十五話IF・前編
「よぉ、久しぶりだな」
悪魔の押し殺したような悪役笑いに桃理も微笑む。予定とは違ったが目的を果たして死んだみたいだ。
「私が死んだ後……って口調が戻ってる。あーあー、凄い! 嬉しい、最高っ!」
どうなったのか問う前にぶりっ子喋りが取れてつい燥いでしまう。自分の思ったことを加工無しに自由に話せるって良い。素晴らしいと有頂天になる桃理は、早口言葉などを繰り返して堪能する。
「おいおい、結果が知りたかったんじゃねぇのか? まあ、いい。お前の望み通りに叶ったぜ」
「生かさず殺さず?」
目を輝かせて尋ねると頷かれる。どうやら元から攻略相手の好感度は低く、陽菜だけじゃなく学園の生徒にも暴力を振るい殺していた。厭らしいことに最初は高等部の生徒に手を出さず、外部の人間に牙を向けたので学園内で危険人物のマークはされていなかった。陽菜の怪我を生徒会顧問の剛司に話したことで動き佐藤美紀の凶行を突き止めた。
さらに、アプローチを受けていた攻略キャラ達、特に妖魔達は彼女の纏う血の臭いに気付き危険視していたところに桃理が興味を持ったと話していたので、生徒会や風紀委員会が連携を取って動き出す。一番桃理のことを嫌っているはずの真が発言してというのが少し気になるが、仲の悪い生徒会と風紀委員会が手を取り合ってというのはその倍驚いた。
桃理自身が動いたことで両名たちは焦りだし、元生徒会長の夜理に話したところで預かり物があるという話が出たそうだ。何かに気付いたらしい紅夜が遺言書を開くように頼み、内容を読んだ夜理は怒り狂い咆哮して龍族全員に命令。紅夜達を置いて自分だけ影を渡って移動してしまい、妖気を辿って他の連中は佐藤美紀に刺される桃理を発見した。
遺言に書かれていたので佐藤美紀は殺されなかったが、死なない程度にボコられ捕縛され学園の牢屋に繋がれている。攻略キャラの風紀委員補佐によって能力のほとんどを封印され、さらに呪具も使った念の入れようで解除は不可能。
怪我が治れば学園に生徒として戻されるが、今まで通りにはもういかない。実力主義だが自慢の能力も封印され、横暴な態度をしていたので友人もおらず生徒達の態度も冷たい。おまけに、前生徒会副会長の妖魔使いである桃理に手を出したことで、学園のみならず妖魔や術者全体で評判が落ちた。龍族と竜族はもちろん、生徒会や風紀委員達、彼らのファン達からも睨まれているので、まともな生活など送れないだろう。
悪魔に現在の状況を教えてもらった桃理は満足だ。理不尽に殺され復讐を夢見ていたのがずっと昔のように思える。実行すると清々しいほど胸が晴れたとは言い難かったが、肩の荷が下りた安心感があった。
「さあ、約束通り私の魂をあげる。切るなり煮るなり好きにして」
ギュッと目を瞑り両手を広げて抵抗はしない。前世と今世での痛みに怖くないと言えば嘘だが、復讐のためにたくさんの酷いことをしてきた。夜理達龍の気持ちを踏みにじり、妖魔使いだからと言いように扱ってきた。罰を受けるときがきたのだ。
「ああ、もちろん好きにしてやる。お前は俺の物だ」
首に冷たい何かが巻き付き、絞めるように動くので少し苦しい。不快感に目を開くと鎖を持った少年が見せつけるように笑う。
黒髪に同じ目の色を持つ中肉中背で、人ごみにでも紛れれば探すことが困難な平凡な顔立ちをしている。なのに、なぜか他者を惹きつけてやまない不思議な吸引力を持ち、普通を否定しそうな邪悪なほどの禍々しさを放っていた。ここまでくるといっそ神々しいともとれるほどに強く、彼が只者でないことを表している。
そして、特徴がないことが特徴の少年を桃理は知っていた。
「な、何で……」
目を逸らすことができない。体が勝手に震えて歯がガチガチと鳴り恐怖心を止められず、桃理は自分とは反対に悪戯が成功した子どものように笑みを浮かべている少年を見た。
「どうして、十三黒威がいるのよ!」
悲鳴じみた声は驚くほど小さくて黒威には届いていないだろうが、呼ばれた黒威は笑みを深くする。不気味すぎて背筋が強張ってしまう。
呑まれちゃいけないと自分を叱咤し、桃理は爪が食い入るほど手を握りしめて恐怖に耐えようと踏ん張る。
目の前の男、十三黒威は今まで何のアクションを取っていなかった。桃理が殺されたときだって、交流をしていなかったから当たり前だが唯一来ていない。正確には黒威ではなく白威だが、目の前の人物は白威ではなく黒威のほうで間違いない。
隠しキャラの白威の十三一族は術者の家系で、術者には三つのタイプが存在する。武器を使う武器系か自然や物を支配する支配系、最後は二つに属さない特殊系。十三家は風の支配系の術者だが、特殊系の憑代の術者でもある。中でも白威は国に数人しかいない神憑きで、黒威と呼ばれる魔神を自身に降ろすことができるのだ。
魔神とは負の方向に力を働く神。そのためか、黒威の言う面白いことは残虐性が秘められている。意味もなく嘘を吐いてみたり、相手を唆して他者を憎ませたり、場を引っ掻き回して遊ぶ最悪の性格の持ち主なのだ。そもそも、黒威と言うのは本名ではない。ゲームでは人間が発音できないから白威の白の反対の黒だと言っていたが、それも本当かどうかも当てにならず、少なくとも本名が分かれば対処の使用があるだけに頭が痛い。知っているからこそ明かしてないのかもしれないが。
「ん、そっか、そうだよな。確かこいつもゲームの登場人物だったっけな」
黒威は白々しく自身の顔を撫で、意味深な目で桃理を見る。全てを見透かしたような目は気持ち悪い。サッと目を逸らす桃理は繋がれた鎖に触れた。
冷たい黒い鎖からは強い拘束の力を感じる。契約を交わしたこともあり逃げられないことは分かっているが、できることなら今すぐ黒威の前から消えてしまいたい。
苦々しく思うのはゲームでの白威のベストエンドだ。白威と共に主人公は幸せになるはずだったが、白威は決して幸せにはなれない。主人公は気付けなかったがエンドの後にあるオマケで、プレイヤーに白威だと思われていたのは黒威であると明かされる。最後にらしくない種類の笑みを浮かべていた意味は、自分を白威だと思い気付かない主人公を嘲笑ってのものだ。ベストなのにバッドみたいだがバッドはもっと酷い。
主人公と愛を築いていたはずの白威は月菜に乗り換えて裏切るのだ。自分と同じ顔をした月菜と肌を重ねる白威を見たときの主人公の絶望といったらない。まだ、これは白威ではなく黒威ですと言われれば納得できるが、言動などを見る限り白威っぽいのだ。しかし、あえて白威のフリをした黒威かもしれないとファンの間では論争を呼んでいた。
デッドでは白威に抱き合ったまま背中から刺されて呆然とする主人公に救われないから一緒に死のうと、自分をも貫く心中自殺だが結局は白威だけ生き残る。黒威が出てきて馬鹿だなと嘲り、主人公の魂を握りつぶすさまはとことん暗い。あの見下したような目に開けちゃいけない種類の扉が開きそうになったし、とにかく白威のエンドでこんなのしかないのだ。ゲーム製作者の人達は何か白威に恨みでもあるのだろうか。
黒威のベストでは契約を交わすことで主人公の能力を奪い、二人で愛の逃避行を繰り返すもの。逃げては迫りくる追手を黒威が嬉々として倒し、主人公は困った表情で応援し血の花を咲かせて笑い合う。やや主人公の価値観が狂うも幸せそうなのが唯一の救いだ。
バッドでは学園中に悪意をばら撒いて生徒同士に殺し合いをさせるという救いようのないエンドである。主人公は死にたくないと妖魔使いの能力を使い、積極的に一族以外の者達を皆殺しにしていく。一人、また一人と知り合いが死んでいく中、主人公は壊れて狂ってしまう。段々と破滅的な思想に変わっていき、鬼の一族を連れて外へ出ると出会う者達を殺していく。この世界に鬼以外いなくなればいいと笑いながら命令を下す崩壊エンド。
デッドは契約を交わすまでは一緒だが落ち合う場所に黒威が来ず、主人公だけ追っ手に捕まってしまう。尋問を受けて契約の存在が明るみに出て能力を取り戻すのは無理と判断され、妖魔使いが母体ならば子も妖魔使いが生まれやすいかもと強制的に一族の男達に孕まされる。延々と子どもを産み続けるのに疲れ絶望し、ある日閨に来る男を唆せて自分を殺させた。なのに、再び目覚めておかしいと思っていると、目の前に黒威がいて驚き憎らしくて散々罵声を浴びせるが、やはり会いたかったため号泣して縋る主人公。黒威が契約は果たされたと言い、手には鎖を握り繋がっている先は主人公の首。これで永遠にお前は俺の物と黒威は悪魔流の愛を囁く。デッドなのにある意味ハッピーエンドのようなエンドだった。
そもそも、主人公を唆して学園へ入学させたのは黒威だ。何かしらの興味を引くものがあったのだろうか、それとも暇つぶしだろうか。ゲームでは何か目的を持って入学していたみたいだが深く言及されてはいなかった。デッドエンド的に主人公を待っていたのか、その割には白威のデッドエンドで魂を握りつぶすのはありえない。じゃあ、何だろうか。
恐怖心からかいつもよりも頭が働く。何か、何か対抗できるものを、状況を打破できるようなものはないかと桃理は考えを巡らし、過去の記憶へと遡っていく。
桃理として殺された二度目や月菜となった佐藤美紀と対峙したとき、ゲーム主人公の陽菜と会ったとき……悪魔に契約を持ちかけられたとき。
「ん?」
引っ掛かりを覚えて鮮明に思い浮かべようとする。
不思議な白い空間に雛子はいて、悪魔と名乗る黒威に話しかけられた。自分を殺した佐藤美紀の話題を振られ、くだらない彼女の願望に憎悪が深くなり頭の中は怒り一色になった。復讐を望み契約を交わして乙女ゲームの世界へと転生して……。どこか気持ち悪さを感じて、もう一度記憶をリプレーさせる。
殺されて気付いたら不思議な空間にいた。悪霊化して祟れよと不甲斐ない自分に憤っていると、雛子の負の感情を気に入ったと悪魔と名乗る黒威が現れる。望みを叶える代わりに対価を貰うなどと言い、対価、対価に引っ掛かっているのかと首を傾げるが、しっくりとはこないので違うのだろう。先に進む。
狂人かと舌打ちする雛子に黒威は佐藤美紀の名を出し、彼女とも契約していると言っていた。佐藤美紀の願望を聞かされて……。
「え? 何それ。おかしい。おかしい、よね」
どうして殺された雛子よりも先に佐藤美紀は契約できているのだ。黒威は時間さえ超越できるのか、いや、そもそも、あの白い不思議な空間にいたこと自体奇妙なことじゃないか。どうして、雛子は都合良くあんな場所にいたのだ。まるで、誰かに囚われていたみたいに。
そこまで考えるとゾワゾワとしたものが背中を走り抜け、両手で体を抱きしめながら窺うように黒威を目に入れた。
「せーかい。お前の魂を閉じ込めていたのは俺だ」
鎖が強い力で引かれ、桃理は黒威の腕の中に飛び込む形となる。
「お前は忘れっぽいから覚えてないだろが」
どういう意味だと見上げた黒威の目からは何も読み取れず、紅夜とはまた違った分からなさにどう動いていいか分からない。口を開こうとしたが何と言っていいか分からず、結局は諦めて閉ざす。
「まあいい。今は眠れ」
額に黒威の人差し指が触れると、桃理の視界がぐにゃりと歪んで意識が保っていられなくなる。最後に見た黒威はゲームでも見たことのない晴れ晴れとした微笑みを浮かべていた。
「ああ、やっとお前をこの手にできた」
大分遅くなりました。
ようやく、前々から言っていたIFルートが書けました。
前編だけだとよく分からないかなと思い、後編を書いてたら大分手間取りました。
後編は黒威サイドの話になります。
【追加登場人物】
『十三白威』
<ゲーム設定>
・風の支配系の術者の十三家の人間だが、さらに希少な特殊系の憑代の術者。
・国に数人しかいない神憑きで、黒威と呼ばれる魔神を自身に降ろすことができる。
・三種類あるエンド全てがバッド系。
・黒髪に同じ目の色を持つ中肉中背で、人ごみにでも紛れれば探すことが困難な平凡な顔立ちをしている。
・隠しキャラ。特定の条件を満たすことで攻略できるようになる。
『十三黒威』
・雛子と佐藤美紀などと契約した自称悪魔。
・口ぶりからして桃理のことを手に入れたがっていた。
・契約時には姿が見えず容姿は不明だが男性ぽかった。声の調子から我の強さと底意地の悪さが伝わってきて、聞いている者を不快にさせるような気持ち悪さを持っている。
<ゲーム設定>
・愉快犯。意味もなく嘘を吐いてみたり、相手を唆して他者を憎ませたり、場を引っ掻き回して遊ぶ最悪の性格の持ち主。
・本性は魔神。負の方向に働きかける神。契約して望むものを与えるが、代わりに対価を要求し、死後契約者の魂を回収する。
・白威に憑いているため、容姿は同じだが雰囲気は違う。他者を惹きつけてやまない不思議な吸引力を持ち、普通を否定しそうな邪悪なほどの禍々しいオーラを持つ。ここまでくるといっそ神々しいともとれるほど。
・隠しキャラ。特定の条件を満たすことで攻略できるようになる。