5 キス
5 キス
ロケットの最終便の発射まで後4日になった日、僕は朝から父さんの眠る墓場にいた。来る途中の道で見つけたリーシャ草を摘んで飾ったり、家の庭で育てていた木苺の実を供えたり、マグカップの水を新しくしたりした。
「……」
父さん、僕は生きてます。
僕のこの報告を、父さんはちゃんと聞いてくれているだろうか。
「…………」
僕は目を開けてから、墓前で銃を解体し始めた。実は僕は、中級学校で少しだけ銃の扱いを学んだことがあった。当然、的に向けて実際に撃った事もあった。百発百中とはいかないけれど、射撃クラブの先生には筋が良いと言われた。
「いーち、にーい……」
僕は残り弾数を数えた。残りは4発撃てる。今度また大人たちが襲ってきたときは、慎重に扱わなければならない。
僕は銃をしまって、立ち上がった。
「父さん、また来るからね」
僕はそう言って、家への道を戻った。朝は何も食べなかったので、ひどくお腹が減っていた。早く帰って3人で何か食べよう。庭の木苺を使ってジャムを作って、パンに塗ったらきっとおいしいはずだ。そんなことを考えているうちに、僕の足取りはだんだん速くなっていった。
しばらく歩いていると、家が見えてきた。そして、扉を開けようと思った僕は変な声に気がついてその手を止めた。
「あ……」
出したと言うより、“漏れた”声。リアの声らしい。
僕は不思議に思って、扉から離れて窓の方へ向かい、中を覗きこんだ。
「…………」
僕は凍りついた。一瞬で頭から足先までが冷たくなり、背中や脇から嫌な汗が滲んできたのが分かった。そのうちに、足が震えてきた。
ソファの上でリアとシーグがきつく抱き合っている。
「……シー……グぅ」
「あぁ……リア……」
そして僕が見ているとも知らずキスをした。
「…………」
嫌な汗がじわじわと、シャツに染みていった。心臓が、今にも飛び出しそうなほどドキドキしていた。僕は思わず、頭を抱えてその場でしゃがみこんだ。
「……嫌だ」
同時に、僕の中の何かが音を立てて崩れた。
「嫌だ、嫌だ……」
僕はそろそろと後ずさりし、走って逃げた。あの、花の丘へと。
「はぁっ…はぁっ……」
酷くグラグラした視界の中を、僕はまっすぐに走った。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…あっ!!」
石に躓いて転び、丘の斜面へダイブした。
荒く息をしながら起き上がったそこには、弾ける寸前まで蕾の膨らんだ花の群れがあった。膨らんだ蕾は、抱き合う二人のようにぎゅっと固かった。
「うおおおおおおああああぁぁぁぁぁ!!」
胸を締め付けるような気持ちに、ただ叫ぶしか出来なかった。涙は自然に流れ、そして、
「うあっあっあぅっ…、げぇぇ……」
僕はお腹の中のものを吐いてしまった。それでも、僕の胸は楽にはならない。
孤独という槍が、僕の身体を貫いているようだった。
「ぜぇ……はぁ……」
見上げたそこには岩の塊みたいな月が浮かんでいる。そいつはまるで蔑むかのように、僕を見下ろしていた。
「死んでしまえ……」
ふと出た言葉がそれだった。もう、止められなかった。
「死んでしまえ……死んでしまえ……死んでしまえ、死んでしまえ死んでしまえ!!」
“誰が”かは分からない、でも僕は込み上がる衝動を抑えられなかった。衝動に任せ、ポケットから銃を抜く。ゆっくりと安全装置をはずし、狙いを、あの月へ。
「死んでしまえ……死んでしまえ!!」
僕は撃った。反動で腕が跳ね、僕は仰向けに倒れた。
弾は届かなかっただろう。でも僕の衝動は、ほんの少しおさまった。
「うっ、うっ…うっ…」
僕はただ泣いた。
お腹が減っていたことなんて、すっかり忘れていた。