王子と公爵令嬢が婚約破棄するために頑張る話
王家の者や貴族、富裕層の商家の者だけが通うことを許されて王立学校の中庭のベンチに一組の男女が仲睦まじく座っている。
そして、その少し離れた場所に従者や侍女が控えている。
王家の者や高位貴族には当たり前の光景だ。
金糸のようなサラサラの金髪に蒼い瞳の青年は、この国の第一王子フレデリク・ハウル・ブランシェール、
その隣に座るのはその婚約者の公爵令嬢、見目麗しいほどの銀色の髪に紫の瞳の美しい少女レティシア・ヴィレット。
「決行はいつでして?」
「なるべく、早いほうがいいかな。なるべく、人が大勢集まる場所が良い。
降誕祭ではどうだ? あれなら、大勢の人々が集まるだろう。私は、シェリルを伴って降誕祭の舞踏会に出よう。それからは、手筈通りに」
「わかりました、シェリル様には悪いけど使えるものは使わせてもらいましょう」
「ああ、でも、何も言わなくて良いのか?」
「あの子に上手く演技が出来ると思っていません。なので、何も言わずにありのままのあの子で。周りでフォローします」
「…すまないな」
「私と貴方が円満に婚約を解消するためにどうしても必要なことでしょう。気にすることはありません」
「それは、無理だな。君だけに悪役を演じさせてしまう」
「デリク様とジル様が私を理解して下さればそれで、構いませんわ」
王子の側近であるジルベールは悲痛な面持ちで傍に控えていた。方法は他に無かったのだろうか。
「ジル様、そんな悲しい顔をなさらないで。こんな形でしかもう、婚約を解消する手段がないの。
お父様も国王陛下も何か、大きなトラブルがないと動いてくれませんわ。デリク様とシェリル様の幸せのために貴方も人肌脱いで下さいませ」
「罪を被り、貴女はこれから罪人として生きていかねばならない。そんな、お優しい貴女には酷なことです…」
「デリク様とジル様が理解して下さるから私は幸せですよ」
「その後の身の振り方も悪いようにはしない。君が望むなら、君の思い人の元への婚姻だって…」
フレデリクのその言葉は最後まで告げることはなく、レティシアの人差し指に止められた。
レティシアは小さく頭を振ると、「それは望みません。あの方の迷惑になりますから。私は父の領地でほとぼりが冷めるまで大人しくしております。
時が経てば、皆の噂も消えていくことでしょう。
デリク様の結婚がそれを、消してくれるはず、国中が歓喜に包まれるのですからね」そう言って、悲しそうにほほ笑んだ。
「それでは、君が行き遅れてしまう」
「私が結婚せずとも、公爵家には兄がおります。デリク様は私が心穏やかに暮らせるように祈っていてくださいな」
ふわりと、美しい所作でレティシアは頭を下げると、フレデリクの傍から、立ち去った。
「ジル、このままで良いのか? あのまま、レティを手放すのか」
「フレデリク様、私とは身分が違いすぎます、レティシア様には、私などよりもずっと、お似合いの方が現れるはずです」
「行き遅れてもか? 婚約を解消された令嬢に残された婚姻など、年寄りの後妻ぐらいなものだぞ。
領地でほとぼりが冷めるまで、療養していたら、完全に行き遅れだ」
「レティシア様のお気持ちも考えて…」
「レティの思い人はお前なのにか? 見ていて分からないほど、私も馬鹿ではない。
煮え切らないようなら、私にも考えがある。レティは私のために心を砕いてくれた。
彼女の幸せなくして私の幸せはない。彼女は私にとって大事な妹のようなものなのだからな」
「シェリル様にお会いしていなければ…いえ、不躾でした、申し訳ありません」
「レティは私にとって大事な妹なのだよ。それ以上でもそれ以下でもない」
今日、何度目かの悲痛な表情を浮かべてジルベールは覚悟を決めたようだ。
「殿下の近衛騎士の任を解いて頂いても宜しいでしょうか。私も、レティシア様を幸せにして差し上げたい。誰よりも…」
「うん、その言葉を待っていたよ。今日、この場で君の近衛騎士の任を解こう。
降誕祭のレティのエスコートは君に任せるよ。レティとの打ち合わせは終わっている、後は当日に」
「御意」
敬愛する主に最後の騎士の礼を取るとジルベールは、レティシアを追うようにその場を辞した。
「もう、遅すぎだろう」肩の荷が下りたとばかりにフレデリクは大きく嘆息したのだった。
* * *
迎えた降誕祭の一大イベントで、この国で最大の事件が起こる。
蔭に隠され、真実を知るのは王子と令嬢、騎士のみだった。
王子様と見初められた商家の娘は幸せになれたのか。
令嬢と騎士のその後は。
その様子を見守る人々だけが知っている。
婚約破棄と聞こえが悪い醜聞として、新聞の一面を飾ったが、王子は解消しただけだと述べてその一切をもみ消した。
* * *
「レティシア様、最後まで殿下に本当のことをおっしゃらなくても宜しいのですか」
「さすが、ジル様ですね、すべて、お気づきなのですね」
「シェリル様に心酔されている殿下でなければ、貴女の些細な図り事など容易く見抜けたことでしょう」
「気にしていないといえば嘘になるので、ちょっとした意地悪です。少しくらい、楽しい方がいいでしょう?」
「やはり、楽しんでいらしたのですね」
「貴方のことは本当に驚いているのよ。私、婚約を解消したら本当に領地に引きこもろうと思っていたんです。
それなのに、ジル様は本当に私で宜しいのですか」
「その点に関しては、殿下から言われました。後悔するなら、レティシア様のお力になれるなら。私は本望でございます」
「…ねぇ、ジル様。デリク様はシェリル様に心酔しているかもしれません。
でも、私の図り事、見抜いていて何もおっしゃらなかったのではないでしょうか。
今、ジル様のその一言で確信が持てました。
もう、本当にとてもどうしようもなく優しいお兄様ですわね、デリク様は」
きらりと光る涙を一滴だけ流してレティシアはもう会えないだろう優しい兄がわりの王子に感謝した。
その傍らには、優しい笑みを浮かべた騎士が寄り添う。
どうしようもなくこの国の人々は優しい。
不器用な三人のそんなお話。
物語の最後はいつも一緒、二組の夫婦はいつまでも末永く幸せに暮らしました。
めでたしめでたしで終わる。
ブログからの転載になります。




