くっそ寒ぃ! 止まってたら死ぬぜ俺!」
隆弘が口をへの字に曲げる。
「じゃあなんで海来たんだよ」
「うっひひひひひひひ! ひひひひひ!」
「だめだ聞いちゃいねぇ」
隆弘がため息をついてポケットに手をつっこむ。ノハがその間にテオのほうを指差して
「あ」
と言った。
隆弘がテオを見る。波に足を取られていた。
「うぉうっ!」
それだけならまだしも、思いの外勢いの良い波で足をもつれさせ、冬の塩水に顔面から盛大にダイブしている。
バシャンと大きな音がしてテオの身体が波にのまれた。隆弘が慌てて駆け寄る。
「おい! 生きてるか!」
また波が来る。テオを助け起こそうとした隆弘は彼の身体が波に消えたので――彼の足に躓いて自分も盛大に海の中へダイブしてしまった。
バシャンと大きな音がして水しぶきが散る。身体が水に濡れ、外気に触れたとたん冷たさがキンと全身へ突き刺さる。
濡れ鼠になった2人の元へ、ノハがトコトコと歩み寄ってくる。
「大丈夫?」
テオと隆弘が顔を見合わせた。それから2人同時にノハを見て、彼の腕を思いきり引っ張る。
ノハの身体がグラリと傾いた。
隆弘とテオの声が重なってノハの耳に届く。
「しなばもろとも!」
うわ、とノハが小さな声を出し、テオや隆弘と同様波の中にダイブした。それからゆっくりと起き上がり、不思議そうに首を傾げる。3人で顔を見合わせて、テオと隆弘が同時に大きな笑い声をあげた。
ノハはきょとん、と目を見開いていたが、やがて隆弘とテオにつられたように少しだけ口元を歪める。
「なんで笑ってるの?」
笑いながら問うノハに、テオが答える。
「楽しいだろ! 3人で冬場に濡れ鼠って!」
隆弘が笑いながらテオの頭を軽く叩いた。
「はっははは! どこがだよ! 全身びっしょびしょじゃねぇか! これ電車乗れんのか!」
「なに言ってる! お前だって爆笑だろうが!」
隆弘が立ち上がって、さらに海のほうへ向って歩いて行く。
「ついでだからもう泳いじまおうぜ」
テオがますます大きな声で笑った。
「嘘だろ隆弘! ははっ、俺も泳ぐ!」
ノハが立ち上がり、服についた砂を払おうとして濡れた状態では無理だということに気がついた。
「僕あんまり泳げないんだよね」
テオが笑いながら言う。
「大丈夫だ寒中水泳なら」
「そうなの?」
あまりにもあっさりと根拠のない言葉を信じたノハは、トコトコと歩いて行って水の中に入る。テオと隆弘が
「寒い!」 「死ぬ!」
と大笑いしながら泳いでいるのを尻目に、すぐ陸へと上がって身体の水滴をできるだけ払い落した。
そうして1人で納得したように
「やっぱり寒中水泳でも無理みたいだ」
と頷いたのだった。
◇
脳内麻薬の過剰分泌とも言えるハイテンションで冬の海を泳いだはいいが、問題は帰り道だ。一応電車には乗れたものの、全員唇を真っ青にしてガタガタと震えるハメになった。当然の結果だ。乗車拒否されなかっただけでも奇跡と言える。
その中でも比較的被害の小さいノハが、一番被害の大きいテオを見て言った。
「寒そうだけど、大丈夫?」
テオはただでさえ真っ青な顔をさらに真っ青にさせてブルブル震えているだけで答えない。代わりに口を開いたのは、自分の両肩を抱いてしきりにさすっている隆弘だ。
「テメェはなんでそんな平気そうなんだよ」
「んー、そんなこと言われてもな……あ、テオ、眠いの?」
テオの身体がグラリと傾く。気づいた隆弘が彼の胸ぐらを掴んで乱暴に揺すった。
「寝るなぁあああ! 寝るんじゃねぇテオ! 寝たら死ぬぞっ!」
自業自得だ。と、ツッコミを入れる人間はその場にいない。
ノハが
「えー、死ぬの?」
と言いながらペチペチテオの頬を軽く叩く。
グラグラと首の据わっていない赤子のように首を揺らしたテオは、うっすらと赤い目を開き、擦れた声で
「道のりは……長く、険しいようだ……」
と、呟いたのだった。




