表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

5 キス


5 キス


ロケットの最終便の発射まで後4日になった日、僕は朝から父さんの眠る墓場にいた。来る途中の道で見つけたリーシャ草を摘んで飾ったり、家の庭で育てていた木苺の実を供えたり、マグカップの水を新しくしたりした。

「……」

父さん、僕は生きてます。

僕のこの報告を、父さんはちゃんと聞いてくれているだろうか。

「…………」

僕は目を開けてから、墓前で銃を解体し始めた。実は僕は、中級学校で少しだけ銃の扱いを学んだことがあった。当然、的に向けて実際に撃った事もあった。百発百中とはいかないけれど、射撃クラブの先生には筋が良いと言われた。

「いーち、にーい……」

僕は残り弾数を数えた。残りは4発撃てる。今度また大人たちが襲ってきたときは、慎重に扱わなければならない。

僕は銃をしまって、立ち上がった。

「父さん、また来るからね」

僕はそう言って、家への道を戻った。朝は何も食べなかったので、ひどくお腹が減っていた。早く帰って3人で何か食べよう。庭の木苺を使ってジャムを作って、パンに塗ったらきっとおいしいはずだ。そんなことを考えているうちに、僕の足取りはだんだん速くなっていった。


しばらく歩いていると、家が見えてきた。そして、扉を開けようと思った僕は変な声に気がついてその手を止めた。

「あ……」

出したと言うより、“漏れた”声。リアの声らしい。

僕は不思議に思って、扉から離れて窓の方へ向かい、中を覗きこんだ。

「…………」

僕は凍りついた。一瞬で頭から足先までが冷たくなり、背中や脇から嫌な汗が滲んできたのが分かった。そのうちに、足が震えてきた。

ソファの上でリアとシーグがきつく抱き合っている。

「……シー……グぅ」

「あぁ……リア……」

そして僕が見ているとも知らずキスをした。

「…………」

嫌な汗がじわじわと、シャツに染みていった。心臓が、今にも飛び出しそうなほどドキドキしていた。僕は思わず、頭を抱えてその場でしゃがみこんだ。

「……嫌だ」

同時に、僕の中の何かが音を立てて崩れた。

「嫌だ、嫌だ……」

僕はそろそろと後ずさりし、走って逃げた。あの、花の丘へと。

「はぁっ…はぁっ……」

酷くグラグラした視界の中を、僕はまっすぐに走った。

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…あっ!!」

石に躓いて転び、丘の斜面へダイブした。

荒く息をしながら起き上がったそこには、弾ける寸前まで蕾の膨らんだ花の群れがあった。膨らんだ蕾は、抱き合う二人のようにぎゅっと固かった。

「うおおおおおおああああぁぁぁぁぁ!!」

胸を締め付けるような気持ちに、ただ叫ぶしか出来なかった。涙は自然に流れ、そして、

「うあっあっあぅっ…、げぇぇ……」

僕はお腹の中のものを吐いてしまった。それでも、僕の胸は楽にはならない。

孤独という槍が、僕の身体を貫いているようだった。

「ぜぇ……はぁ……」

見上げたそこには岩の塊みたいな月が浮かんでいる。そいつはまるで蔑むかのように、僕を見下ろしていた。

「死んでしまえ……」

ふと出た言葉がそれだった。もう、止められなかった。

「死んでしまえ……死んでしまえ……死んでしまえ、死んでしまえ死んでしまえ!!」

“誰が”かは分からない、でも僕は込み上がる衝動を抑えられなかった。衝動に任せ、ポケットから銃を抜く。ゆっくりと安全装置をはずし、狙いを、あの月へ。

「死んでしまえ……死んでしまえ!!」

僕は撃った。反動で腕が跳ね、僕は仰向けに倒れた。

弾は届かなかっただろう。でも僕の衝動は、ほんの少しおさまった。

「うっ、うっ…うっ…」

僕はただ泣いた。

お腹が減っていたことなんて、すっかり忘れていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ