十一話
はふぅっと欠伸をして、桃理は手元にある報告書を読む。薄暗い部屋に場違いないかにも値段が張りそうなベッドが場所を取っている。寝心地は良いベッドの枕に額を押し付けて柔らかさを堪能してから、気合を入れ直して顔を上げて目を通す。
陽菜の監視は彼女と同じクラスの龍の妖魔を中心にさせている。桃理は学年も違うこともあり、長い休み時間がないと観察が難しい。報告の内容にクッションを噛む。
ゲームでもそうだったが、陽菜は学園に馴染めていないようで友達が少ない。事務的な会話以外をしているのは、ルームメイトのゆなと生徒会書記の三爽志くらいだ。といっても、クラスでは苛めなどはなく、少し悪口を言われるくらいな可愛い物。実害はないけれど寂しすぎる。いっそのこと、友達になれとでも命令したほうが良いのかと考えていると、仮眠室のドアが開けられ紅夜が顔を出す。
「桃理先輩、見つけましたよ。丁度ティータイムなので一緒にどうですか?」
「んぅ~ん、要らなぁい。桃理ちゃんは今、とぉっても忙しいのだよ」
「もう、淹れてしまいましたよ。とっても忙しいなどと万年暇している貴女の言葉とは思えませんね」
首を振ると真が舌打ちしながら入ってくる。空いているテーブルに紅茶を置くと、ベッド周辺に投げ捨ててある報告書に気付く。あ、まずいと止める暇なく手に取ると断りもなく読んでしまう。
「一体何をして、ってこの子は!」
グシャリと嫌な音が耳に入ると真が報告書を握り潰していた。そこのやつはまだ読んでないのに酷い。
「ムカムカぷっつーん! 悪い子には夜理ちゃんにメッてしてもらっちゃうよー」
最終兵器夜理の名を出すと真は条件反射的に背筋を伸ばし固まってから報告書の皺を必死で伸ばす。あまりにも真剣な姿に笑いが漏れる。普段は嫌味な王道副会長なのにギャップがおかしく、こういう姿を見ると年相応で可愛いと思ってしまう。
「桃理先輩、この子は」
「じゃっじゃじゃ~ん、万町陽菜ちゃんなんだよー。ドンドンパフパフぅ。ちょっと前に会ったんだけどね、とぉってもおっもしろい子なんだよ。紅夜ちゃん達は何か知ってるのかにゃ?」
「桃理先輩がそのような物言いをするのは珍しいですね。僕は知らないです。皆は何か知っているかい?」
落ちている報告書に眺めながら、紅夜が人差し指を向け横に振ると、操られたかのように飛んでいく。受け取った生徒会の残りの面々が仮眠室へ顔を覗かせた。
「ああ、知ってるぞ。彼女がどうかしたのか?」
「桃理先輩、寝転がっても可愛いわぁ。って、スカートが見えそで見えな」
「灯魅君、近すぎだよ」
灯魅のセクハラ発言に紅夜の周囲の気温が低くなった。穏やかな笑みを浮かべているのが逆に怖く映り、灯魅は紅夜から目を逸らし二、三歩後ろへ引くも、こりずに桃理へ熱視線を向ける。
「寝そべるのではなく座ったらどうですか。はしたないですし」
灯魅がウザいと真の口からは出ないが雰囲気から伝わってくる。桃理は仕方なく起き上がり座ると、待ってましたとばかりに灯魅が横に座り自分の膝を指す。どうやら座って欲しいらしい。
寄りかかれるからいいかと座ろうとして横から阻止された。紅夜だ。振りほどけるほどの強さで腕を取られ、誘導されて彼の膝へと座らされる。
「ちょぉ、何してんねん、自分」
「どうかしたのかい?」
食ってかかる灯魅に紅夜は何のその。相手にしない態度と反論が許されない気がして灯魅は黙る。
「桃理先輩、この子には近づかないほうが良いですよ」
「真、それってどういう意味だ?」
「だって、この子血の臭いが酷くて鼻が曲がりそうですよ。いくら好戦的な鬼でもマナーがなっていません」
「いや、別に血の匂いなんか、ああ、少し怪我が多いみたいだが」
「違います。他人の返り血ですよ。証拠はまだ揃っていませんが、私はあの子が学園外で騒ぎになっている一連の犯人だと」
「あ! それ俺も同意すんで。えっらい血の臭い撒いてる子、この写真の子やったで」
「おい、いい加減にしろよ。陽菜がそんなことするわけないだろ」
互いの妖気がぶつかり合い、普段は隠している本性も露わになっている。
灯魅の尻から悪魔の尻尾、背から蝙蝠の羽が出て瞳の色も変わっていた。先ほどまでデレていた残念イケメンの顔は隠れ、漂う色気に体がゾワゾワと泡立ち、思わず太腿を擦ってしまう。
紅夜の目は月色になり、口から覗く牙が狂暴さを演出している。背中から灯魅と同じように蝙蝠の羽を生やしているが、一回りほど大きくて強そうだ。笑顔なのは相変わらずだが雰囲気はガラリと変わってしまっている。カリスマ性と言うのか高貴さが前面に出て、つい平伏したくなるような魅力があった。桃理が吸血鬼だったら今すぐにでも頭を垂れ、王の願いを叶えるために奮闘するだろう。
触発させられたのか、品がないと本性を出すことを嫌っている真も姿を変えていた。頭部から狐の耳、尻から尻尾を生やしている。いつものすまし顔とは違いどこか荒々しい雰囲気を纏う。
爽志は背から羽、尻からトカゲのような尻尾を生やしている。目は爬虫類みたいに縦に割れているのが怖い。爽やかなキャラなのに欠片も見当たらなく、思わず誰かと聞いてしまいたい有様になっていた。
混沌とした空気に桃理も酔いそうになる。姿は変わらなくても妖魔使いの本能が危険を察知しているのか、普段は押さえている桃の香りを無意識に振りまきそうになってしまう。
――桃理、目的からズレている――
李理の言葉に我に返り、見上げながら原因の一人である紅夜の頬を掴み引っ張る。
「悪戯っ子にはお仕置きなのだぁ! むむっ、よく伸びるぅ。生徒会長なんだからね、紅夜ちゃんはすこぉし落ち着くべし、だよ」
毒気が抜かれたのか紅夜の目の色が金から黒へと戻っていく。同じく他の面々も本性が鳴りを潜め、人間としての姿になった。
「ごほん。桃理ちゃんが教えちゃうけど、陽菜ちゃんは双子さんなんだよぉ。真ちゃんが見たのはそっちじゃないのかにゃ?」
「双子、ですか?」
「そう聞いてたが、そっくりということは一卵性だったのか。名前は確か月菜だったか?」
「万町月菜」
呟き四人は顔を見合わせてから眉を寄せる。
「そうだね、僕は彼女が苦手だな」
「私も嫌いです。あの咽返る血の臭い、監視対象として風紀委員会に申告すべきです」
「う、まあ、物怖じしないタイプ、だよな」
「俺は嫌いや。触れとうない」
嫌悪感丸出しの吐き捨てるような口調の灯魅に皆の目が向けられる。女好きのまさかの発言に驚き、真なんか目を丸くして二度見していた。
「灯魅ちゃん、どーしちゃったの? 桃理ちゃんビックリぃ」
「ぶっちゃけキモいんや。まあ、生徒会やし俺ら妖魔八家だから名前くらいは知れてる思うけど、趣味思考把握してるような口ぶりでな」
語尾を濁し顔を歪めながら腕を擦る。余程気味が悪かったのだろう鳥肌が立っていた。
「そうだな。逆ハーとかフラグとか訳分かんないこと言ってたし」
「うにぃっ、なになに、それってほんとー?」
思わず紅夜の膝から降り爽志に詰め寄る。目がかち合うと爽志から表情が消えていくが、今は気にしていられない。答えよと覇気を纏わせると肯定された。
見つけた、絶対に佐藤美紀で間違いない。生徒会のメンバーに接触してきているといことは、他の攻略キャラ達にも会っている可能性が高い。桃理は踵を返し仮眠室を後にする。
「あ、桃理先輩!」
「え? ちょ、待ってください! 貴女、もしかして」
「桃理先輩、アカン。って、おい、爽志、ちょいどけや」
「……桃理、さ……」
自分を呼ぶ声が聞こえる気がするが構っていられない。桃理は走り自室へと向かう。
妖魔使いの香りは基本的に無意識ですが、感情の高ぶりによって発する濃さは変わります。
ある程度慣れると濃さを調整でき、桃理も普段は抑え気味にしています。