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紫陽花の君  作者:
2/2

2

 派手な衝撃音がとどろいた。そばにある壁がびりびりと震え、どれだけ衝撃が大きかったかを伝えてくる。

 薄暗い部屋の中で浮き上がっている影が、息を飲んだのがわかった。


(イライラする)


 目の前の影をにらむ。

 壁はべこりとへこみ、殴りつけた手はじんじんと痛んだ。


(ふざけるな)


 ぎりっと歯を食いしばる。影の息遣いと時を刻む音が、さらにイライラを募らせる。


 ふざけるな。ふざけるな。今さら。


「しずく、話を聞いてくれないか」


 ────今さら、父親ぶるなよ!!


 しずくと呼ばれた少年は、立てかけてあった鏡に右手を振り上げた。


 悔しいのか、悲しいのか。鏡には染めたばかりの金髪の奥からのぞく瞳が、苦しげに歪んでいるのが見える。


(消えろ!)


 数瞬後、甲高い破壊音が部屋に響いた。




◇◇◇◇◇




 朝の陽の光がじりじりと皮膚を焼いていく。

六月に入って急に日差しが強くなり、目の前に夏の気配を感じる。


「今年は雨、降らないのかな?」


 衣替えがあり真っ白いシャツと黒いズボンに身を包むしずくは、学校へと向かう道すがらぽつりと呟いた。

 しずくの隣を歩いていた幼顔の少年がその言葉に反応して、しずくをにらみつける。


「ばっかじゃないの! それよりもさっきから聞いてる事に答えてよね!」


 しずくは気づかれないようにため息をつくと、自分の右手に視線を落とす。


 右手は包帯をぐるぐるまかれて青い猫型ロボットの手のようになっていた。しかもかなり下手くそで不細工。


「こけた」


 しずくはそれをひらひらとその少年の眼前で揺らめかす。

 所々はみ出している包帯が風に揺れて、さらに不細工加減に拍車がかかる。


「アホか!」


 横に並んで歩いていた少年は、しずくの前に飛び出してにらみつけてくる。


「こけて、そんなにぶっくりむっくり腫れるわけないだろうが! 何したんだよ!」


「何にもしてないって」


「嘘つくな!」


「ついてない」


「ついてる!」


「ついてない」


「ついてる!」


「ついてないって!」


「ついてる!」


「……しつこいな」


「しずくもね!」


 しずくは鼻息を荒くする少年を眺める。

 彼の名はみなと。幼稚園から高校までずっと一緒の、なんていうか腐れ縁の友達。家が近いし趣味も同じこともあって、多分今まで生きてきた人生で一番長い時間を共に過ごしている。


 性格は見ての通りの頑固者。心配して聞いてくれているのもわかるけど、正直これが辛い時もある。


 そして、それが今だったりする。


 あんまり話したくないのだ。自分の家庭の事は。


「はいはい降参! 話せばいいんでしょ。話せば!」


「言い方が腹立たしい! で、何したの」


「こけた」


「アホか!」


 渾身の一撃を湊が放つ。

 後ろに一歩下がれば避けることは簡単だ。けれど湊の優しさに答えられない分、その拳骨をしずくは受けた。


 頭をさすりながら、しずくは苦笑する。


「ごめん。話せなくて」


「……もういいよ」


 ぷいっと湊はしずくから視線を逸らすと、また学校へと歩き始めた。しずくもそれについていく。

 憤りを隠さない湊の背中に、しずくは学校につく間、心の中でもう一度謝った。

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