十三話
桃理は開けた窓に腰掛け空に浮かぶ月を眺める。制服の胸元を握ると、伝わってくる心臓の鼓動に苦笑い。思っているよりも緊張しているみたいだ。
三カ月かけて万町月菜のことを調べた。月菜を見張らせて常に行動の把握をし、陽菜に近づき過去の話を引き出し、少し無理をして鬼の一族に密偵を放りこんだ。成果は上々だが痛手がなかったわけではない。
月菜の見張りをしていた者に死傷者がでたのだ。危害を加えられることも考慮していたが、殺しにかかってくるとは思わなかった。もっと月菜の性格をもっと考えていれば悔しい。手駒達が無駄死にすることになったのは、月菜が佐藤美紀だと浮かれていた桃理の失態だ。
月菜がゲームキャラならば双子の姉さえ平気で殺しにかかり、佐藤美紀であっても自分の欲のために人殺しができる。攻撃することに躊躇するはずのない二人であることは分かっていたのに、どこか楽観視していたのだ。
可哀想な手駒達。死んだ者は手厚く葬り、負傷者には自らお見舞いに行くと彼らは桃理の来訪を涙を流しながら喜んだ。桃理の命令で傷つき死者も出したのにお目にかかれて光栄ですという。一点の曇りもない目に桃理は眩暈を覚えた。
自分のせいで傷つき死んだのにどうして責めないのか、理由は容易く導き出せるだけに苦しくて気持ちが悪い。胸に渦巻く感情を殺して労い、近距離は止めて遠距離のみとさせると月菜からの攻撃はようやく止んだ。気付かないのか開いた距離で仕留めきれないと判断したのかは分からない。とにかく安心した。
陽菜に近づいてみると初めは警戒心が強かったのだが、話していくうちに随分と打ち解けていった。さすがはゲーム主人公というのか、するりと人の心に入ってきて気付けば心の距離が縮まっている。夜理達みたいに長く一緒に過ごして絆を深めた訳ではないのに、隣にいるのが当たり前になるくらいには近づいてしまった。
おかげで月菜の情報はあっさり手に入ったのだが、これがまた酷いものであった。予想通り、陽菜に暴力を振るっていたのは月菜で、何か決定的な出来事があったわけではなく一方的に嫌い抜いているらしい。原作で月菜は主人公である陽菜に殺意を向けてくるが、憎悪は微塵も持ち合わせていなかった。
自分と同じ顔を持つ双子なのに全く違う能力を持つ陽菜。持て囃され両親に構ってもらえるのはずるいと羨み、彼女を殺したら同じ能力が持てるのじゃないかと考えた。実際過去に双子で片方が死ぬことにより相手の能力を引き継いだり、希少だが他者の能力を強奪するような能力者もいる。月菜の考えもあながち外れてはいないのだろう。また、陽菜が妖魔使いの能力嫌いなら、自分が貰ってもいいよねとそんな理由で敵対する。月菜は陽菜が嫌いなわけではない。殺意はあっても憎悪はなく、むしろ好きという部類に入る。常人では計り知れない独特な思考を持つのだ。
そして、陽菜から決定的な証言を得られた。月菜の口癖は「私は愛されるべき存在」「ゲームキャラの癖に生意気なのよ」「逆ハーは私のモノ」など他にもあるようだが、発言的に転生者だとは丸分かりだ。さらに言動的に佐藤美紀が言いそうなことなので当たりだろう。
桃理は覚悟を決めて月菜に接触することに決めた。前のときのような失態をしないためにも、下準備をして頭の中で繰り返しシミュレートして、ついに今夜決行する。
「万町月菜ちゃんはぁ、陽菜ちゃんの双子の片割れちゃん。でも、でも、桃理ちゃん達とはぜぇんぜんっ、違うよね。仲がとぉっても悪いんだってぇ。双子なのにね、すぅっごい、変だよねん」
――そうね、変だわ。双子なら仲が良いのは当たり前。私達はどこに行くのも一緒で、一心同体だもの――
足をブラブラさせていると、廊下に響く足音に息を吐く。佐藤美紀が来たと心臓が跳ねる。大丈夫、自分はできると心の中で唱え、いつも通りの表情を維持して顔を上げた。
「こにゃにゃちは、万町月菜ちゃん」
桃理は愛想良く無邪気そうな笑顔を意図的に振りまきながらターゲットに声をかけた。誰だと嫌そうに振り返って桃理の姿を見て、一瞬歓喜に目を輝かせてから平静を保とうとして失敗。ニヤけた表情は隠せていない。
この反応を見るからにやはり龍、竜系の友好度で現れるのを知っている転生者。桃理がゲーム通りのセリフを吐くと待ってましたとばかりに最上の回答を選ぶ。どうだ、これで合ってるでしょと言わんばかりの態度に桃理は苛立ちと失笑を必死で押し殺す。
「きらぁ~い。月菜ちゃんなんかぁ、だぁい嫌いだよぉ!」
棒読みで死刑宣告を放つと明らかな正解を選んだのにと驚く月菜。混乱しているのだろう目に見えて狼狽えていた。
「え? 何で、私の回答は間違ってなくて。ありえないし。どうして、何で」
「佐藤美紀ちゃん」
前世での名前を呼んでやると、肩を震わせ窺うように桃理を見る。戦々恐々とする月菜、いや、佐藤美紀が可笑しくて堪らない。
「ゲームの世界はぁ、楽しかったかにゃ? でもね、ね、桃理ちゃんは絶対にぃ、幸せになんてしてあげないんだもんねぇー」
見下したように相手の神経を逆なでるように独特の口調で挑発して、あっかんべぇと赤い舌を出す。
「あ、あんた、誰? 誰なのよ!」
「ぶぅーぶぅー、ひっどい子だぁ。桃理ちゃんは雛子ちゃんなんだよぉ。佐藤美紀ちゃんにぃ、殺された元クラスメイトな」
――桃理!――
言い終わる前に李理の声で後方へと落ちるように飛び外へ出る。現況を見ると月菜が右手を上げながら顔は下を向いた状態でいた。桃理には何が起きたか分からなくて、李理に尋ねると右手を高速で振るい衝撃波みたいなものを出したそうだ。今までいた場所は壁や床、天井が抉れ、窓ガラスは破られキラキラと地面に舞っていた。
「あんた、私と同じ転生者なんだ。生贄の癖に私の邪魔してタダで済むと思ってるの?」
俯いた顔が上がり濁った眼で睨みつけてくる。一卵性の双子なのに陽菜とは明らかに違うし、原作の月菜よりも狂気が深い目は妙な迫力があり唾を飲み込み恐怖に耐えた。
「思えばいつもそう。あんた達って私を妬んで平気で酷いことをしてきた。どうして私が幸せになるのを邪魔にするのよ! 紅夜君達の愛は私のモノなの! 私は逆ハーを築いて今度こそハッピーエンドを迎えるのよ」
月菜、佐藤美紀が襲い掛かってくる。渦巻く妖気は吐きそうなほど不気味で見た目も毒々しい。夜理の愛用の武器に匹敵するくらい嫌な空気を纏っている。
「きゃはは、鬼さんこちらぁ~」
桃理は腹に力を入れてわざと高い声で笑い、走って逃げに徹しながらも挑発を繰り返す。鬼ごっこの始まりだ。
桃理の額に汗が滲んでいく。精一杯佐藤美紀の攻撃を避けるが、予想以上に強くて舐めていたことを思い知らされた。
夜理には届かないが闇理とは拮抗するか、もしくは上で李理よりは格上だろう。それなりに闇理と李理の手合せを見ているので、目は肥えているので大体の強さは分かる。
「みぃんな、でっばんなのだ! 桃理ちゃんをぉ、たぁっすけてー」
大地に仕込んだ龍達の鱗に呼びかけて石の柱や大穴を作るが、全てなかったようにスルーされる。後方を見るとせっかく作った柱は踏みつぶされ、大穴は飛び越えられって、どんな運動神経かと疑ってしまう。
違う、能力を解放したのだ。本性を丸出しにして頭部に角を生やし鬼化していた。準備してなかったら即死亡だったなと冷や汗を流しながら、目的の場所を目指して走っていく。
「待ちなさいよ、こんのクソチビがぁ!」
――桃理、横に跳んで!――
李理の言葉に従い体を横にズラすと、木に獣が引っ掻いたような爪痕が残される。反応が遅れていたら死んでいただろう。
たくさんの罠を発動させながら、後方からくる攻撃を避けて走る。罠は簡単な物で土や木に龍の鱗を仕込んであるのだ。桃理が意識すれば発動して攻撃ができるが、結果は芳しくないようで嫌がらせ程度のダメージしか与えられていない。
あまりのチートさに舌打ちして思いっきり心の中で罵る。まだ、目的地に着かないのかと気持ちだけが焦っていく。元から妨害程度の気持ちだった罠だが、こうも効果がないと少々落ち込んでしまう。でも、目的地に着いたのならこっちのものだ。負けるわけはないと桃理は勝利を確信している。
月菜こと佐藤美紀との対決が始まりました。
勝負は次回で決着します。
もう少し長くすれば良かったかなとは思いますが、今の自分の精一杯と言いますか。
戦闘描写って難しいですね。
12月23日に内容がおかしい場所を修正しました。