ジェヴォーダンの獣
「なにか面白そうなことありませんかねぇ?」
トテトテと軽やかに歩きながらリアトリスは周囲を見回した。花神楽高校はなかなか濃い人間が集まっているものの、彼女はまだこれから3年間の暇つぶしに最適ななにかを見つけられていなかった。演劇部には入部したがそれだけではまだ足りない。
なにか面白そうなことはないかと周囲を見渡すリアトリスの視線が止まった。
「カメラとマイクロフォン、父さんにバレちゃってさ。昨日しこたま怒られたよ」
「うわー、お疲れ様です☆ 直樹君のお父さん怒らせると怖いですもんねぇ」
「あれどう考えてもヤクザだよ」
「元ヤクザじゃないですか。カメラとマイクロフォン取り外したんですか?」
「うん。じゃないと夕飯のハンバーグにされるところだった。あ、でも無線電波の傍受はできるよ。携帯電話の通信記録あるから聞く?」
「さっすが直樹君ですぅ☆」
クラスメイトの白井直樹と両国瑠美だ。随分と物騒な会話をしている。彼らと同じ中学出身の生徒はみな彼らを恐れながらも従順に従っているようだ。
――面白そう
良い暇つぶしにはなるだろう。リアトリスはトテトテとふたりに駆け寄った。
「なんの話をしてるんですかぁ?」
直樹と瑠美が同時にリアトリスを見た。
「面白そうだから、私もまぜてくださいですー」
一瞬、直樹と瑠美の視線がリアトリスを射貫く。リアトリスの視線も同様に直樹と瑠美を射貫いた。お互い一瞬で利用価値があるかどうかの品定めを終えるとアイコンタクトですぐさま同盟を結ぶに至った。
――こいつは利用できる。
お互いにそう確信したのだ。
直樹が笑う。
「じゃあお昼ご飯一緒に食べない? 僕らいつも調理室で食べるんだ」
「わー! ありがとうですー」
リアトリスもそれに笑顔で応じた。
◇
「へーそれでヴァレンタインさんのこと調べるですかー?」
「そうなんですよぉ、この私にウソつくなんてありえないですぅ!」
「僕は校長の個人情報のほうが急務だと思うんだけどね」
「でもそっちも調べてるんですよね?」
「うん。そっちはなかなか進んでないけどね」
「あ、メアド教えてくれます? 在校生の個人情報まとめたのおくりますねー」
「了解ですー」
調理室のテーブルに置かれた洋菓子が次々となくなっていく。調理部に所属する神前東は三人の前にそっと紅茶を置いた。直樹が早速その紅茶を手にとり一口飲む。
「おいしい。ありがとう神前」
「ありがとうございます」
神前東は三年生だが、下級生であっても直樹の周囲には敬語で接する。彼は白井直樹のファンなので昼や放課後調理部を直樹に提供していた。今まで瑠美と直樹だけだったのが今日突然リアトリスが増えて驚いたものの、表には出さず粛々と自分のやるべきことをこなす。
瑠美から送られてきたメールを確認し終えたリアトリスが生チョコをつまんで声をあげた。
「この生チョコおいしいですー! 買ってきたですか?」
「いえ、俺が作りました」
「そうなんですか!? お店で売ってるやつかと思ったですー」
言いながらリアトリスはクッキーやロールケーキをパクパクつまむ。直樹が隣に立つ神前を指差して言った。
「こいつの家洋菓子店だから」
「そうなんですか? 今度ノハにも作らせたいですー」
「お言葉ですが」
クッキーの皿が空になったので神前は新しく冷蔵庫からマカロンを取り出し机に置いた。
「素人にホイホイ同じレベルのものを作られたら商売あがったりです」
リアトリスが一瞬驚いたように目を見開く。そのままレモンのマカロンをひとつ口に放り込み、次にフランボワーズのマカロンを手に取る。
「先輩おもしろいですねー!」
「神前は菓子に関してはプライド高いからね。他のプライドはないけど。製菓学科あるとこに入ればよかったのに」
「失礼な。ありますよ菓子以外のプライドだって。ただ菓子に関しては絶対の自信があるだけです」
「この前コンビニでクッキー買ってきたら怒り狂ってゴミ箱に捨てられたんだよ、僕」
「当たり前ですよ俺がいるのになんでそんな量産品食わなアカンのですか。あんたが誰に惚れて誰とくっつこうが誰に背中刺されてのたれ死のうが興味はありませんがね、調理室で俺の作った菓子以外食ったら許しませんよ」
リアトリスはすでに神前に対する興味を失ったらしく、次はどの菓子に手を付けようか吟味している。作った甲斐があるというものだ。彼女はとうとうシュークリームのひとつに狙いを絞り、フタの部分にクリームをつけながら直樹に尋ねた。
「おふたりってどうやってこの情報集めてるんですかー?」
「中学時代から友達が協力してくれましてねー」
「神前とかも結構情報持って来てくれるから」
「はぁーそうなんですかー」
神前が空になったティーカップに新しく紅茶を注ぐ。ありがとう、と直樹が言ったので彼は頭を下げた。
瑠美は新しい紅茶の香りを楽しみながらリアトリスに話しかける。
「あとでリアトリスさんにも方法教えますねぇ☆」
瑠美と直樹が中学3年間で築いた情報網は凶悪だ。情報網というよりそれはむしろ新たな流通スタイルと言っても過言では無い。
彼らはクラスメイトや先輩、後輩の弱味を握り続け情報献上のカースト制度を気づき上げた後、その情報網と己の情報解析能力を持ってして『情報を売買する』システムを作り出したのだ。
目を付けたのは花神楽に点在する雑貨店やコンビニエンスストア、飲食店などである。
大手コンビニエンスストアではすでに各店舗における日々のマーチャダイジングが行われているが、個人経営の店ではなかなか品物の流通を数値化することが難しい。コンビニでも収集したデータを分析するのは手間がかかるので、完成されたマーチャダイジング情報というものはどこでも非常に重宝がられる。瑠美と直樹はまず自分たちに情報を提供しなければいけない連中に自分や家族、友人が今一番欲しいものを聞く。雨の日や晴れの日、時間帯によってなにが欲しいかを調査する。それらをまとめて詳細に分析し、手始めに友人の親が経営している店に提供する。神前は直接見たわけではないがおそらくその際口コミによる情報操作も行ったことだろう。
とにかく彼らは中学生にしてマーチャダイジング、とくに統計作業において(多少自作自演のきらいがあるものの)驚くべき実績を残し周囲の信頼を得た。本来なら金銭で報酬を得るはずが、彼らが欲したのは別の報酬であった。
自分たちが紹介した人間を人手不足の時で構わないので優先的に雇って欲しい。
つまり職の斡旋だ。
情報提供してくれる友人たちがアルバイトをしたい時、情報提供をしている店で優先的に雇って貰うシステムを樹立することでメリットを提示し、子飼いが自主的に情報提供する環境を作り上げたのである。
金銭取引がないのだから店側も当然喜び、今ではある程度アルバイト期間の融通も利くようになった。夏休みの期間だけコンビニでアルバイトをするということも直樹と瑠美の斡旋であれば可能である。3年間蓄積された彼らの物流統計は今やかなり精密なマーチャダイジングを可能とし、その分取引先の店も増えてきている。花神楽やその周辺に50店舗ほどあったはずだ。
「学校生活が楽しくなりそうですー」
リアトリスが今度はフィナンシェをかじりながら楽しそうにクスクスと笑った。
彼女もそうとうイイ性格をしているようだ。直樹と瑠美のお眼鏡に早速適ったのだから当然といえば当然か。
神前が空になった皿を片付けながらため息をつく。
彼は直樹たちに菓子と作戦会議の場所を提供すると同時に情報も提供する『子飼い』だ。直樹のファンである神前は見返りなどなくとも喜んで情報を提供する。自主的にカメラとマイクロフォンを部屋につけているくらいだ。直樹と瑠美のファンを名乗る人間は全員同じ事をしている。表だって『変態』と言われるのは風紀娘ふたりのファンクラブだが、実際本当の変態は神前たちだろうと言われている。今度はリアトリスのファンを名乗る人間も同じことをするだろう。
フィナンシェを食べ終わったリアトリスが笑いながら首をかしげる。
「手始めに一年生の情報完全掌握ですかー?」
「だいたいの情報はもう集まってるから、もう一息だね」
リアトリスがニッコリ笑みを深めた。
「今日から退屈しなくてすみそうですー!」
皿をシンクに置いた神前はため息をついた。
直樹がハゲタカで瑠美がハイエナならリアトリスはオオカミだ。どいつもこいつも獲物をとことん食い尽くす。
「今日から宜しくお願いしますねー! 直樹くん、瑠美さん!」
今日、欲望のまま突き進む悪夢のような同盟が生まれた。
(100人食うまで止まらない)




