九話
原作スタートしてからチラホラと目立つ女子が出てきた。どれも数字付きだが宗家の者ではない。あまりの暴走っぷりに桃理が出る幕もなく、風紀委員と生徒会が動いて収めた。仲は悪いが仕事では協力して解決する生徒会と風紀委員って優秀で大人なのだと改めて思う。
捕まった女子達はおかしいことに、本人の実力に見合わないような能力を持っていた。制御しきれていないのと練度が低いためそれほど脅威にはならなかったが、桃理には思い当たる節があり、生徒会と風紀委員に夜理の名をチラつかせてお願いという名の脅迫をして対面することができた。桃理の登場に皆驚きの表情を浮かべるが、見知らぬ人を前にしたような反応には見えない。誰もが桃理の顔を知っていたが、名前を知っている者は誰もいなかった。
「初めましてなのだぁ! さっそくだけどね、『佐藤美紀』ちゃんって名前知らないかにゃ?」
質問を投げかけると彼女達のリアクションは二つのパターンに別れた。誰それと顔に書いている者と嫌悪に顔を歪める者。残念だがどれも当たりじゃないみたいだが、思った通り彼女達は自称悪魔と契約を交わした人間達だった。自分の他にも同じ境遇の人間がいるかもしれないとは感じていたが、想像以上に数が多かったことには驚いたが収穫はゼロだ。
「うぅ~、苛々するよぉ」
スカートの裾をグシャグシャさせながら、原作キャラの予知能力を持つ風紀委員補佐の百誓路を捜す。出現場所を思い出して歩いていると予想通り彼がいた。ビバ原作知識と桃理はにんまり悪どい笑みを張りつけ駆け出して行く。
「誓路ちゃーん! ね、ね、カモーンなんだよ」
大きく手を振ると気付いたようで上級生であり元生徒会副会長の桃理に頭を下げる。一見丁寧な対応に見えるが、ゆったりとした動作には面倒臭いと思っていることがありありと読み取れた。
「何スか? 俺、これから用事……て、もしかして、あんた一人なんスか?」
頭を掻きながら嫌そうな表情を浮かべていた誓路が、疑うように周囲を確認して驚愕に目を見開く。
「えー、何でそんなこと聞くのぉ?」
「だって、いっつも九先輩か弟君といるじゃないスか。それにあの二人過保護っスから、一人でなんか出歩かせないとばかり」
「なぁる。でもね、桃理ちゃんは一人なんかじゃないもん。って、そんなんより、誓路ちゃんに用事だよ。あのね、あのね、桃理ちゃんの長年の願いは今年中に叶うのかなっ? かなっ?」
「はあ? またっスか。ってか、そろそろ内容教えてくれてもいーんじゃないんスか」
「のーのー、ダメダメバッテン。夜理ちゃんも知らないトップシークレットだも~ん。とりあえず、諭吉さんあげちゃうから、いけいけゴーゴーなんだよ」
財布から一万円札を抜き取り手渡すと誓路の表情が明らかに変わった。漫画で例えるなら目の中に$マークが描かれていると表現できる。
「さっすが、桃理先輩! 金払い良い客って俺、大好きっス」
満面の笑みを浮かべながら受け取ったお札をいそいそと財布にしまう。さっきまでの態度が嘘のようで、変わり身の早さに吹き出してしまう。
「桃理先輩の長年の夢が今年中に叶うかって、また、アバウトになるんスけどいーっスかね?」
「よりし~んだよ。ってことで、さっそく占うのだ!」
「そっスか。んじゃ、ちょっと俺の目を見てください」
飛び跳ねて急かす桃理に誓路が了承して術をかけようとするが、身長差のために距離が開いている。察した桃理が背伸びしようとするが、遠いことに変わりないので、誓路は座れる場所を探す。幸い中庭に近い場所なのですぐに見つかった。
「さあ、あっちのベンチにでも行くっスよ」
桃理の手を引き腰掛けると立っているときよりも距離は近づくがやはり遠い。仕方ないと桃理が誓路の膝に乗ってあげるのはいつものお決まりなパターンだ。向かい合う体勢は少し恥ずかしいような気もするが、自分よりも相手のほうが照れていると何だか平気になってくる。未だ耳を赤くする誓路を微笑ましく思いながら彼が落ち着くのをそっと待つが、目を逸らすばかりで術をかける気配を見せない。
「誓路ちゃん? んむむむむ、聞こえてないのかにゃ」
制服を引っ張るとようやく桃理の目を見た。日本人らしい黒い目は若干垂れ気味でどこか眠そうな印象を与える。
「せぇ・じ・ちゃ・ん?」
名前を区切りながらこてりと首を傾げると「うぁ~」と気の抜けるような呻き声を上げ、またそっぽを向いてしまう。照れていると思ったが本当は体調が悪かったりするのだろうか。悩んだ桃理は片手を伸ばし誓路の額へ、もう片方を自分のに当て熱がないかどうか測る。
「あ~、熱とかないっス。マジ先輩ってあざといっスよね」
「桃理ちゃんは小悪魔系じゃなくて、意地悪継母系なんだよ。動かない誓路ちゃんのこと、ちょ~っぴり心配したのに損しちゃったなぁ。ぷんぷん」
頬を膨らませ睨みつけてやると誓路はガックリと項垂れる。
「……もういいっス。俺の目、ちゃんと見てくださいっスよ」
言われた通り真っ直ぐ誓路の目を見ると、黒い目は徐々に色を変えていく。瞳が白く明るい色になったかと思えば渦巻き状に金色が走る。ゲームでも思ったが不可思議なほど美しい光景に、相変わらず綺麗だなと桃理の頬は緩んでいく。
「捜し人には会えるっスよ。けど、不鮮明で漠然としたことしか分かんないっス。もっと、具体的なことを話してくれれば何とかなるんスけど」
好奇心が疼くのか桃理をチラチラ見てくるが教える気はない。
「ノンノン、な~っいしょっ」
口に人差し指をつけてシィッと悪戯っぽく笑うと、誓路は諦めたようで言葉を続ける。
「後は学園内にいるっぽいんスよ。まあ、せいぜい地道に捜したら良いんじゃないッスか」
「むむっ、ならなら、生徒か先生の二択かな? かな?」
投げやりに言う誓路に期待を込めて聞くと首を振られる。
「だから、漠然としたことしか分かんないつったじゃないっスか」
「んにゃ、誓路ちゃんの意地悪さん」
「いやいやいや、意地悪じゃないっスから。アバウトでも良いつったの桃理先輩じゃないスか」
「見つけたぞ、百!」
鋭い声に誓路がげぇっと舌を出す。現れたのは長身のガッシリとした体格の青年、攻略キャラの風紀委員長五正義だ。誓路同様術者だが見た目通り戦闘系の能力を持つ。
「毎度、毎度、仕事をサボりおって馬鹿者が! 今日こそは貴様に」
「正義ちゃん、うるさぁ~い」
耳を押さえて頬を膨らませると正義が頬を引き攣らせた。どうやら桃理のことは目に入っていなかったらしい。
「なぜ貴姉が居られるのだ? まさか、九姉弟も」
顔を蒼くして周囲を警戒するが傍にいないと分かるとあからさまに胸を撫で下ろすので桃理は面白くない。そもそも何で皆九姉弟とセットにするのか、分かるだけに自尊心が傷つけられ意地悪をしたくなってくる。
「ぶっぶ~、外れ。いっつも夜理ちゃん達といるわけじゃないよ。桃理ちゃんがセットなのは李理ちゃんだけなんですよーっだ!」
プイッと横を向くと正義は視線を走らせ耳を澄ませてから首を振る。
「お言葉だが貴姉の片割れの姿はありません。というか、姿を拝見したことはないのですが」
「あっまいよ。正義ちゃんはしゅぎょー不足ですなぁ。つっても気付くのは夜理ちゃんと闇理ちゃんくらいだけどにゃ」
「九姉弟に分かってこの自分に分からぬことなど」
「いっぱぁ~いあるよねん」
おちょくるように無邪気に笑ってみせると正義はグッと押し黙る。戦闘能力に特化していると言っても夜理よりは弱いことを自覚しているようだ。苦い表情をする正義に気を良くした桃理は目を輝かせて次の言葉を放とうとする。
「ほら、桃理先輩降りて。んで、委員長。俺に何の用っスか?」
しかし、誓路によって地面に降ろされてしまう。棒読みで面倒臭そうに欠伸交じりに問う誓路を恨めしく思い睨みつけるもこちらを見ていない。足を踏んであげようかとしていると、正義が拳を掲げ大声を出すので上げかけた足を地面に降ろす。
「そうだ、貴様だ百! 早急に処理しなければならない案件ができたから、さっさと風紀委員会室へ行くぞ」
「そんなん俺がいなくても」
「馬鹿者が! お前がいなくてはいけないことができたから捜していたのではないか」
「マジッスか? あー、ただ働きってめっちゃ悲しいっスぅ」
正義の言葉を理解して誓路が泣きまねをしながら片手で携帯を操作する。先方の約束をキャンセルの胸を伝えたようだ。
「ほら、さっさとせんか!」
「はいはい、分かったスから、腕引っ張んないでほしいんスけど。んじゃ、桃理先輩、次もご贔屓にしてほしいっス」
「うんうん、まかせるのだ。ぶいぶい、お仕事頑張っちゃえ!」
「……自分も失礼させていただきます」
誓路は軽く手を振り正義は腰を折りきっちり九十度のお辞儀をしてから風紀委員室へ向かって行く。残された桃理は二人を見送った後、誓路の言葉を反芻させては頬が緩み元から緩い顔は戻らない。
「やっとぉ、会えるんだねぇ」
早く、早く佐藤美紀に会いたい。まるで恋焦がれているみたいにうっとりと呟く。
転生者は複数いて、それぞれ設定もありましたが、長くなるので割愛。
色々と考えていただけに残念です。
今回は風紀委員会のキャラが登場。
でも、これ以降は終盤にちょっと出るくらいで活躍はしないです。