3 事件
3 事件
夜。僕たちはパンと水だけの食事を終え、何もする事なくボーっとしていた。
「…あと、5日だな」
シーグがぽつりと呟いた。僕はバネのいかれたベッドから起き上がって、シーグに聞いた。
「そういえば、花はどうだった?」
「まだ蕾は固い。特に変わっては無いさ。……帰りあんなに遅かったのに、見て来てなかったのか?」
「うん、ずっと墓場に居たから」
「そうか」
シーグがぽつりと言って、また静かになった。
最近、僕たちはみんな黙ることが多くなった。これからの不安や、この星を離れることの寂しさに、静かに浸っているからだと思う。
その時、バンと音を立てて家の扉が開けられた。
「失礼するよ」
やってきたのは警察隊の大人たちだった。どの大人も、太った身体にぴったりと濃紺の制服が張り付いていた。奥の方で、口ひげを偉そうにたくわえている男が、僕たちをいやらしい目つきで見ている。リアは大人たちから隠れるように、テーブルの下に縮こまった。
「何の用ですか」
怯えているリアを守るようにして、僕は静かに尋ねた。
「薄汚い子鼠どもに命令だ。くだらん研究はやめて、さっさとこの星から離れなさい」
そして大人たちはじろりとリアを見て、
「リア=グレイスだな。おとなしく言う事を聞けば孤児院への紹介状を書いてやろう」
気持ち悪い笑みを浮かべた。シーグは、リアを抱きかかえて部屋の奥に連れて行った。
「あなたたちに何と言われようが、僕たちは残ります。帰ってください」
僕はきっぱりと言った。それを聞いて大人たちは呆れたような顔をした。
「仕方ないな……」
奥の口ひげ男が合図をした。すると、周りの大人たちは腰につけていた銃を手にとった。
「ワガママな子鼠どもにはお仕置きが必要のようだな」
僕はぐっと身構えた。すると部屋の奥からシーグが走ってきた。
「帰れ!!」
そして、前にいた大人に体当たりを食らわせた。
「イコル! 銃を取れ!」
僕はよろけた大人の腕から銃をひったくった。シーグは別の男の腕に噛み付いていた。
「このガキ!」
大人の一人が銃の安全装置を外し、シーグを狙った。
「シーグ危ない!」
僕は咄嗟に、自分の銃の安全装置を解除し、引き金を引いた。僕の撃った弾は、シーグを狙っていた男の足に命中した。
「ぎゃぁ!」
男がピョンピョン跳ねた。他の大人たちは後ずさりをしていた。
「ぐっ……いったん退くぞ!」
ひげの男に指示されて、大人たちは帰っていった。足を撃たれた男は、おんぶされていた。
「やったね!」
「あぁ!」
僕とシーグはお互いの顔を見合わせて笑った。
「イコル、シーグ……ケガはない?」
よろけながら、リアが奥から出てきた。僕らはリアに大丈夫だと言って笑いかけた。
「よかった……」
リアもようやく笑ってくれた。
でも一瞬の後、それは驚きの表情に代わった。
「それ………」
リアの目線の先には、僕らが握っている銃があった。
「大人たちから奪ったんだ。これで次にあいつらが来ても平気だからな!」
リアはまっすぐ、僕らの元へ歩いてきた。
そしてまず、僕の視界が乱れた。天地がひっくり返ったように、僕は床に叩きつけられた。
次にシーグがひっくり返った。頬の痛みがきたのはその後だった。
「撃ったの? ねぇ人に向けて撃ったの?!」
リアは顔を真っ赤にして怒っていた。
「あぁ……イコルが1発だけ」
シーグが言うと、突然リアは倒れている僕の上に馬乗りになった。
そして何度も何度も、僕を殴った。
「バカ、バカ、バカぁ!」
僕の視界はまた、左右に揺れた。顔の痛みは、やっぱり後からきた。
「やめろリア! そうじゃないと俺が死んでたんだ!」
シーグがリアを羽交い絞めにした。お陰で僕の視界はようやく落ち着いた。
「足に1発だけ、だから相手は生きてるよ。そうしなかったら、オレが死んでいた……きっとイコルも、リアも殺されていたんだ」
リアはポロポロと涙を流していた。シーグも泣いていた。僕の視界も、滲んだ。
「生きるためなんだ、全部」
シーグがぽつりと言ったのを聞きながら、僕はさっき引き金を引いた掌を見つめた。
なんだか汚れているように見えた。