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一話

 緩んでしまう顔を引き締めながら、雛子は軽やかな足取りで歩いていく。油断すればスキップでもしてしまいたいくらい機嫌は良い。

 実は今日、待ちに待ったゲームが届く予定なのだ。授業もサボってしまいたかったが、自宅から通っているので親の目もあるし、時間指定で夕方を選択しているので家にいてもぼんやりする時間が増えるだけで意味がない。

 あーあ、早く授業終わらないかなぁ、などと始まってもないのに雛子はついそんなことを考えてしまう。携帯を弄ってゲームのタイトルを入力すると、既に入手したという人が喜びの声を上げていた。夢中になって感想を読みふけ、ついつい周囲への注意が疎かになってしまう。

「ったぁ!」

 誰かと肩がぶつかり後ろに倒れそうになるのを踏ん張って耐えながら、自分のことは棚に上げて親の仇の如く相手を睨みつける。

 いってぇなー! 誰だよ。

 理不尽な怒りで見た相手は同年代位の女性だった。服装はやや地味めでどちらかといえばダサい。すれ違っても思い出せないレベルのモブっぽい子だ。いや、頭を振ってもう一度相手を盗み見る。

 どこかで見たことがあるような気がするが思い出せない。それよりも、濁った眼がゾッとするほど気持ち悪くて寒くもないのに両腕を擦る。

「……のよ」

 何だ、文句を言ってきたのかと身構えるが、目線は雛子には合っていない。独り言だろうかと耳を澄ませる。

「私は愛されるべき人間。皆私のことを好きで取り合うの。ふふ、紅夜こうや君もまー君も私といたいからって喧嘩しちゃ駄目」

 ああ、ヤバイ。逝っちゃっている人みたいだ。頬を引き攣らせながらわざとらしく視線を外す。怖い、関わりたくない人種だと雛子は何事もなかったかのように歩き出そうとした。

「ん?」

 チクリと刺すような痛みに気付き、首を傾げながら原因を調べる。誰かにぶつかったかカバンに引っかかったのか分からないが痛む場所に目をやると、現実を受け入れがたくて見間違いじゃないかと二度見し、変わらない事実に歯がガチガチと鳴る。

「う、そ」

 雛子のわき腹には玩具みたいな安っぽいナイフが刺さっていた。服に滲む赤い血がリアルで、意識した途端、刺された場所が熱を帯びて脂汗が噴き出ていく。

「うふふ」

 電波女がにんまりと笑いながら、わき腹に刺さったナイフを抜き振りかざす。雛子は呆然としたまま動けず、馬鹿みたいに突っ立って彼女の所業を見ているだけしかできなかった。

 突きたて抜いて何度も何度も刃を雛子の体へと突き刺していく。



 どれくらい刺されたのか分からない。電波女の行動に気付いた誰かが悲鳴を上げるのを皮切りに、ある者は電話をある者は電波女を止めようと動き出す。

「退きなさい! これは、儀式、儀式なのよ!! これで私は異世界トリップの切符を手に入れ、本当の世界へ行けるの」

 ナイフを闇雲に振り回しながら電波女が叫ぶ。濁った眼がギラギラと輝き、雛子の中で誰かの姿と重なった。

 中高の同級生で名前は佐藤、佐藤……み、美恵じゃなく、美紀のほうだ。クラスでも大人しい部類の子で、真面目だが学校のテストで上位に入るほどでもなく、運動神経も悪くもなければ良くもなく、特出したところがないから思い出しづらい普通の子だったと雛子は記憶している。

 良い子だとか悪い子だとか知るほど仲良くはなかったが、いきなりナイフで滅多刺しにするような過激な人物ではなかった筈、だ。……多分。ほとんど記憶にない同級生なので確定はできない。

 また一刺しされて体から血液が流れ出ていく。命が零れていくのを雛子は抵抗することすらできず受け入れるしかない。体は重く自由が利かず血を流しすぎて意識も朦朧としてきている。おそらく、助かることはないだろう。

 今まで感じたことのない痛みと熱さ、同時に寒くて息をするのが苦しくて、何よりも佐藤美紀が憎くて堪らない。雛子がこんな理不尽な痛みに呻いているのに、狂ったように笑って恍惚の表情すら浮かべて悦に入っている。あまりにも幸福そうな態度が気に食わない。

 目が霞み視界が暗くなっていく中、雛子は見えない目で自分を死に追いやった佐藤美紀を見続けた。


久しぶりの投稿にドキドキしてます。

誤字脱字がありましたら、連絡してください。


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