9 シーグとリア、そして僕
9 シーグとリア、そして僕
「………………」
目が覚めるとそこは、知らない部屋だった。
ベッドがひとつと、木のテーブルと椅子。とても狭く、薄暗い部屋だった。
どうやら僕は、警察の施設へと連れてこられたらしい。
僕はベッドから起き上がろうとして、
「いた!」
お腹の痛みに気がついた。シャツをめくってみると、どうやら殴られたらしく、赤くなっていた。
「行かなきゃ……」
僕は、僕自身を奮い起こすように、呟いた。
ドアの鍵が閉まっていたので、僕はポケットに手を伸ばした。
冷たい銃は、そこにあった。
「取られてなかった……」
僕は安堵のひと息を着いた後、銃の安全装置を外し、ドアのノブに銃口を近づけた。
そして、撃った。
銃声が響いて、ドアの鍵のつなぎ目部分はキレイに壊れた。
「行かなきゃ……」
僕は勢いよくドアを開け、施設を出た。途中で施設の職員らしい人に追いかけられたが、運良く撒く事が出来た。
そして僕は、花の丘にいた。
蕾はかなり膨らんでいる。あと少しで咲きそうなのに…………
「イコル」
背後から、誰かの声がした。
聞き覚えのある……そして、一番聞きたかった声。
「シーグ?」
僕は振り返らずに応えた。
「お前、やっぱり怖くなったんだな」
そう言ったシーグの声は、なんだか怒っているように聞こえた。
「俺たちを汚れていると言って、あんなに子供みたいに駄々こねて……その結果やっぱり怖くなって逃げるのか。臆病者」
僕はシーグを見た。その目は僕を蔑んでいた。
「僕は臆病者じゃない!」
「言い訳する気か!」
シーグは僕に、感情を剥き出しにしていた。こんなシーグを見たのは、初めてだった。
「臆病者、お前だってしっかり逃げてるじゃないか」
「違う!」
「何処が違うんだ?!」
シーグはまるで僕に取り合ってくれない様子だった。そのうちに、本当の事を言う気も、失せてしまった。
「本当の事言うとな、俺ずっとずっと怖かったんだ」
シーグは突然口調を変えた。
「リアが……リアがお前の事好きになるんじゃないかって。お前たちがお互いを好きになって、俺独りにされるんじゃないかって……」
あぁ、シーグも、
「俺にはもう親も兄弟もいない。親戚はいても、俺は親父たちが死んだあの日、独りになったんだ。でも、イコルとリアがいてくれて、俺、自分が独りじゃなくなった。でも、俺本当はずっと寂しいままなんだ!」
シーグも同じだったんだ、僕と。
「リアも、そうなんだ。だから俺、リアを守りたいけどリアにも守られたいんだ!」
シーグはそう言って、僕を睨んだ。
「お前は俺を独りにする」
その手には、黒く光る銃が握られていた。
「だから俺、お前が憎い、お前を殺したい」
カチリと、安全装置は外された。
「ゴメンなイコル……」
シーグは銃を僕に向けながら、泣いていた。
「俺、お前の事好きだった……」
引き金に、指がかかった。
「でも、同じくらい大嫌いだった」
シーグは、引き金を引いた。
……………………。
「え?」
シーグは目を丸くした。引き金を引いても、弾が、出ない。
「ぷ」
僕は、軽く吹き出してしまった。
「……アハハ、シーグ、その銃、リアが投げちゃったとき、水に濡れたでしょ?」
シーグは表情をなくしている。
「あの時に、火薬が湿って使い物にならなくなったんだよ?」
僕は、餌の小動物を見つけた野獣の気持ちになった。
「ねぇ、シーグ」
シーグは僕を見て、ひどく怯えていた。
「僕ね、シーグの事、好きだったんだよ」
僕は腰のポケットに手を入れた。
「でもね、やっぱり同じくらい大嫌いだったよ」
そして一瞬で狙いを定め、引き金を引いた。
ぱん!
軽い音の後に、シーグの頭の向こう側が弾けた。
中級学校でトマトを的にして撃った時と、大差はなかった。
シーグは地面に倒れ、しばらくガクガク震えてから、動かなくなった。
死んだ目で虚空を見つめて、口から泡を吐いていた。
大好きだった友の最期は、ひどくあっけないものだった。
「シーグ!!!」
背後から聞こえた悲鳴に、僕は驚いた。
聞き覚えのある……そして、今一番聞きたくない声。
「リア……」
リアはまっすぐに、倒れているシーグに駆け寄った。ハンカチで彼の口の泡を吹き、額の中心に開いた穴を塞いだ。
「シーグ、シーグ!!」
リアは死んだ恋人の頭を抱えて、泣いた。
僕にはまるで気が付いていないようだ。
「シーグ!! 目を開けて!」
ねぇ、リア、
「逝かないでよ、ねぇ!」
リア、僕を見てよ、
「シーグ、約束したでしょ!?」
僕の事しかってよ、人殺しって、罵倒してよ……
「一緒に宇宙に行こうって……」
見てよ、僕ノコトヲ、見テヨ…………
「いつまでも2人でいようって……」
ドウシテ、僕ヲ見テクレナイノ?
死ンダシーグヨリ、生キテイル僕ヲ、見テ
「リアあぁ……」
僕の想いは、声にならないくらいだった。
「シーグ……あたしを独りに、しないで」
死んだ恋人の頭を抱きながら、リアは僕を見た。
「武器は嫌い。人を殺すために産み出されたものだもの」
少女は、死体の頭を地面に寝かせた。
「武器を使う人は、嫌い」
そしてゆっくりと立ち上がり、僕に寄る。
「あなたなんて、大嫌い!!」
がつん、と大きな音がして、僕はひっくり返った。
リアが僕に馬乗りになって、殴った。その手には、尖った石が握られている。
「どうして殺すの? どうして殺すの?!」
がつん、がつん、
僕は何度も殴られる。肉の裂ける音がして、頭がくらくらする。
そのうち、右目の視界が、血で真っ赤に染まった。
「どうして殺すのよ?!」
心の底からの疑問を叫びながら、彼女は僕を殴る。
それは、僕を殺すための行為だ。そして、
がつん!
一際大きな衝撃が僕を襲った。意識が一瞬遠のく。
その時僕は思ってしまった。
死ニタクナイ、殺サレタクナイ
僕は殴りかかってくる彼女の腕を掴んで、一撃を防いだ。
そのままくるりと身体をひねり、彼女を僕の上から引きずり下ろす。
そして空いている手で近くに落としていた銃を握り、
ぱん!
彼女を、愛するリアを、僕を殺そうとした女の子を、撃った。
銃弾は彼女の胸に当たったが、貫きはしなかった。
「ああぁ」
リアは倒れた。さっき死んだ恋人と並ぶような位置に。
「シーグ、シーグ……」
リアは、恋人の手を握った。
「これでずっと、ずぅっと…………」
最後に涙を流して、少しだけ震えて、少女は絶えた。
我に返った時、突然彼女に殴られた痛みがやってきた。
「あっ」
僕の意識は、また遠のいた。
このまま意識が戻らなければいいと、願った。