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四話

 浮き沈みする意識の中、雛子は三歳で自我を取り戻した。母乳とかオムツプレイというマニアックなものを体験しなくて正直ホッとしている。

 現在の名前は桃理とうりと言い、一応龍の妖魔だけど宗家の敷居を跨いだことがないほどの薄い血の末裔……なのだが、何目の前に宗家のお嬢様がいるのはなぜだろうと軽く現実逃避してしまう。

 宗家のお嬢様、さざらし夜理よりは歴代最強と呼ばれる龍の一族の妖魔で、生徒会書記の婚約者でライバルキャラの一人だ。大和撫子という言葉がピッタリな和風美人は、幼女になっている今も可愛いではなく美しいという言葉が当てはまる。着物のせいか年齢よりも大人びて見え、育ちの良さそうなお嬢様といった印象か。基本的に無表情なのだが仲良くなるにつれて徐々に表情が出てきて、男性化したときは実弟である九の次期当主、隠しキャラの攻略相手の闇理あんりに似ていてさすが姉弟だと思った。今もそう、同じような顔が仲良く桃理を見つめている。

 だが、遠慮のない視線にしだいに落ち着かなくなっていく。子どもだから九姉弟と桃理の双子の妹である李理りりは許そう。問題は桃理達を囲む大人達だ。宗家の使用人も皆一様に頬を染めながら桃理を眺め、当主に至っては微笑を浮かべ陶酔の表情すら見せている。どうしてこうなったのか理由は分からない。困惑している桃理は居心地が悪くてすぐにでも家に帰りたくて、後方の両親に目を向けると緩く口を開け額から滝のように流れる汗に顔色は青を通り越して白い。漫画とかだったら口から魂が出ていそうだなと考える桃理にはまだ余裕があるのか。顔色から見るに両親は意識を飛ばしているようだ。まあ、そうなるのも仕方ない、むしろ分かると桃理は内心頷く。

 そもそも、なぜ一族の下っ端の桃理の家族が宗家の家にいるかと言えば、龍としての能力が欠片も見当たらない桃理に両親は戸惑い、龍の血が濃く力の強い友人に相談したのが始まりだった。両親は力が弱いものの龍の能力を持ち、双子の妹にも問題なく受け継がれている。片親が人間ならば能力がない子が生まれる可能性はあるが、両親とも妖魔の場合生まれるのは必ず妖魔だ。例え両親が同じ種族の妖魔でなくともどちらかの特徴を持つ。もしくは両方の特徴を持った希少種キメラへとなる。桃理の場合、両親は同種族同士の婚姻だったので龍になるはずだった。五年生きても桃理の姿は龍らしくならない。双子だからこそ母親の不貞はなく糾弾はされないが、時おり祖母の目が疑うように桃理と母に刺さる。否定的な色合いを含んでいるのは分かるので、うっとうしくて腹が立ち苛つくが無視されたり暴力を振るわれたりなどといったことはない。むしろ、ハッキリと乏しめるような者がいたときは、萎縮して唇を噛む両親の代わりに牙を剥き喧嘩を売る。何ともパワフルな祖母だ。

 両親の友人は龍族の中でもそこそこ立場はあるらしく、そこから上へ上へと話が伝わっていき、とうとう宗家にまで話がいってしまったらしい。突然の呼びだしを受けて両親は揃って気絶してしまい、代わりに祖母が準備を整え目覚めた両親の尻を叩き、殿上人、雲の上の存在な宗家へと足を踏み入れた。そこは正しく魔窟だった。

 悪事を働く者がいるとかいう意味ではない。建物は純和風の庭園付きのお屋敷で掃除も行き届いていて綺麗だし、ドラマの撮影などに出てきそうなほど素晴らしい。自分の家と比べるのがおこがましいくらいだ。

 要は人、この場合龍か、が普通ではない。悪意を向けられたわけでもないのに感じる桁違いの力を持つ上位者達に、両親は顔を青ざめ頼りない足取りで廊下を渡る。根性なのか我が娘達可愛さなのか、抱き上げられた桃理達は何度か落とされそうになったが幸い投げ出されることはなかった。自分と同じように抱えられた李理もいつになく不安がっている。小さいながらも上位者という存在が分かるのだろうか、いつも元気なのに口を閉ざして居心地悪そうにしていた。残念ながら桃理にはサッパリ分からなかったが、纏わりつく視線だけは気持ち悪くて正直吐きそうで朝食の中身を戻さなかったのは奇跡だ。どのくらいの距離を歩いたのか、すでに玄関までの道を桃理は覚えていない。長く歩いた先にある部屋に通された。

 襖を開けられた先の人物、当主に一目で視線が奪われる。本人は普通に座っているつもりなのだろうが、何気なく部屋に入っただけで惹きつけられる何かを持っていた。九姉と桃理の年齢が一緒なことから父親と同年代と推測するも、せいぜい二十代半ばにしか見えない。幼いと言うよりも若々しく、容姿は成長した弟の闇理よりも姉の夜理が男体化した姿に似ている。顔の造形は整っているので見惚れるのは仕方ないが、それだけじゃ説明できないほどの説明できない何かが桃理の心を掴んで離さない。

――コレが欲しい。

 九姉弟も気になるがそんなことよりも、目の前の男が欲しくて堪らない。

 こうべを垂れさせ自分の命令だけを聞くいぬにしてやりたい。大切な物を奪い悲しみに震えながらも健気に自分に尽くす姿を見たい。首輪を填めて鎖を引っ張って地べたを這い泥まみれにさせたい。

 次々と暴力的な気持ちが湧いてくる。サド気質があるわけではないのに、綺麗な顔を歪ませて泣かせ謝らせ足蹴にしてあげたい。まるで物のように扱っても構わないと自分の中の何かが囁くのだ。

 桃理が復讐して乏しめてやりたいと思うのは佐藤美紀だけなのに、気持ちがかき乱されて仕方がない。狂暴な感情を押し殺しながら当主を窺うと、彼は夢心地の表情で口を開いた。

「桃の理と書いて桃理とは素晴らしい名ですね。真に名は体を表すと言ったものです」

 美しく偉い当主に名前を褒められ嬉しいがどういう意味だろうか。後方で両親がありがとうございますというのを噛みながら言うのを聞きながら桃理は目で問う。

「貴女はね、龍族がずっと望んでいた妖魔使いなのですよ。誰よりもとうとくかけがえのない存在」

 白い手が伸ばされ桃理の頬を包み込みながら髪の匂いを嗅いでくる。普通のおっさんがやったら声を大にして変態だと罵ってやるのに、美形だからか不快感もないし自分の中の本能が危険人物だと認定していない。大人しくしてされるがままに身を任せる。

かぐわしい。この桃の匂いこそ妖魔使いの証しですよ」

 妖魔使いの特徴は自身が一族の能力を使えない他に、同族を魅了する香りを放っていることが挙げられる。ゲーム主人公の鬼である陽菜は桜、攻略相手にいた妖魔使いは梅の香りを纏っていた。龍は当主の口ぶりからして桃らしい。自分の甲を嗅いでみるが分からず、ゲームでも陽菜も自身の匂いは気が付かないと言っていたが本当らしい。

 また、強い力を持つ者ほど効きやすいとあり、血の薄い桃理達の家族が分からなかったのは弱いからなのだろう。九の使用人達からの熱い視線の答えは、妖魔使いが放つ香りのせい。宗家の使用人なのに弱いとかありえないだろうし、きっと強いせいで香りが効きすぎているのだ。

 しかし、妖魔使いかと桃理は肩を落とす。せっかく妖魔に生まれたのに戦うための力がないとは悔しい。羨ましくて妬ましくて目の前の美しい当主を睨むように見上げる。夜を思わせるような目には、弱々しい負け犬のような桃理の表情が写り腹立たしさに唇を噛む。

 復讐を誓ったのに何を弱気になっているのだろうか。もっとポジティブに考えてみれば良いと自信を励ます。妖魔使いは元来希少能力者でゲームでは陽菜の他に攻略対象一人しかいない。陽菜達と支配する種族こそ違うが同じ希少な能力で、龍族には攻略キャラの九姉弟がいる。

 姉の夜理は歴代最強とゲームで紹介されていて、弟である闇理は次期当主になる優良株だ。桃理が自分の能力を上手く使いこなせば最強の駒が手に入る。陽菜に盲目的に従う初恋相手を見る限り、主人公補正はあるだろうとはいえ鍛えていない状態でも支配力は強かった。この状況を利用しないでどうする。

「にゃっ」

 意識を他に取られていたせいで、突然の浮遊に驚き桃理は声を上げる。当主が脇に手をやり持ち上げてから自らの膝に座らせた。

「今日から桃理様はこの家で育てます。良いですね?」

 向かい合っていないので当主がどんな表情をしているのか分からないが、声の質からして有無を言わせない命令口調だ。背中越しにも痛いほどの威圧を感じて、逆らうことは許さないと案に語っている。案の定両親は萎縮してしまいはくはくと口を金魚のように開閉させていた。

「え、あ、待ってくりゃひゃい」

 混乱しているらしい両親だが噛みながらも異を唱える。

「と、桃理ちゃんはまだ五歳で、姉妹仲も良く二人を引き離すのは忍びないですし、私達は桃理ちゃんを渡すつもりはないです」

 鼻息荒く母親が捲し立て、父親も声は出せないものの必死で頷く。拒否をする両親を馬鹿だなと侮蔑すると同時に、胸が熱くなり泣きそうになった。両親は龍族の下から数えたほうが早いほど弱い。反対に当主は龍族のトップに位置するので実力差は誰の目にも明らかだ。妖魔は弱肉強食の世界なのでまさか両親が反論するとは思わなかった。桃理だけではなく周囲に控えている使用人や当主も頷くと確信していたはずであり、不満そうな弱いくせにといった見下した視線が両親に突き刺さる。

 このままでは両親が殺されてしまうかもしれない。桃理は無意識に当主の着物を掴み握りしめた。部屋の空気が一気に下がったような錯覚に首を傾げると、何でもないよと言うように当主が桃理の頭を撫でる。

「大丈夫ですよ、桃理様。不安そうな表情をする必要はありません。確か、双子でしたよね。片割れの名は?」

 両親や李理、側近の者達ではなく桃理に尋ねてくる。

「李理ちゃん、なの」

 喉が渇いて掠れたような声が出た。

「李理ですか。なら、その子も我が家で育てましょう。幸いなことに娘の夜理と同い年ですし、最高の環境で育てればそれなりの龍にはなるでしょう。夜理、闇理」

 父の呼びかけに九姉弟が立ち上がる。

「桃理様を庭にご案内しなさい。桃理様。私は貴女様のご両親に話がありますので、私の子ども達と少々別の場所で遊んでいてくださいませ、ね?」

 優しく言い聞かせるように当主は桃理に微笑み、九姉弟が桃理の両手を取り立ち上がらせ部屋から連れ出される。引きずられるように歩かされながら、嫌な予感がして後ろを振り向くと両親の表情が強張っているのが見えた。咄嗟に守らなくてはと思うが、九姉弟は子どもに見合わない力で桃理の手を取り離さない。振りほどけないなら声を出そうとするが、乾いた唇から言葉を発することがなぜかできなかった。桃理が慌てているうちに使用人の手により、襖は無情にも閉められてしまう。

「対価を支払え」

 ふいに、白い空間で会った悪魔の声が聞こえた気がした。


転生生活スタート。

雛子改め桃理は妖魔ではなく、彼らを従える妖魔使いです。

ゲーム主人公の陽菜と同じ能力ですが、彼女とは違い能力はガンガン磨いていきます。

なので、陽菜よりも能力は高いです。

ただ、潜在能力は負けますが。


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